【短編】地球へ出稼ぎにきた宇宙人、永久就職先が決まる
久留里美波
【短編】地球へ出稼ぎにきた宇宙人、永久就職先が決まる
太陽系第三惑星――――地球。
多くの生命が暮らし、生物多様性に富んだ水と緑溢れるこの
ワタシハ、トホウニクレテイタ。
生まれ育った星を離れ、宇宙の遥か彼方にあるとされる地球を目指す旅路に着いてから、早三か月。ワンシーズンを狭くて冷たい宇宙船の中でうずくまって過ごし、やっとの思いで降り立った地表だった。
ワタシがこの
故郷で暮らす一六人の兄弟たちを食べさせるため、長女であるワタシは数年前に共々蒸発した両親に代わって労働し、給金を稼がなくてはならない。
そして我が故郷の市場はほぼ飽和寸前だ。数か月前に高等学校を中退し、エリートコースを目指す競争から早々に転落してしまったワタシが得られる仕事など残ってはいない。必然、ワタシに残された道は、星の外――この広大な宇宙へ旅立ち、そこで職を得ることだけだった。
しかし、だ。どの星も我が
『人材』が足りないという声が星間電波に乗って聞こえてきた瞬間に、ワタシの心は小躍りしそうだった。
はやる気持ちを抑えながら、発信元を特定する。膨大なログを遡り、該当するデータを呼び出すと、モニターには『The earth』との表示が現れる。
(ここだ。ここしかない)
ワタシ達兄弟が生きていくために必要なもの――具体的には職場――は、きっとそこにある。
そう信じて、星間ワープを幾度となく繰り返してやってきた……のだが。
「ワタシが、ここで働いてやってもイイ!」
「いや、結構です……」
「労働者が必要なんダロウ? 安心しろ、ワタシがキタ!」
「君、それが面接を受ける態度なの?」
「ヤトエ!」
「不採用!」
かねてより聞いていた通り、文明レベルは我が故郷と大差ない。が、この惑星の知的生命体が持つ価値基準はよく分からない。労働者が必要なら、働く気のある者なら誰でも雇えば良いのではないか。具体的には、ワタシを雇えば良い。
『メンセツ』と呼ばれるイニシエーションで指摘されたことだが、どうやらワタシには『レイギ』と呼ばれるモノが不足しているらしい。故に、『タイド』に問題があるそうだ。
一通り目に留まった求人情報の元には全て出向き、掛け合ってみたが、結果は全敗。
そうして、途方に暮れて、今に至る。
『公園』と書かれた謎のスペースに用意された無駄に木目をプリントした鉄製の椅子に腰かけ、どうしようもないので視線を空に投げた。
この
朱色に染まった空を行くのは、同じく赤く染まった雲。朱に交われば赤くなる。この惑星の文明にはそんな格言があると聞くが、ワタシはこの世界に溶け込めるだろうか。
そんなことを考えて、ふと、不安になった。
この惑星に住む人々の中には、見たことも無いような衣服に身を包んでいた者も居た。故郷で閲覧した文献に載っていた写真を参考にして、自分で生地を買って縫製し、それらしいと思える服をワタシも身に着けているが、ともすると服装からして変に見られているのかもしれない。
振る舞いや、『タイド』(?)については仕方ない。一朝一夕でどうにかなるものではないだろう。しかし、『メンセツ』の中では服装もかなり重要な判断材料になると言う。ワタシの服装は、ともすると正装とは呼べないおかしな代物だったのだろうか。だとすれば、今日の結果にも納得できるというもの。
そもそも、ワタシは今日一日を通してこの惑星の人々の価値基準に当惑しっぱなしだったではないか。つまりは、ワタシは彼らの価値観に全くと言って良いほど迎合できていないのだ。
――――ならば、この服装だって。
次の瞬間には、木目のプリントされた鉄製の椅子から立ち上がり、ブティックのショーウィンドウへ駆け寄っていた。
窓ガラスに映る自分の姿を確認する。
染料で染めた黒々とした背中まで届く長髪に、なちゅらるめいく(?)を施した顔。表情は固いが、これはきっと慣れない土地と先刻から押し寄せてきている不安によって緊張しているためだろう。素体に問題は無い、はずだ。
そして、問題の服装だ。白のブラウスにベージュのフレアスカート。特に問題はない――――目立つような格好ではない、はずだが……。
「どうしたの? じっと見てるけど……」
そこへ。
仕事帰りと見られる中年の男性が声を掛けてきた。
どう答えたものか。返答に窮するワタシに、男性は続ける。
「この服が欲しいの?」
男性が指さすのは、ショーウィンドウの中に飾られている少し派手なデザインのワンピースだ。中世ヨーロッパの文化を思わせる、現代ではロリータと呼ばれるファッションだろう。
「ア……いや、そういうわけでハ――」
「――君、お金無いんでしょ?」
話を遮られて驚くが、その指摘は鋭い。
「それハ、そうダナ……」
「じゃあ、五万でどう?」
「ハ?」
ここで言う五万というのは、金額の話だろうか?
