3-3

「掘る道具をくれ」

「ナイ、ホレナイ」

「掘れないって……」

「カタメル、ノロイ。タカラ、トル、デキナイ」

「えええ……呪いで固めたと……?」

「ソウ、タカラ、ダイジ」

 呪術師は、本物の鼬そっくりに身をくねらせて言った。

「まさか、触ったら呪われるとか……」

「ダイジョウブ、ノロイ、ナイ」

 そう言われても、すなおに信用はできない。触ったとたん、かけた本人にも予想外の奇天烈な呪いにかかるとか、本当は呪われるのにしらばくれているとか、あるいは神と崇めるふりをしておいて罠だとか──。

 などとゼノが疑心暗鬼に陥っていると、クレシュの無邪気な声が聞こえてきた。

「ねー、おにーさん、これすごいよー」

 見れば、いつのまにか前に出て、塚をぺたぺた触りまくっている。

 ──クレシュよ……おまえのほうが勇者だな……。

「ほらほらー、土っぽいのに、手につかないんだよー」

 言われて観察してみると、なるほどそのとおりだった。見た目は土埃の舞いそうな質感なのに、さんざん触ったクレシュの手には汚れひとつない。砂の一粒も、元の位置から動いていない。何かを塗って固めたというより、まるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。

 ──呪われませんように。

 ゼノは勇気を振り絞って塚に指を近づけた。指先でつついて瞬時にひっこめる。何も起こらないので、つぎに手のひらを置いた。おそるおそる撫でてみると、摩訶不思議な手触りだった。触っているのに、触っている感覚がない。軽く叩いたが、空気のように手ごたえがない。

 これでは、切り札の呪文を使っても、効果があるかどうか。

「えーと……また何かすごいことになったら、すまん」

 念のため謝っておいてから、手をあててささやいた。

『ヒラケ』

 ふわりと風のような手ごたえを感じた。成功したかと思いきや、表層の土が震えて、薄衣が剥がれるように崩れ落ちただけだった。

「オオ、カミ、サスガ!」

 それでも呪術師が手を叩いて称賛した。

『ヒラケ』

 もう一度試すと、また表面の土だけが落ちた。

 ──これって、まさか……。

 ものすごくいやな予感がする。

「なあ、これって……もしかして、何度も呪いをかけ直した……とか?」

「ソウ、タカラ、ダイジ。マイトシ、ウメテ、ノロウ」

「毎年って……まさか、百年の間ずっと……?」

「ダイジ、ワレワレ、ヤクメ」

 ゼノは天を、もとい洞窟の天井を仰いで呻いた。

 遠い──あまりにも遠すぎる。

 とはいえ、いまの勢いに乗ってやってしまわないと、休んだら二度と腰が上がらない気がした。覚悟を決め、塚に手をあてて作業にとりかかる。

『ヒラケ』『ヒラケ』『ヒラケ』『ヒラケ』『ヒラケ』

 はじめのうちは、おもしろいほどはかどった。玉ねぎでも剥くように土の層がぺりぺりと剥がれ落ち、周囲からはやんやの喝采が送られた。二十回を超えるころから、崩れた土が邪魔になりはじめ、鼬もどきたちに撤去を頼むにおよんで、しだいに土木作業の様相を帯びてくる。五十回を過ぎると、顎や舌が疲れてろれつが回らなくなり、集中力も切れてきた。

『ヒラ──』

 ──ええと、つぎの音はなんだっけ? ケで合ってたっけ?

 呪文の言葉自体が、頭の中でばらばらにほどけ、意味をなさなくなってしまう。

 それでもしだいに塚は小さくなり、終わりが近づいてきたという希望にすがって、ゼノは惰性で唱え続けた。

 そしてとうとう、ついに──土ではないものが現れた。

 ひとかかえほどの大きさの、金属の箱だ。鎖でぐるぐる巻きにされ、錠前で固定されている。

 いよいよご対面かと、安堵と期待の入り混じった気持ちで蓋を開けると、中にまた箱があった。こんどは掛け金に錠前がおろされている。

「ま、まだあるのか……」

 恐るべし、鼬もどき。

 結局、さらに十個ほど箱を開けて、ようやく本体と思われる箱が出てきた。

 片手で包めるほどの小さな赤黒い箱。黒光りした表面に謎の記号がびっしり刻まれていて、見るからに禍々しい。

「これだな? こんどこそ、これだな!?」

「シラナイ。ワタシ、ウマレル、マエ」

 蓋が見当たらないので呪文を唱えると、寄せ木細工のようになっていた蓋が横に滑って開いた。

 中には、丸められた襤褸切れ──いや、襤褸切れに包まれた何かが入っている。

 箱に入ったままの状態で、包みの上だけ慎重に開いてみると、白っぽい骨のようなものが出てきた。

「……牙?」

 クレシュと呪術師の方へ箱ごと差し出すと、二人とも好奇心満々の様子で覗いてきた。

「牙だねー」

「ソレ、マオウ、キバ」

「えっ? 魔王の牙?」

 ゼノは少し拍子抜けした。魔王は大きくて恐ろしいものという漠然とした心象を抱いていたが、この牙が魔王のものだとすると、狼程度の大きさしかない。

 ──いや、そもそも、魔王ってどんな姿なんだ?

 そこまで考えて、ふと気づいた。魔王のもとへ行くための鍵が魔王の牙という、一見矛盾するような仕組みが、なんだか薄気味悪い。

 ──まさか、封印するときに牙を抜いたとか……? うわー、いやだいやだ。

 猟奇的な場面を想像しかけてしまい、慌てて脳裏から振り払う。

「とにかく……これが、一つ目の鍵か」

「そうだねー。おにーさん、やったねー」

「カミ、タカラ、モツ。ワレワレ、アンシン」

 戦闘の専門家が突破できなかったのも納得の、恐ろしい試練だった。魔法使いならできたかもしれないが、どうだろう?

 ともかくいまは、やり遂げた、それだけで充分だ。

「……疲れた」

 いつのまにか周囲は、見物に集まった鼬もどきたちでいっぱいだった。クレシュに小箱を預けると、ゼノはその輪を押し分けてよろよろと歩きだした。

 とうぶん土の山は見たくない。


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