3-4
客用に用意してくれた天幕で泥のように眠り、目を覚ますと、外では宴会の準備が整っていた。
「カミ、メデタイ、イワイ」
ゼノは上座を勧められ、両隣にクレシュと呪術師が座った。
「タベル、ノム、タクサン」
酒らしきものをつがれたが、どろっとした赤い液体で、口にするのがためらわれる。続いて運ばれてきた料理を見て、ゼノは思わず悲鳴を上げそうになった。例の魚の魔物だ。丸焼きにされたものが、皿に山盛りになっている。
「おおー、うまいよー、いけるよー」
やはりというべきか、クレシュは臆することなく盃を傾け、魚にかぶりついて舌鼓を打っている。
ゼノはなるべく小さい魚を選び、おそるおそる背中のあたりをかじってみた。くせがなく淡泊で、意外にも上品な味わいだ。見た目の不気味さと、何を食べて育ったかを考えないようにすれば、極上の食材といっても過言ではない。食べているうちにとまらなくなり、つい二匹目に手を出していた。
酒も味は悪くなかった。果実酒のような風味だが、原料を確認するのも恐ろしく、酔ったら寝てしまいそうなので、舐める程度にとどめておく。
ほかにも、見た目はふつうの肉や、芋や山菜などを使った料理がつぎつぎに供され、その場にいた全員が、味見するだけでやっとという満腹の極みに至った。
「そーいえば、おにーさん。あれはほんとに魔法じゃないのー?」
ほろ酔いのクレシュが、揚げた芋をつまみながら尋ねてきた。
「ん? まあ、広い意味では魔法かもなあ。みんなが使ってる魔法とは種類が違うみたいだけど」
「便利だよねー。みんなが裸になったのは笑ったけどねー」
──怒ってなくてよかった……。
ゼノは胸を撫でおろした。
「あれは言葉どおり、いろんなものをヒラク呪文……といえばいいのかな。俺にしか使えないけど、俺もこれ一つしか使えないんだ」
「へえー。東方には、言霊って力があるらしいけど、そういうのかなー? おにーさんはそっちの出身とか―?」
「さあ……俺は孤児でね」
言いかけてゼノは、力が暴走したとき、クレシュだけ蚊帳の外だったことを思い出した。呪術師に知られてしまったのにクレシュに隠しておくのは、なんとなく義理を欠くような気がする。
「子供のころのことは、あまり覚えてないんだ。でも、奴隷として売られそうになったことがあってさ。逃げるときに、突然あの力が使えるようになったってわけ」
「おおー、なんかかっこいい話だねー」
あいかわらずクレシュの感性はよくわからない。呪術師には情けないと評されたが、まあ、軽く流してくれればこちらも気楽だ。
「おにーさんも、かっこいいよー」
笑顔で言われて、ゼノはどきりとした。
──いや、酔っ払いだしな。鍵を手に入れて、評価が上がったってことだろう、うん。
妙な期待は禁物だ。と自分に言い聞かせて、はて、期待とは?と逆に問い返す。いったいどんな期待だ? 男として認められたいのか? 有能な勇者として、あるいは忠犬として認められたいのか? それとも、対等の人間として? そのすべてでもあり、どれでもないような気もする。
──ま、いいか。
いまのこの、緩いつながりが心地よくもある。いずれこの旅が終われば、きっと離れ離れだ。深入りしないに越したことはない。
──無駄に美人なのが、困るんだよなあ。
外見に惑わされて、いろいろなことが見えなくなっている可能性はある。現に自分は、彼女のことをほとんど知らない。知らないのに、信頼して、命を預けている。
「また何か来たよー」
もう充分食べただろうに、近づいてくる皿を見てクレシュがうれしそうに言った。
最後に出てきた果物は、ある意味この宴会を締めくくるにふさわしい、衝撃的な代物だった。
小さな桃のような外見なのだが、噛むと悲鳴を上げて真っ赤な汁をしたたらせる。
初めて聞いたときには、ゼノも驚いていっしょに悲鳴を上げてしまった。
味は熟れた桃よりもさらに芳醇で、うっとりするほどうまい。だが噛むたびに金切り声で叫ぶため、全員が食べ始めると阿鼻叫喚どころの騒ぎではなくなり、そのうえ手といい口といい真っ赤に染まって、会場はさながら地獄絵図だ。
なんでもこの果物が、赤い酒の原料らしい。
気が変になりそうだと思いながらも、味の魅力に負け、しまいにはすっかり聴覚が麻痺した状態で、ゼノは三つ平らげた。
そのまま雑魚寝で朝?を迎え、一同に見送られていざ出発という段になって、呪術師が旅支度を整えて現れた。
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