「ちょっとご飯食べに行かない? 本当にご飯食べるだけだから。先っぽだけだから!」
「食事をするだけで、金をくれるのカ?」
「そう! そうそう! 良いでしょ!?」
変に食い気味なのが気にかかる。それに仕事の内容もだ。ただ食事をするだけと彼は言うが、毒見でもさせられるのかもしれない。
仕事を選り好みしていられる立場でないのは分かっている。しかし、ワタシが死ぬわけにはいかない。故郷に残してきた兄弟たちを思えばこそ、ワタシは生き残り、継続的にお給金を稼ぎ、彼らに仕送りしなければならないからだ。
渡りに船。非常に魅力的な提案ではあったが、あまりにリスクが大きすぎる。今回は見送らせて貰おう。
「イヤ、すまなイ。非常に魅力的な提案ダガ――」
「――魅力的な提案!? 良いってことだよね!? ね! よし、そうと決まれば出発だ!!」
「ドウシタ!?」
急にどうしたと言うのか。男性はワタシの腕を無理やり引いて歩き出そうとする。
これは――――話が通じないタイプだ。この手の輩からは逃げるに限るが、生憎と腕をしっかり握られていてそれが叶いそうにない。
一先ず腕を切り落としてこの場を乗り切り、後で繋げられるように人体接着剤を渡すこともできるが、この文明の外の物をあまり持ち出すべきではないだろう。それに、ワタシの本当の姿を晒すことにもなる。それは――――恐らくよろしくないはずだ。
しかし、困った。
変に血走った目をした男性は静止の声を聞かないし、他に打つ手もない。到着一日目にして万事休すか。
眉根を寄せた、その時だった
「……なぁ、アンタ」
確かパーカーというトップスだったか――――のフードを被った青年が、男性の腕を取って引き留めた。
「その子さっきから嫌がってるだろ? いい加減にしろよ」
「何をー!? この子は魅力的な提案だと言って、だから――」
「――ソ、ソレは断ろうとシテ……!」
「ほら、この子もこう言ってる。諦めろ、おっさん」
「んぐ、ぎぎぎーーーー!!!!!!!!」
謎の擬音を発し、なおもワタシの腕を離さない男性。
すると青年は溜息を一つこぼし、手刀を男性の腕に振り下ろした。その衝撃で男性の握力が弱まり、ワタシの腕が解放される。
その一瞬の隙を突いて、
「逃げるよ!」
青年はワタシの手を取り、駆け出した。
数〇〇メートル走っただろうか。ワタシの身体損傷率は微々たるものだが、青年が息を上げているのを真似して呼吸を荒くする。
「ここまで――くれば――追って来られないだろ……」
息も絶え絶えなのに、そう呟きながら、青年はワタシを見て二コリと笑う。彼はワタシを安心させようとしているのだ。価値観には馴染めていないが、この惑星の人々の心情には少し知識がある。
「アァ、ありがとう。助かった、ヨ」
「いや、大したことじゃないしさ。あ、あそこのベンチにでも座ろう」
今度はきちんと木製の椅子――『ベンチ』にワタシが腰かけると、青年は座る前に隣の機械に硬貨を数枚入れて、飲み物の入ったボトルを二本取り出していた。
そうして腰かけ、その内の一本をこちらに差し出してくる。
これは――
「――くれるのカ?」
「うん。走って、喉乾いたでしょ?」
体内水分量はほとんど変化していないが、この惑星の人々は走ると体内の水分が減少するものらしいので、
「アァ」
と肯定し、軽く謝辞を述べてから受け取った。
飲料水に口を付け、息を整えてしばらく。
「最近はああいう人が増えたよな。みんなどっか余裕が無いみたい」
「アアイウ?」
「あぁ……売春、みたいな?」
「売春――――毒見の持ち掛けではなかったのカ……」
「えっ? ……毒見って、まぁ、ある意味毒みたいなものかもしれないけどさ」
そう言うと、青年は何かがおかしかったのか、軽く肩を揺らす。
そのまま何ということもない話を続けているうちに、
