12ページ 二度目の準備
To ゆっきー;
Sub Re:おねがーい
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何日かによるけど、おっけーだよ!
ゆっきー、次はがんばってね。
応援してる。
-- END --
体育委員会は昨年と大差ない内容で終わった。
雪奈は「終わったあ!」と大きく伸びをして、配られたプリントに目を向けた。
体育祭当日のタイムスケジュール案に、前日までの準備事項、学年ごとに割り振られた競技案に、当日に手伝ってくれる文化委員会の予定などなど。プリントは一枚ではない。
「雪奈はリレーと何に出んの」
隣に座っていた風太がプリントを適当に重ねて折っていた。雪奈も似たような雑さで半分に折りたたむ。
「ちょこと同じやつにしよーって言っててえ、ボール運びあたりかなあ。風太はどうするの?」
「楽そうなやつー」
やる気のない風太に「障害物に出たらー?」と勧めておく。男子はどうだか知らないが、地面に手をついて這ったり、網の下をくぐったりと女子には不人気な競技である。なんでも楽しむ雪奈であっても、この競技の印象は大変そうだなあ、である。
案の定、風太も「面倒なやつ押し付けないでくださーあい」と笑った。
「やっぱボール運びが楽だよなあ」
「わたしとちょこは楽で選んだんじゃないからね!」
「雪奈は別としてえ、菅原はそういうとこあるじゃーん」
「風太と一緒にしないでよー。ちょこが楽しめる競技ってだけ!」
まだ少し先の体育祭の話をしながら、ふたりが席を立った。雪奈は近くにいた隣のクラスの体育委員仲間に「またねー」と親しげに手を振って、その後の視線をなんとなく教室の前へ向けた。
司会をしていた委員長の亮司がいる。副委員長の野球部っぽい坊主頭と並んで話しているようだ。他にも三年の何人かが彼の周りに集まって楽しそうに喋っている。
委員会が始まる前に言っていた、おすすめの漫画について伝える隙はなさそうだ。風太の漫画なので雪奈が貸すことは出来ないのだが、あのシリーズは部室のダンボールに入っている。読みたいのなら持ち主である風太もいることだし、話を通すのにいいタイミングだと思ったのだが仕方がない。メールアドレスも知らないので、次の体育委員会の時に話そう、と雪奈は気楽に諦めた。
と、その雪奈の視線に気が付いたのか、亮司と目が合った。
にこりと笑った亮司が、またね、と小さく手を振ってくれる。
雪奈もゆらゆらと手を振り返し、風太は軽い会釈をした。
「委員会の前にねえ、先輩と話してたんだけどー」
亮司を見たおかげで漫画の件を持ち主風太へ切り出すのがスムーズになった、気がした。
「あの漫画って部室においてあるでしょ? 先輩も気になるんだってえ。だから、次の委員会の後とかに先輩に部室に来てもらって――」
お試しに一巻くらい読んでもらったら早いかなあと思うんだけど、風太の漫画だしどう思う、という続きは廊下に立つ女子に気付いた雪奈が自ら途切れさせた。
廊下から中を伺うように体を少し傾けている。窓際に立って中を覗いているわけではなく、遠慮気味に廊下の反対側にぽつんと立っていた。
さらりと長い黒髪に、少しふくよかな大人しそうな女子だ。雪奈が「ねえねえ」と声をかけるとこちらを見てくれる。体育委員会よりも文化委員会が似合いそうだなあ、と感想をいだきながら彼女の胸辺りを見た。名札に入ったラインの色で一年生だと分かる。
「もしかして体育委員会だった? もう終わっちゃったよ」
雪奈は教室の前の扉を指差した。
「まだ委員長の先輩は残ってるから、プリントもらうならまだ――」
「大丈夫です」
まっすぐにこちらを見上げる視線は意外ときつめで、声もはっきりと強かった。
「終わるのを待っていただけなんで」
雪奈はしっかりした子だなあ、と思いながらも「あ、友達待ちだった? えへへ、ごめんねえ」と笑った。こちらに寄ってこなかった風太に「行くぞー」と呆れた声で呼ばれ、雪奈は不審げな一年生にひらひらと手を振った。
「遅刻じゃないなら良かったあ。ばいばあい!」
雪奈と風太がこのまま帰るか屋上へ寄るかと決めかねながら職員室の横を通る。と、廊下の向こうからやってきた草薙と鉢合わせた。
「お、委員会は終わったかァ。おつかれさん」
「ナギーは何してるのー」
「ナギーじゃなくて、草薙先生」
いつも通りの訂正をした草薙は腕時計をちらりと確認した。まだ暗くなるまでは時間がある。
「ふたりとも、ちょっと時間はあるか。頼み事というか、相談したいことがあるんだよ」
ふたりが「えー」と口を揃えるが、草薙は「すぐ終わるから」と言って手招いた。そのまま職員室の扉を開けてしまう。
「また鈴木のところへ届け物をしてくれるか」
風太が正直に「えー」と不服の声をだしたが、ぱっと目を輝かせた雪奈の「やる!」という気合の入った声に見事にかき消された。
雪奈に引っ張られる形で風太も職員室へ入ることになり、小さくため息をついた。
前回は扉の前で逃げ帰った雪奈なのだが、よくもまああれをやらかした後でも元気いっぱいに手を挙げられるものだと思う。
「やるーって言ったけど、次逃げたらまじで怒るからなー」
「あ、あれはちょっと心の準備が間に合わなかったの!」
ふたりは草薙に座っているよう指示された、職員室の端にある長机とパイプ椅子のスペースに落ち着いた。
「今後はちゃんと頑張るから、応援してえ!」
「ひそひそ話すならもう少し声を小さくしろよォ。――で、鈴木のことだな」
よいしょ、と向かいに座った草薙の手には大きな手帳だけだ。
「鈴木のお母さんとも相談したんだけど、先生がプリントを持っていくよりも桜や菅原みたいに友達が届けた方が気負わなくて済むかなァって言ってるんだよ」
広重が休み続ける理由は体調不良ということになっている。だが、大人たちはもうそれだけでは済まないと動き出しているらしい。
風太は横目で雪奈を窺い見た。
ただ、いじめだのなんだのを信じたくないであろう彼女はショックを受けるわけでもなく、戸惑うわけでもなく、草薙の言葉に力強く首を縦にしていた。
「本人が何も言わないから原因が分からないんだが――そんなことは桜たちは気にせず、届け物ついでに、気楽なお喋りをしてきてくれればいいから」
「鈴木くん、やっぱり風邪じゃないんだ」
前回からはひと月が経つ。雪奈だって風邪以外のことは幾らか考えた。――考えて、思い出して、やはり彼が学校へ来なくなった理由は分からなかった。
「……お喋りだけでいいのかなあ」
「鈴木が嫌がっていない限り、友達と過ごすっていうのも十分に大事なことだと思うよ。そう思うから、先生も鈴木のお母さんもこうやって桜たちに相談してるんだ。――もちろん菅原や、他に鈴木と仲が良かったクラスメイトを誘ってもいいが、どうする。桜たちは行ってくれるか」
確認するように草薙に見られ、雪奈も風太も揃って頷いた。
草薙はふたりの反応に安堵したように息をつき、手元の手帳を開く。
「それじゃあ、今度はきちんと向こうのお母さんと鈴木とも予定を合わせてお願いするから、誘いたい友達がいるなら声をかけておいてほしい。あんまり人数が多いと大変だから、そうだなァ、多くても――」
雪奈は草薙の話を聞きながら、決意をぎゅっと小さな拳の中で固めた。
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