9-5
「夢のお告げで最後の鍵の在処を知り、我々は三人でそこへ向かったのです」
急いで宿をとって運びこみ、クレシュの魔法で手当てすると、男はまもなく意識を取り戻した。
「砂漠の真ん中に山があり、その下に遺跡のようなものが隠されていました。しかし、我々が中に入ったちょうどそのとき、大きな地震が起こり、慌てて飛び出すと外は森でした。しかもそこへ、兵士の一団がやってきて、不法侵入の咎で三人とも捕らえられてしまったのです」
「それで、どうしておぬしだけがここに?」
「エランドが隙をみて暴れだし、逃げるように合図してくれました。私はルエラの手を取り、急いで空間跳躍の魔法を使ったのですが……気がつくと一人だけ、砂漠で倒れていて──」
エランドは剣士、ルエラは神官の名前らしい。この男自身はパースと名乗った。
無理な跳躍で魔力を使い果たしたパースは、ルエラを探しながらあてもなく砂漠をさまよい、幸運にもこの村にたどりついた。だがここにも彼女の姿はなく、途方に暮れていたところに、ユァンから声をかけられたというしだいだ。
「魔法で砂漠に跳んだということは、その森はここから近いのか?」
ユァンの問いに、パースは力なく首を横に振った。
「わかりません。無意識に、元の場所へと念じたのだと思います。魔力が切れたことを考えると、かなりの距離だったのかも……。ただ、方角だけはなんとなくわかります」
「ほう、それならまだ救いはある。跳躍の途中ではぐれたとすれば、神官どのはその通過点にいる可能性が高いし、回復系の魔法が使えるなら、そう簡単に死ぬこともあるまい。おぬしらが捕まったその森も見つけられよう」
「そっ、そうですよね! 二人とも生きていますよね!」
意気消沈していたパースはぱっと顔を輝かせ、ユァンにすがりつくように言った。
そんなパースを見て、ユァンは悩むように眉間にしわを寄せてから、残念そうに溜め息をついた。
「ゆっくり食事をとりたかったが、そういう場合ではなさそうじゃのう。しかたがない。クレシュ、かみ──ゼノにも癒しの魔法をかけてやってくれ。すぐに出発じゃ」
──え……。
隣の寝台でぐったりしていたゼノは、抗議しようと口を開きかけたが、ユァンに睨みつけられてそのまま閉じた。
「も、もしかして……いっしょに探していただけるのですか!?」
パースが勢いこんで言うと、ユァンはごまかすようにそっぽを向いた。
「まっ、まあ、これも何かの縁じゃ。もともとわしらは、そう急ぐ身でもないのでな。困ったときはお互い様というものよ」
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
いまにもうれし泣きしそうな魔法使いをなだめながら、ユァンは仲間たちに目配せした。
白装束たちの居場所どころか、本命の手がかりがあっさり飛びこんできてくれた。鍵が周囲の地形ごと移動されたというユァンの推測は、やはり正しかったらしい。その森を探しだせば、そこに最後の鍵がある。
かくして一行は、荷ほどきする間もなく、急いで物資の補充だけすると、ふたたび砂漠へと足を踏み出した。
──まったく……ついているんだか、いないんだか……。
熱い砂を踏みしめながら、ゼノは心の中でぼやいた。せっかく一息つけると思ったのに、すぐまた出発となって気持ちが追いつかない。
とはいえ、癒しの魔法のおかげで、体は一晩眠ったあとのように軽い。村人たちのまねをして頭に布をかぶってみると、強い日差しが遮られ、暑さもやわらいで感じられる。進む速度は先ほどよりも格段に上がっていた。
「このへんには……いないようです」
歩きながら魔法で周囲を探索していたパースが、落胆した口調で言う。
「通り過ぎてしまった可能性は?」
ユァンが聞くと、パースははっきり否定した。
「いいえ。生きていれば必ず反応があるはずですし……たとえ最悪の場合でも……我々は、女神様の加護でつながっています」
「女神の加護?」
「はい、これです」
パースは左袖をまくって二の腕を見せた。
そこに刻まれていたのは、おなじみの紋様──〈連環の祝福〉だ。
「我々は三人とも、体のどこかにこの印があります。初めて夢のお告げを受けたとき、目覚めるとこれがついていました。そしてこの印は、仲間が近くにいると疼いて知らせてくれるのです。最初に三人が出会えたのも、このおかげでした」
ゼノはぎくりとして胸に手をやった。
だが、自分の印は何の反応もしていない。パースのほうも何も感じていないようだ。仲間同士のつながりは、三人限定ということか。
それにしても、これはひょっとすると、彼らは本当に女神に選ばれた勇者なのかもしれない。〈連環の祝福〉の存在で、信憑性が一気に跳ね上がった。神官によって適当に任命された似非勇者とは違い、彼らこそが由緒正しき正真正銘の勇者様ではないのか。……実力の程は、まあ、ともかくとして。
──でもそうなると、俺たちの存在意義って?