「そういえば君、ここは初めて? この辺りの人じゃないでしょ?」
彼はそんなことを訊いてきた。
「アァ、とても遠いところから来タ。ここで仕事を見つけて、お金を稼がなくてはならナイ」
「家出とかってこと?」
「イヤ、出稼ぎダ」
「で、出稼ぎ……」
「故郷には一六人の兄弟が居ル。彼らを飢えさせるわけにはいかないからナ」
「一六人って、大家族じゃないか。だけど確かに家族がそれだけ居れば、両親の稼ぎじゃ足りないってこともあり得るか」
「……両親は、もうイナイ」
「あ――――ごめん」
バツが悪そうな顔になる。死んだ両親の話題へと――――踏み込んではいけない部分に触れたと思ったのだろう。しかし彼らとて死んだわけではない。今頃どこかで……少なくとも野垂れ死んではいないはずだ。その点は、訂正するべきだろう。
「死んだというわけではナイ。ただ、借金とワタシ達を置いて二人だけでどこかへ行ってしマッタ」
「もっと質が悪いじゃないか!?」
彼の言うことには同感だ。この惑星にも、ワタシの価値観に共感してくれる人間はいるらしい。
ならば、この惑星でもきっとやっていける。否、この惑星でならやっていける。
「まぁ、そういうわけで仕事を探してここへキタ。今日は一日街中で仕事を探したが、『タイド』とやらが良くなかったせいで全敗ダ。明日は『タイド』に気を付けて、また頑張ろうと思う」
「すごいな。その意気ならすぐに仕事も見つかるよ」
しかし、だ。今日の成果を鑑みると、どうしても、暗い未来を想像してしまうというのも事実。
「だが明日も、明後日も、明々後日も、もしダメだったら……」
「ダメだったら?」
「別の街に行く。ワタシには時間がナイ」
少なくとも今月中にはお金を振り込まなければならない。今がちょうど月初めだから、近く仕事を見つけられれば少し余裕を持てるし、そうでなければ――――まぁ、考えたくはないことだ。事情を話して来月分のお給金から少し融通してもらうにしても、早いに越したことはないだろう。
現実は厳しく、その刻限はじりじりと迫りくる。
ワタシに残された時間は、そう多くはない。
「……そっか」
途端、なぜか彼の表情が暗くなる。
ワタシの焦りが伝わってしまったのだろうか。だとすれば反省だ。焦りが伝われば、メンセツでの評価に関わるかもしれない。
「まぁ、恐らくどうにかなるとは思う、ガ――」
上手くこの場を取り繕おうと、自分を励ます意味も込めて補足を加えようとすると、
「――だったら、ちょっと、困るな」
頬をかいて、また、少しバツが悪そうな顔。
しかし今回はその感情が読めない。これは、どういうことなのか。
「……なぜダ?」
どうしようもなくなって、ワタシは直接聞いてみることを選んだ。
そしてしばらくの沈黙の後、何かの覚悟を決めたらしい彼は大きく息を吸い込んで、
「――君に、惚れてしまったから……! だから、違う街に行かれると困る。俺と同じ街に、居て欲しい!」
「ハ?」
冗談でなく、時が止まったかと思った。
状況が飲み込めないワタシをよそに、彼は続ける。
「最初は純粋な善意で助けようと思って声を掛けたんだ。それでよく見たらすっごいタイプだったから、世間話でもと思って引き留めた。だけど身の上話を聞いてる内に、その健気さに心を打たれて――――最初は容姿からだったけど、今はもう、本当に君が好きなんだ!」
いや、待て。待って欲しい。どうしてそうなった。
彼の恋心を否定するわけではないが、だがしかしとはいえとしても、だ。
「……その、名前も知らないのに、恋をするものなのカ?」
「えっ? あ……確かに」
やはり、この惑星の人々の価値基準は分からない。ここまでくると、いつか理解できるのか、分かり合えるのかと不安になってくる。
「だ――けど、本当に君のことが好きなんだ。この気持ちは嘘じゃない!」
それはきっと、そうなのだろうが。
