「朝起きて『おはよう』って朝を迎えようぜ?」
※ちょっとだけ暗い話です。
男はこういうときばっかりって思うかもしれない内容に途中までなってるかもしれません。
途中からは普通に戻ってるので、無理そうなら飛ばしてもらって構いません。
◇◆◇◆◇◆◇
片づけは夕方までかかり、矢野夫婦が帰ってからも続けた。
穂乃果の部屋はすでに物を置いていないため、今夜寝る場所を確保しないといけない。
しかし、購入したベッドが届くのは明日のため、今夜は布団を敷いて寝るしかない。
まだ段ボールの山が積まれている寝室で一日を終えた二人は隣り合って横になっていた。
「広すぎて寒いな……」
「暖房付けててもやっぱり夜は冷えるよ……」
毛布に包まりながらブルブル震える俺を穂乃果は見つめてくる。
差し出された手を握ると、ほんのりと温もりを感じる。
「朝陽君の手、冷たいね?」
「だって寒いもん……。穂乃果の手は温かいな……」
穂乃果の手を両手で握る。
冷えた手が少しだけ温まる感じが心地よく、適度な眠気が襲ってくる。
常夜灯で周りは暗いがうっすらと見える穂乃果の顔はなぜか不安げだった。
「どうしたんだ?」
「……なにが?」
「いや、なんか困ってそうだったから」
穂乃果を抱き寄せ、肩を合わせる。
寒気なのか、なぜか震えていた穂乃果は天井を見つめて、ぽつりと呟くように言葉を紡いだ。
「最近の私、情緒が不安定なんだ……。朝陽くんが近くにいないと不安だし、居ても迷惑かけてるんじゃないか?って悩んじゃうし……。それでも、一緒にいる安心感が心地いいの。いまも手を繋いでるからなにも考えなくて済むけど、朝陽君が先に寝ちゃったら、またウジウジ考えちゃうんだろうな~って思うと嫌になる。寝つきも寝起きも最近は悪くなってきたから余計ストレスになっちゃうし……」
俺は穂乃果の言葉を一言一句聞いた。
『悩み』で済む問題ではないだろう。
俺にも悩みはあるかもしれないが、穂乃果のような漠然とした悩みではなく、もっとどうでもいいようなものだったりする。
どうやって声を掛けるのが正解か。
悩む時間もなく、思ったことを口にした。
「今、たくさんの悩み不満に押しつぶされそうになってると思うんだ。それが妊娠によるものなのか、普段からたまってる鬱憤なのか。正直、俺にはわかんない。俺は穂乃果に対する不満はないよ?家のことやってくれているし、いつも気を遣わせちゃってるし」
なにを言いたいのか、自分ですらわからない。
言葉はどんどん出てくるが、それが余計穂乃果の負担になってる可能性だってある。
それでも、俺は喋るのを止めることはしなかった。
「今、こうして穂乃果が悩んでいることを聞けて俺は嬉しいと思ってる。穂乃果と本当の意味で面と向かって話せている気がするし、初めて穂乃果の本音が聞けている気がするから。俺に対する苛立ちだったらすぐ言ってよ。もしかしたら逆ギレしちゃうかもしれないけど、俺らはそういう喧嘩みたいなことしたことないじゃん。穂乃果はもっと感情を表に出していいんだよ。俺にだけでも、素直になっていいんだよ?」
「……朝陽君」
「明日のことは明日考えればいい。それこそ明日、俺の手の届く範囲に穂乃果が居なかったらって思うと、俺だって怖いさ。だから、今手を繋いでいるし、穂乃果よりも先に起きたい。先に寝ちゃうのは申し訳ないかもしれないけど……」
眠気には抗えないんだ……。
その原因のちょびっとだけは穂乃果に原因があったりなかったりするが……。
「不安なら抱きしめててやるよ。穂乃果が寝るまで。そして、朝起きて『おはよう』って朝を迎えようぜ?そしたら多少の不安なら吹っ飛んでくさ。まぁそれでも、俺にはわからない悩み不満は残るだろうけど……。そんときは真由美さんや母さん達を頼ってくれればいい。みんな一度は通った道だと思うし、同性だから相談もしやすいだろ?」
「うん、そうだね……。『おはよう』って言えば不安は飛んでくか~。そういう考え方もあるんだね……」