本物の勇者がいるなら、自分たちのいる意味がない。いや、それどころか、先に鍵を回収してしまって、むしろ邪魔をしているも同然だ。彼らが本物だった場合、集めた鍵を渡して、あとは任せるのが筋ではないだろうか。あるいは、協力していっしょに旅をするとか……。
──まあ、まだ本物と決まったわけじゃないしな。
ゼノは考えるのをやめ、前へ進むことに集中した。
砂漠は広く、いくら歩いても終わりが見えない。先ほどより楽になったとはいえ、暑さと疲労でしだいに足が上がらなくなってくる。遅れそうになると、トアルがつないだ手をぎゅっと握ってきた。そのやわらかさに励まされ、気持ちを奮い立たせて足を運ぶ。
「ん? おい、あれは……!」
先頭を行くヴァランが、急に声を上げて足をとめた。
ゼノも立ち止まり、ヴァランの視線の先に目をやったが、砂丘が広がっているだけで何も見えない。だが、ほかの四人にはわかったらしく、警戒するように同じ方を見ている。
一人だけきょときょとしていると、地平線の彼方に砂塵が舞い上がり、少しずつこちらへ向かってきた。砂塵の中心には何やら白いものがあり、近づいてくるにつれ、その輪郭がはっきりしてくる。
白い衣服に身を包んだ集団──こんどこそ間違いない、アルテーシュの信奉者たちだ。
クレシュとヴァランがすぐにも飛び出せるよう身構えるなか、淡々と進んできた十人ほどの白装束たちは、充分離れたところで歩みをとめると、一斉に膝を折って平伏した。
──うわ……一応、前回のことを感謝してくれてる?
どうやら敵意はなさそうだ。彼らと一戦交えることにならずにすんで、ゼノは胸をなでおろした。
まもなく白装束たちは静かに立ち上がり、こちらに背を向けて、来た道を引き返すようにふたたび歩きはじめる。
「ついてこい、ってことかな?」
ゼノが仲間たちの顔を見回して言うと、ユァンがうなずいた。
「そのようじゃ。行ってみよう」
「あ、あの……この方々は?」
何も知らないパースだけが、尻込みして聞いてくる。
「えーと、俺は以前、こいつらとちょっと関わったことがあって……不気味だけど、たぶん大丈夫」
彼らにその気があれば、自分たちなどとっくに消し炭になっている。という情報は、無駄に怖がらせるだけなので伏せておく。
「そ、そうですか」
パースはとりあえず納得したのか、おっかなびっくり歩きはじめた。
一定の速度で進む白装束たちの後をぞろぞろついていくと、砂しかなかった足元に小さな草花が点在するようになり、やがて遠くに、そこだけ明らかに色の違う盆地が見えてきた。
中央に広々とした湖があり、周囲に樹木が立ち並んで、円く切り取ったような緑地帯になっている。木の少ないひらけた場所には、煉瓦造りの四角い家々が区画ごとにまとまっており、外縁には畑や家畜の姿もある。先ほど寄った村よりもはるかに大きな町だ。
予想どおり、住民はすべて白装束たちだった。
近づくにつれ、一般的な集落とは違う異様な雰囲気が伝わってくる。人々の動きはみな一様で、まっすぐ前を向いて歩き、だれかとすれ違ってもよける様子もなく、そのまま目的地へと向かっていく。魂のない人形が動いているような、なんとも気味の悪い光景だ。
町に足を踏み入れると、その印象はますます顕著になった。もっとも大きな特徴は、住民同士の会話がまったくないことだ。人が大勢いるにもかかわらず、咳一つ聞こえない。自分の耳がおかしくなったかと思うほどだが、足音や衣擦れの音、鳥や家畜の鳴き声は聞こえるので、そうではないとわかる。
案内役の一団は、同様に無言のまま湖に沿って進み、中心部にあるひときわ大きな建物へとゼノたちを導いた。ほかの家とは異なり、腰の高さほどの外壁に囲まれ、窓の上部を円くしたり、壁面に浮き彫りのような装飾をしたりと、手の込んだ造りになっている。
玄関をくぐり、つぎの部屋に入ると、黒っぽい衣服を着たふくよかな女が、所狭しと料理の並んだ広い食卓に陣取って、夢中で頬張っているところだった。
「あ……」
「ルエラ!!」
ゼノが口を開くより早く、パースが声を上げて駆け寄った。
それはまさしく、探していた勇者の一人、神官のルエラだった。
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