15ページ 友達
To 鈴木;
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よろしくー!
あと、風太でいいよ。
桜ってあいつも桜だし。
-- END --
雪奈は風太が突然ぶちこんだ体育祭の話題に目を見張った。
もちろん雪奈も気になっていたところだった。
だって、広重は見ている限り元気そうだ。風邪には見えない。
――でも、彼は「ごめん」と言った。
何かが問題となっていて、体調不良というオブラートに包んで登校を拒否している、と確定したのは風太のおかげだろう。だが、あやふやなままでいたかったのも事実だ。曖昧なままだったなら、お大事に、早く元気になってね、また教室でね、と帰れたかもしれない。
息苦しい沈黙。薄いカーテンが揺れているのに、閉め切った部屋にいるかのような感覚だった。
「――わ、わたしね」
風太がスティック状のチョコレート菓子をポキポキとかじる音がする。
雪奈も同じ菓子に手を伸ばしながら、覚悟を決める。
確定してしまったのなら、もう曖昧には戻れない。
「わたしはね、リレーに出ようかなって。木林くんって分かる? 陸上部の子なんだけどね、その子にも出てって頼まれてるし、わたし、走るの嫌いじゃないんだよねえ」
喉の奥が詰まりそうだと思いながら、それでも言葉を紡ぐ。出てほしい、学校へ来てほしい、という催促にならないように、と頭の隅に残したまま息をする。
「そういえば、鈴木くんも足速いよね。あ、えっと、体育委員ってリレーのメンバー選ぶ時にクラスのタイムを見せてもらえて……それで、知ってるだけで、その、別に調べたとかそういうのじゃなくて!」
確かに去年の体育祭前にクラスのタイムを見た。だが、他のクラスメイトのタイムなんて覚えていない。自分のタイムだって覚えていない。でも、広重のタイムだけは体育祭が終わってから改めてリストを見て、記憶した。
殆ど喋ったこともない広重に惹かれて、彼のことなら何でも知りたいと思って、胸の奥にしまったタイムだ。何に使えるだとか、役に立つだとかそういったことではなく、ただただ彼の情報がひとつ手に入った嬉しさがあった。
それに、足の速さという小さな共通点が雪奈にとっては大切な点にもなった。
「――桜さん、去年もリレーに出てたよね」
やはり体育祭の話題は続けない方がよかっただろうか、と雪奈がぴりぴりし始めた足の上で左手を握ったところで、少し間の空いた反応があった。雪奈は咥えていた菓子を落としそうになりながら、こくこくと何度も何度も頷く。
「そ、そう……! 覚えててくれたの!」
口内の菓子をごくんと飲み込み、その口を大慌てで開く。
覚えていてくれた。
走ったあの瞬間を、覚えていてくれた。
「えっと、あのね、わたしね、……体育祭のこともだけど、ええと、他にもなんでも、鈴木くんが話したいこと、いつでも全部聞くから!」
リレーに出てよかった、体育祭って最高、と変なテンションになりながら雪奈がまくし立てる。
広重の方は突然勢いづいた彼女に気圧されたか、体を引いていた。それでも、戸惑いの視線で彼女の顔を見た。
桜が吹雪く、白くて紅い、真剣な顔がこちらをまっすぐに見ている。
「わたし、待ってるね。鈴木くんと、もっとお話したいから! ――その、あのっ、ご、ごちそうさまでしたっ!」
彼女がぴょこんと立ち上がると、耳の下にある髪束が二人飛び跳ねる。
そして、彼女はスクールバッグを引っ掴んだかと思えばそのまま扉の向こうへ消えてしまった。
バタン、と扉が閉まって。
春の風に吹かれた男子二人はぽかんとしていた。
「……え、嘘でしょ。オレまだ話す気満々なんだけど、っていうかまだ開けてない菓子もあるんだけどお……」
中途半端に残った菓子を間に挟み、二人がそろそろと顔を見合わせる。あまりの勢いに誰も雪奈を止められなかった。
「……桜くん、どうする……?」
どうするもこうするも、と風太がため息をついた。
このどの話題に触れるにしても気を遣うやりとりに疲弊しているのは風太だけではなく全員だろう。
