10-4
暗闇へと続く石造りの通路。石材は遺跡のものほど古びてはいない。片側の壁には灯火を置くための窪みが等間隔に並んでいるが、灯火はなく、窓もない。
どうやら、目指していた神殿の地下にたどり着いたようだ。
まだ何も見えないが、明らかに雰囲気が変わっていた。生き物の──おそらく人の──気配がある。パースとルエラも気づいたらしく、緊張した面持ちで足音を忍ばせている。
突き当たりを曲がると、大きな鉄扉があった。
クレシュが耳を当てて向こうの様子をうかがい、軽くうなずく。ゼノがすばやく解錠すると、カイエとヴァランが慎重に引き開ける。
──ここか。
通路の左側に、小さな鉄扉がずらりと並んでいた。鉄扉の上部には、鉄格子のはまった小さな窓。明らかに人を閉じ込めておくための場所だ。右側の壁には明かりが灯され、このあたりが使用中であることを示している。
見張りはいない。巡回があるかもしれないが、いまは静かだ。
案内人たちが先に立って、牢を一つひとつ確認しながら歩いていく。
ゼノも覗いてみたが、空室ばかりだ。
ここではないのかもしれないと思いはじめたころ、カイエが足を止めて合図した。
パースとルエラが、カイエを押しのける勢いで鉄格子に取りつき、中を見る。
「…………!」
「……っ!」
エランドを見つけたようだ。向こうも気づいたらしく、鎖のこすれるかすかな音が聞こえてきた。
ゼノが近づくと、勇者二人は期待に満ちたまなざしを向けて脇へどいた。
扉は、頑丈そうだがいたって普通の造りだ。錠もありふれた構造に見える。鉄格子の間から中を覗いてみたが、天井にも変わったところはない。とはいえ、アルテーシュの情報をふまえ、何らかの刺激によって天井が崩れるという前提で行動するべきだろう。
──問題は、呪文でヒラいても大丈夫か、ってことだが。
はたしてそれが、鍵で開けるのと同じことになるのか、はたまた無理に開けたものとして感知されるのか、実際にやってみるまでわからない。万が一罠が作動してしまった場合、もう一度呪文を唱えたら、押しつぶされる前に脱出できるだろうか?
奥に目を向けると、壁際でうずくまるエランドの姿が見えた。両手と首を一枚板の枷で拘束され、片足は鎖で床につながれている。憔悴した様子だが、大きな怪我はないようだ。
扉を開け、拘束を解いて、牢の外に連れ出す……。救出の手順を頭の中で反復してから、ゆっくり深呼吸する。
──ええい、一か八かだ。
ゼノは腹を括ると、錠に手をあてて集中した。
『ヒラケ』
細心の注意を払って、だがすばやく扉を開け、なるべく刺激を与えないように足を踏み入れる。まっすぐ奥まで行き、枷をはずし、鎖を解いて、エランドを立ち上がらせる。彼を支えながら扉まで戻り、外で待ち構えている勇者二人に引き継いで──。
自分も外へ出ようとしたそのとき、地鳴りのようなかすかな音に気づいた。
勇者三人を突き飛ばしながら慌てて飛び出す。
ほぼ同時に、牢内の天井が地響きを立てて崩れ落ちた。
──ひ……ひぃ……。
間一髪だった。
立ちこめる土埃の向こうに、大量の瓦礫でふさがれた牢の出入口が見える。
──あとちょっと遅かったら……。
解錠と移動にわずかでも手間取っていたら、いまごろ二人ともこの下だった。
全身にどっと汗が噴き出し、心臓が早鐘を打つ。
立ち上がろうとしたが、腰が抜けていた。
「まずいぞ、だれか来る」
通路の先で見張りをしていたヴァランが、こちらを向いて囁いた。
──どうしよう……どうにかしないと……!
床に這いつくばったままおろおろしていたゼノは、はっと閃いて顔を上げた。
「パ、パース! ルエラとエランドを連れて、魔法で跳ぶんだ!」
「し、しかし……」
「どこでもいいから街の外へ……早く!」
「わかりました」
さすがに必死さが伝わったらしく、パースはうなずいて仲間たちの手を取った。すぐに三人の姿が掻き消える。
ゼノは安堵の吐息を洩らし、クレシュに支えられてなんとか立ち上がった。
ともかくこれで、エランドの救出という当初の目的は果たした。あとは自分たちの脱出だが、案内人たちには人並外れた戦闘能力があるし、自分なら捕まっても逃げられる。
「え……うわっ!?」
ヴァランのたくましい腕が伸びてきたかと思うと、荷物のようにひょいと担ぎ上げられた。
「走るぞ」
言うやいなや来た道を猛然と戻りはじめるが、カイエが待ったをかける。
「いや、こっちだ。正面突破のほうが早い」
ヴァランがくるりと方向転換し、ゼノは振り回されて目が回った。
「鍵がかかってるー。ゼノー」
突き当たりの扉にたどり着いたクレシュが、振り返って呼ぶ。
『ヒラケ』
ゼノは担がれたまま手を伸ばし、解錠した。
扉の先には、上へと続く階段があった。ほとんど足音も立てず、案内人三人は風のように駆け上がる。
のぼりきってつぎの扉を開けると、広々とした通路に出た。
元は庭に面した回廊のようだ。太い石の柱が並んでいるが、その向こうは砂と遺跡の石壁でふさがれている。
通路に沿って走っていくと、曲がり角から二人の兵士が姿を現した。
クレシュとカイエがすばやく接近し、あっさり昏倒させる。
角を曲がり、さらに何人かを無力化しながら進みつづけたが、そのうち大勢の足音が聞こえてきた。異変に気づいて部隊が派遣されたのだろう。このままではすぐ鉢合わせすることになる。
「そっちへ!」
ゼノは手近にあった大扉を指さした。
解錠して全員で飛びこみ、中から施錠して息を殺す。
まんまと部隊が通過してしまうと、ようやくゼノはヴァランの肩から下ろされ、周りの様子を見る余裕ができた。
むやみに大きい広間だった。壁の燭台に火がともされているので、全体がぼんやりと見て取れる。天井は高く、半球状の丸天井になっており、明かり取りの窓には色ガラスがはめられているようだ。集会場──というより、礼拝所なのかもしれない。最奥にあるのは祭壇だろうか。
奥に別の出入口がないかと歩きはじめた、そのとき。
「なるほど、やっかいな力ですね」
広間の中で声がした。
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