「だから、その、今更だけど名前を教えてくれないか?」
「ksり9sov_uwgjな、ダ」
「えっ?」
「ksり9sov_uwgjな」
「もう一回」
「ksり9sov_uwgjな」
「く、り……。失礼、何だって?」
「ksり9sov_uwgjな」
「その、申し訳ないんだけど、この辺りでは聞きなれない名前で」
「それはそうダロウ。この惑星の言語では少々発音しづらいのかもしれナイ。好きに呼んでクレ」
「じゃあ、聞き取れた部分を名前っぽく繋げて――――『リーナ』で、どう?」
「『リーナ』、良い音ダナ。明日からはそう名乗ることにスル」
そういえば、今日メンセツで名前を聞いた人は皆首を傾げていたような気もする。その原因がようやっと分かった。
閑話休題。
しかし、いくら彼の恋心を尊重するにしても、背に腹は代えられない。仕事が見つからなければ私はこの街を去らなければならないだろう。
「気持ちは嬉しいガ、それでこの街に居続けるというのは、やはり仕事が無いとナ……」
「――――それ、なんだけどさ」
一瞬の間。その後に、彼は言いにくそうに切り出した。
「……家事は、できる?」
「まぁ、一通りナラ」
「じゃあ、ウチで働かない? 空き部屋があって、きちんと部屋ごとに鍵も掛かるから、夜はそこで寝てもらえば間違いも起こらないっていうか――――もし正式にお付き合いしてもらえるなら一つ屋根の下水入らずだしなんなら永久就職っていう手も……」
後半は早口かつ声が小さかったので、地球語を勉強し始めて三か月のワタシには聞き取れなかったが、しかしとある単語だけはかすかに拾うことができた。
「永久就職……?」
「えっ? あぁ、いや、もちろんそれは先の話で――」
これは、攻めるしかないだろう。
「――働きが良ければ終身雇用も考えてもらえるということカ!!!?」
「んうっ!? ――――まぁ、そういう捉え方もできる……のかな……?」
ふむ、なるほど。
まさか自分がここまで幸運に恵まれているとは考えてもみなかった。このところ不幸続きだったから、その分のツキが回ってきたのかもしれない。いや、これは遊び人の誤謬だったか。
ともあれ、
「ぜひ前向きに検討してホシイ!」
「それは、その、受け入れてくれるってこと?」
「ウン? 受け入れるのは君のほうだろう?」
「それは、まぁ、そっか。そうなん、だけど、リーナも受け入れてくれるってことだよね?」
「フム。まぁ、そうだナ。君の家に永久就職したイ!」
「本当に! やった! こんな打算の塊みたいな告白が成功するなんて! 今日から僕も人生の勝者だ!」
「ワタシもこれで労働者階級入りだ! 労働者デビューだ!」
「「やった! やった! やった!」」
二人で抱き合って、喜びを分かち合う。
そのまま流れに任せて、歌いながら彼の自宅――――ワタシの職場まで歩いてしまった。
玄関に招き入れられて、「ただいま」と言い合ってみたりして。彼の背後に見える惨状に戦慄しつつも、労働への意欲が沸き立つのを感じてみたり。
と、ここで。
「そういえば、俺も名乗ってないんじゃない?」
「確かにそうだったナ。色々と教えて欲しい」
「俺は
「公務員? 部署は? 具体的にはどんなことをやっているンダ?」
「一応それとなく守秘義務があるんだけど、配偶者にはオフレコなら教えても大丈夫みたいな風潮もあるし……って、言っても信じてもらえないと思うんだけどさ――」
そうして、続いた言葉に、私は卒倒してしまった。
「――地球侵略を目論む悪い宇宙人をぶっ殺すのが仕事さ!」
空を仰ぎ、彼の声を遠くに聞きながらワタシは思う。
拝啓、兄弟たちよ。
お前たちの愚姉は、どうやら就職先を間違えてしまったらしい。
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