「ええぇ……。置いていかれるのもヤだしい、帰るけどさあ」
風太は苦い表情のままズボンのポケットから携帯電話を取り出した。あぐらを解いて片膝を立て、そこに腕を預けながら携帯電話を操作する。
「とりあえず、メアドを交換しようぜ」
自身のメールアドレスを表示させ、その画面を広重に見せた。持ったまま揺らすと、広重の視線も泳ぐ。こちらがどうしてメールアドレスを欲しがるのか、意図が読めないのだろう。
ほとんど関わりのなかった、クラスの中心グループにいた男子。そんな接点のない相手から妙な気安さで距離を詰められ、連絡手段まで寄越せと言われれば警戒もするだろう。何せ、教室でのやりとりではない。不登校のスタンプが押されている生徒の自宅で、だ。
「別にナギーに頼まれてるとか、そういうのじゃねえから。オレが交換しよって思ったから言ってるだけね」
だから、風太はさらりと笑う。なんの思惑もないよ、と言うように。
「だってさあ、雪奈はいつでも聞くからって言ってたけどお、あいつどうやって聞くつもりだよーって感じじゃねえ? まじでウケる」
風太が携帯電話を小さな机において広重の方へ滑らせ、空いた手で菓子を摘み上げる。
「あ、だからって雪奈にも勝手に教えねえから安心して」
にい、と笑った風太は広重に話す間を――断らせる間を作らない。指揮棒のようにスティック状の菓子を振りながら、どんどんと口を動かす。
「オレも話くらい幾らでも聞くけどさあ、いちいち家まで来るのって、正直、めんどくせーじゃん? 鈴木もウゼーって思うじゃん。だから、家でだべるほどじゃないけど、何か話したいことがある時用のメアド。別に何もなかったら送ってこなくていいし、オレもそれくらいの適当さで送るかもしれないし、送らないかもしれないし」
な、と目を合わせ、半ば無理やり広重を頷かせる。
風太はミッション達成、と心の中でゲームのクリア音を鳴らしながら菓子を口に入れた。ポキポキと食べ進めている間に広重は携帯電話にメールアドレスを打ち込んでいる。
部屋から出ていった雪奈だが、玄関は突破していないだろう。ちらりと背後の扉に意識を向ければぽそぽそと話し声が聞こえてきた。
「桜くん」
菓子のふたつめを食べ終わる頃、広重が携帯電話を返してくれる。待たずして、よろしくおねがいします、と一文だけが書かれたメールが届いた。
風太は「届いた届いた。サンキュー」と報告して広重のアドレスと登録する。
「鈴木って、別に風邪とかじゃないんでしょ」
突っ込みすぎたかな、と思いながら広重へ視線を持ち上げる。俯いた彼の表情は見えないが、動かない頭は肯定だろう。風太はまた指に視線を落とす。
「オレにはまだ言いにくいかもだけどさあ、他の友達に相談するとか愚痴った方がすっきりするんじゃねえの。嫌ならいいんだけどお、ナギーも超心配してるし、雪奈なんて見てのとおりでやばいよ」
登録を終えた風太が返事を送り、スクールバッグを掴んで立ち上がった。
「雪奈ともメールしたいなら教えるから言ってえ。たぶん、即オッケーだぜ」
「――友達って、いないから」
くすくすと笑っていたところへ被せられ、風太は「え?」とフリーズした。
「桜くんみたいに、いい人じゃないから。分からないよ」
広重の薄暗さがはっきりと見え、風太は目をぱちくりさせる。
分からない。
それは当然だと思った。風太は友達も多いし教室で騒がしいグループだ。広重とはまるで反対に位置している。
こっちだって分からねえよ、と思った。だから、怯まなかった。
「いやいやいや、オレは鈴木のこと友達だと思ってんだけど。こんだけ喋っておいて他人とかいう?」
「……桜くんが一方的に喋ってる」
「おー、鈴木も言うねえ。――そうやって返せるなら友達でしょ、やっぱ」
持ち前の軽さで踏み込んだ風太は携帯電話をポケットに仕舞った。
「それじゃあまたなー。お菓子、余った分は鈴木が食っておいて」
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