第三章〜妊娠と引越し、二人の絆〜
「ちょっと抱き締めてて……」
成人式から一月ほど経過した。
2月の半ばは雪は降らないが、寒い日が続き外での仕事をメインとする俺には厳しい時期がまだまだ続く。
今日も今日とて、現場で作業をこなして、今は休憩をしている。
車で矢野さんと飯を食いながら、スマホを操作していた。
「新居そろそろじゃねーか?」
「今週の土日に引越しっすね」
「手伝うか?」
「まじっすか?」
「人手はあったほうがいいだろ?俺も引っ越しん時は手伝って貰ったからな」
矢野さんが引っ越したのは、俺がまだ入社して間もない頃だった。
矢野さんの下で見習いだった俺は、普段のお礼にと引越しの手伝いを申し出た。
そんときの真由美さんは身篭っていたこともあり、重いものを持たせたくなかった周りの意見も相まって矢野さんは俺の手伝いを有難く思ってくれた。
「んにしてと、寒いな」
「1月より寒いっぽいすよ?」
「だよな……。年々寒くなっていってる気がするわ」
暖房を付けている車内とはいえ、真冬の車の暖房は中々暖まらない。
そんなとき、朝陽のスマホに着信が届く。
表示されているのは穂乃果の名前。
何事かと、電話に出る朝陽。
「どうした?」
『あ、朝陽くん!聞いて聞いて!』
「どったの?」
電話越しでも分かるハイテンションぶり。
通話声が漏れているのか、矢野さんもこっちを見て気にするなという表情が伝わってくる。
『おめでたです!』
「……なにがだ?」
薄々と次の言葉が分かるような気がした。
『だから、朝陽くんと私の間に赤ちゃんが出来たの!私、妊娠したんだよ!』
「……は?……はぁぁぁ?!」
だが、一瞬理解が追いつかなかった。
言っていることは分かるのに、脳がどのように反応すればいいのか迷っている。
『まだ病院だからあとで連絡するね!』
「ちょっ!」
『お仕事頑張ってね!』
そこで通話が切られた。
何かを言う前に一方的に切られた通話画面を見ながら、ぽつりと呟く。
「穂乃果が妊娠したっぽいです……」
「聞こえてたわ。おめでとさん」
「……仕事が手につきそうにないっす」
「だろうな。ま、そんときはフォローしてやるよ」
「あざっす」
出産を二度も経験している矢野さんが今日だけは普段の倍以上頼もしく思えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最初に違和感を感じたのは成人式が終わった数日後くらいだった。
丁度、私の周期的にアレの日だった為にあまり気にしてなかったが、予定よりも長引いた。
普段より酷いのかな〜とか思っていたが、真由美さんに相談してみたら、妊娠の初期症状じゃないかと言われた。
ネットで初期症状について調べるとそれっぽく当てはまるものが何個があった。
その日から熱を測ることに。
微熱気味の日が続いた。
朝陽くんにはバレないように、体調が悪いのを誤魔化しながら2週間ほど過ごした。
2月に入り、検査キッドで調べてみるとハッキリと赤い線が出た。
二人の不確かな距離感が確実に結ばれた気がした。
目尻に溜まった涙を拭い、気持ちを入れ替える。
真由美さんにおすすめされていた産婦人科へ向かい、改めて検査をしてもらったら、やっぱりお腹の中に新しい生命が宿っていた。
体調の変化がハッキリと妊娠していることを告げており、不思議と元気が湧いてくる。
朝陽くんにすぐに報告したくて、先生の話を聞く前に電話したらすぐに出てくれた。
一方的になっちゃったけど、大丈夫だよね?
その後は先生からこれから起きることを教えてもらい、無理はしないようにと厳重に言われた。
その後は自宅へ帰り、真由美さんに報告する。
『どうしたのー?』
「今日、病院行って検査してもらったら妊娠してました!」
『あら、早かったわね。おめでとう!』
「ありがとうございます!」
『朝陽くんには伝えたの?』
「お昼頃に電話したら繋がったので直接は伝えましたけど、その時はまだ病院に居たのですぐ切っちゃったんですよね……」
『あー、じゃあ今頃ソワソワして仕事が手につかなそうね……』
「迷惑……でしたかね?」
良かれと思って伝えたけど、午後からもお仕事あるんだから下手に心配させること言わない方が良かったかな?
怪我だけはしないで帰ってきてね……?
『迷惑ってことはないと思うわよ?少なくとも、心配はしてても言われないよりは断然マシよ。大丈夫、今日は旦那も一緒だから。フォローしてくれるはずよ』
それならいいけど……。
やっぱり経験者の言うことは頼りになると思った。
これから何に気をつけるのか、なにか良くてなにが駄目なのかを教えてもらう。
まだ初期だから
『これから忙しくなるんでしょ?引越しとかも今週末らしいじゃない』
「そうですね、やることいっぱいあるのに迷惑掛けちゃうなぁ……」
『朝陽くんはしっかりしてるから大丈夫よ。とりあえず相談すること!妊娠初期は必ずメンタルが弱くなるから細かいことでイライラするし、それが原因で体調を崩すことも多いの。安定期に入るまではいっぱい頼りなさい。先輩からのアドバイスよ?』
「ありがとうございます、真由美さん!また分からない事とかあったら相談しちゃうかもですけど、よろしくお願いします!」
『任せなさい!とりあえず、詳しい話は引越しの日に聞かせて?お手伝いに行くことになってるから』
「ほんとですか?!じゃあ、その時にまたお世話になります!」
『ええ、いっぱい頼りなさい!とりあえず、必ず朝陽くんには相談すること!これからの時期、不安でいっぱいだろうけど2人で乗り越えるのよ!』
と、元気づけてくれた。
通話を切り、時間も忘れて妊娠した後の行動を調べる。
個人的に症状が似ているような人の前例をメモに取り、妊娠の過程なども念入りに調べる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気づけば、日が落ちて外は真っ暗になっていた。
「ご飯作らないと……」
椅子から立ち上がり、一歩踏み出すと、視界がグラッと一瞬だけ歪み、尻もちを着いた。
それと同時に玄関が開き、駆け足が聞こえてくる。
「ただいま〜……って、大丈夫か?!」
丁度帰ってきた朝陽くんに転んだところを見られた。
かなり心配した様子で私の方に駆け寄ってきた。
「ずっと座って調べ物してたら立ちくらみしちゃって……。それより、ご飯まだだからすぐ作るね?」
立ち上がろうとするが、視界が回って思うように立ち上がれない。
朝陽くんが、支えになってくれた。
「ちょっ、無理はするなよ?夕飯はいいから休め」
「でも……」
「とにかく休め!妊娠したんだろ。やっぱり不安か?」
ソファに促され、二人で座った。
朝陽くんに寄りかかって、温もりを感じる。
「不安……。正直怖い……」
「大丈夫、俺がいる。矢野夫婦も両親もいる。困ったらすぐ相談すること。真由美さんと母さん達が一番頼りになるかもだけど……。だけど、俺に最初は教えて欲しい。頼りになるかは分からないけど、でも、一緒に乗り越えたい」
「朝陽くん……。ひぐっ、ちょっと抱き締めてて……」
そっと、朝陽くんに腕の中で不安に押し潰されそうな気持ちを吐露した。
朝陽くんは前向きで、頼りになる。
私は本当に幸せなんだな〜と実感した。
〜〜〜~~〜~~~〜~~
生存報告致します!
仕事落ち着いたのだ更新再開。
ただ、今までどのように執筆していたか忘れて倍くらい時間掛かった……。
新章突入です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます