第十章 にわか勇者、邪教徒になる
10-1
──カイエ……!!
ゼノは思わず後ずさりした。
彼がいつから白装束たちと同行していたのか……いや、単なる同行ではなく、白装束の一味だとしたら? 自分を買い、カーネフたちを始末した一連の出来事に、彼も関わっていたのでは……それどころか、彼が首謀者だったということはないか?
そこまで考えて、彼が村を離れたのは三年前だということを思い出した。当時はまだ、村内のだれも、自分の存在すら知らなかったはずだ。とはいえ、魔王を封印する勇者としてではなく、錠破りとしての噂を聞きつけた可能性はある。彼が白装束たちと接触したのは、自分が勇者に任命される前だったのか、後だったのか……。
彼は、敵か? 味方か?
ゼノの狼狽をよそに、赤毛の男は何事もなかったように向きを変えると、連れの白装束たちに続いて部屋を出ていこうとした。
「ちょっとー、無視しないでよー」
クレシュが口をとがらせて言い、さらに何かを投げつける。
カイエは前を向いたまま、飛んでいったその短剣を片手でつかみ取ると、無造作に投げ返した。
「話はあとだ」
「えー」
クレシュもまた、それをたやすく受け取り、慣れた手つきで懐に戻す。
──このきょうだい……怖い。
二人が鋭い刃物を毬か何かのように投げ合っているのを見て、ゼノは本気で震え上がった。
──ああいう環境で育つと、こうなるのか……。いや、それにしたってさ……。
「わかったよー。じゃー、先に食事ねー」
剣呑なやり方で仕掛けたわりに、クレシュはあっさりひきさがった。行方不明だったいわくつきの兄との再会としては、一般的な反応とはいいがたい。まあ、クレシュだから、と言ってしまえばそれまでだが。
すっかり圧倒されたゼノは、それ以上考えるのをやめ、白装束たちの案内におとなしくついていった。
先ほどまでルエラがいた部屋に戻ると、冷めた料理は温め直され、さらに何品も追加されている。
「おお、うまそうじゃのう」
ユァンが舌なめずりしそうな様子で言い、トアルを椅子に座らせて、自分も隣の椅子に腰を下ろした。ゼノはすかさずトアルの反対側の隣にすべりこんだ。
ほかの四人もそれぞれ席についたが、クレシュとヴァランがさっそく食べはじめたのに対し、パースとルエラは遠慮がちにこちらの様子をうかがっている。
「あのう……いまのかたは?」
パースが意を決したように尋ねてきたが、だれも答えようとしないので、ゼノはしかたなく口を開いた。
「クレシュのお兄さんだそうです。その……ちょっと事情があって」
「なるほど。どうりでよく似ていらっしゃる」
パースはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、やがて諦めたように下を向いて食事にとりかかった。
──わかるよ、その気持ち。
ゼノも料理をつつきながら、心の中で溜め息をついた。
先刻の出来事は、見間違いかと思うほど唐突で意味不明だった。事情の一端を知っている自分でさえそう感じるのだから、勇者二人が狐につままれた気持ちになるのも無理はない。さらに、好奇心はそそられるものの、怖くてそれ以上は踏み込めない。そんな空気も伝わってくる。
──っていうか。
黙々と食事を進める一同の様子を見ているうちに、無性に腹が立ってきた。
──なんで俺が、こんなに気を遣わなくちゃならないんだよ……。
自分たちの素性を隠すためにとりつくろったり、この場に流れる微妙な雰囲気をどうにかしたりするのは、本来、案内人の役割ではないか。それなのに、クレシュはみずから突拍子もない行動に出て注目を浴びているし、ヴァランは素知らぬ顔を決めこんで、事態を収拾しようという気など皆無のようだ。
──いっそ、ここで全部ばらしてやろうか。
悪魔的な誘惑が頭をもたげた。
先回りして鍵を集めている〈偽勇者〉が自分たちだと知ったら、パースやルエラはどんな顔をするだろう。もっとも、こちらも神殿から正式に任命された勇者なのだから、やましいことをしているわけではない。むしろ立場をはっきりさせたほうが、腹を割って話すことができるし、真相にも近づけようというものだ。なにより、こそこそしなくてすむ。
──まあ、いまはさすがにまずいよな。
ひととおり夢想したあとで、ゼノは理性を取り戻した。
これから勇者の一人を救出しようというのに、よけいな波風が立つのは避けたい。心の乱れは思わぬ失敗につながるものだ。へたをして、勇者たちと対立することにでもなったら目も当てられない。
結局ゼノも黙々と食事に集中する一人となったが、しばらくすると食欲をそそる刺激的な香りが漂ってきた。
褐色の肉塊を盛りつけた大皿が運びこまれ、その場で切り分けられる。
内側は白っぽい。香辛料をたっぷりまぶして焼き上げたものらしい。
さっそく小皿に取って口に入れようとしたゼノは、それが巨大な魚肉だということに気づいた。
「これって……もしかして」
「砂鰻……だな」
ヴァランも微妙な表情を浮かべている。
たしか、砂鰻には毒があり、毒を抜いてもまずいという話だったが──。
「うむ、これはいける!」
「へえー、意外ー」
食に目のないユァンと、臆することのないクレシュは、すでに平気な顔でぱくついていた。トアルも、大きな切り身を両手でつかんでかじりついている。
「そうかー、こういう味付けなら臭みが気にならないんだねー」
クレシュがしきりに感心しているのを見て、ゼノも食べてみようという気になった。試しに少しかじってみると、辛味のきいた香辛料と淡白な白身があいまって、絶妙な味わいに仕上がっている。焼けてほどよく身がしまったためか、獣肉のような歯ごたえがあり、満足感もひとしおだ。
夢中になって一口、二口と進めるうち、いつのまにか完食してしまった。
締めくくりとして発酵乳であえた果物が供されるころには、微妙な空気は払拭され、パースやルエラも満ち足りた顔ですっかりくつろいでいた。
やがて、一同が食べ終えるのを見計らったように、カイエが部屋に戻ってきた。
黒を基調とした動きやすそうな衣服に着替えている。白装束は偽装だったか、あるいは、これから敵地に潜入することを考えてふさわしい身支度をしただけか。
「先に、身内だけで話がしたい」
カイエはそう言うと、ゼノにも声をかけてきた。
「あなたも」
「えっ? ……俺!?」
──み、身内って……まままさか、クレシュと寝たのがばれた!? 兄からの怖い説教!?
一瞬、一般的な価値基準でうろたえてしまったが、すぐに気づいた。あの村では勇者との子づくりが奨励されているのだから、当然そのあたりは想定内だろう。身内という言葉は、案内人一族と勇者というくくりを、部外者に悟られないよう便宜的に使ったものにちがいない。
「行ってくるがいい。トアルはわしが見ていよう」
ユァンが言うと、トアルも小さくうなずいた。
「じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくる」
ゼノはぎくしゃくと立ち上がったが、またしても別の勇者二人の視線が痛い。
──くううう、やっぱり暴露してしまいたい!
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