「おはよう、いってきます、ただいま、おやすみ。普段から口にしてるから意識してないことでも意識すれば大きな意味がある。身近に大切な人が居るっていう大きな証拠だからな」
小さいころに母さんに挨拶の重要性について散々言われた。
いまだから、母さんのいうことが理解できる。
大切な人にはなんでも言葉にして伝えること。
感謝の気持ちでも、愚痴のような小言でも。
伝えれば、必ず伝わる。
伝わらない人は自分のことを大切にしていない証拠だと、言っていた。
「そっか……。そうだよね……」
穂乃果を抱きしめる力を強める。
「朝陽君にはかなわないなぁ……」
嗚咽らしき息遣いが静けさしかない部屋に響いた。
身体を震わせ、寒気ではない確かな震えは徐々に嗚咽となって聞こえてくる。
俺は無言で穂乃果を抱きしめ続けた。
どれくらい泣いていたのだろうか。
嗚咽が寝息に変わり、寝室は再び静寂に包まれる。
「寝たか……。俺ももう少し気を遣わないといけないのかな?」
誰に問いかけたわけでもないが、答えがほしかった。
同然、答えが返ってくることはなく、ただ静寂の中に消えていった。
「寝よ。起きたら答えがわかるかもしれない」
穂乃果の頭を撫でる。
寝不足っぽいことを言ってたせいか、サラサラっとしていたはずの髪質がちょっと傷んでいるように感じた。
「おやすみ、穂乃果。明日、温泉でもいこうな……」
疲れが取れればいいな~と思いながら、目を瞑る。
完全に視界が真っ暗になると、暗黒に落ちていくような感覚が襲ってきた。
◇◆◇◆◇◆◇
「んあ……?」
日の光がまぶしくて目を覚ました。
すぐに寝てしまったことが理解するまでに多少時間が掛かったものの、体を起こして辺りを見渡す。
「……あれ?」
見慣れない壁が引っ越した家の寝室だと気づくまでにまた数秒ほど時間をかける。
「ああ、そういや引っ越したんだったな……」
枕元に置いていたであろう、スマホを手探りでみつける。
が、隣で寝ていたはずの穂乃果がいないことに気づいた俺は寝坊したのではないかと、スマホの画面を見るまで焦っていた。
「あ、朝陽君。おはよう!」
「ああ。おはよう……。今何時?」
「7時過ぎだよ?ご飯は……ないからコンビニいくけど、行く?」
「寝起きだからやめとく……」
「そっか。じゃあなにか買ってくるね?」
そういって、穂乃果は外へ出かけて行った。
俺は立ち上がり、顔を洗おうと洗面台に向かうが、寝ぼけた足取りで歩くため、何度か段ボールに小指をぶつける羽目になった。
「いつつ……。早く片付けないと怪我しそうだわ……」
お湯が出てくるのを待っているが、一向に冷水しかでてこない。
諦めて冷水で顔を洗おうと思ったとき、ふとさっきの会話を思い出した。
「あ、こういうときこそ一緒についていくべきだったか…?」
ちょっと寂しそうな表情をしていた気がする。
それでも、既に手遅れであることには違いない。
気持を改め、次で挽回しようと決意を固めた。
「よし、じゃあ冷水で顔洗うか!……あつっ!」
気づいたら冷水から熱湯に変わっており、危うくやけどしそうになった。
「『おはよう』って言えた。なんか新鮮だな~。朝陽君より早起きするのもいいかもっ!」
穂乃果はまったく気にもしておらず、むしろ、嬉しさを隠そうとしていたくらいだ。
車のエンジンをつけ、ちょっと遠いコンビニまで昨日の朝陽の言動を何度も思い出す。
「悩んでるのがバカみたいだよね……。でも、悩みがないっていうのもまた違う気がするし、今はこのほうがいいのかもな~」
少し、いや、かなり気持ちがすっきりした穂乃果は気持ちを切り替え、朝食のことを考える。
「コーヒーは必需品だよね?パンとおにぎり、どっち食べるかな……」
結局、穂乃果の胸のうちは朝陽のことでいっぱいいっぱいだった。
~~~~~~~~~~~~~
シリアスなお話で止めるのは心痛いが許してください!
次は両親がお手伝いに来ます。
ただ、お手伝いにはならないかもしれませんが……。
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