11ページ 体育委員

To 桜風太;

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連休で泊まった時、靴下忘れて帰ってる。

いつでもいいけど、取りに来いよ。

それか、次の泊まりまで置いててもいいって母さんが。

どうする?

-- END --



 待てども来ない広重を気にしていても、時は容赦なく進んでいく。いないことが普通になってしまったクラスの空気感も仕方がないのかもしれなかった。

 対して、雪奈は五月の連休明け、五月病なんて寄せ付けない元気っぷりで毎日登校している。

 空っぽのままひと月が経過する広重の席へ目を向けるが、何も変わらない。誰も座らない椅子をぼんやりと見ていると「おーい、桜。聞いてるか」と声がかかった。はっとして教壇に顔を向けると、草薙がこちらを見ていた。

 草薙は彼女がきちんと反応したのを確認してから教壇に手をついた。

「体育委員はこの後に委員会だからな。遅れず行くように」

 同じ桜であり体育委員である風太が「はーい」と返事をしたので、雪奈もそれに合わせた。週の頭に委員会があると言われていたのだがすっかり忘れていた。言われなければそのまま屋上へ直行していたかもしれない。

 この時期の委員会と言えば、体育祭についてである。一年の時も体育委員をしていたので雰囲気や流れはなんとなく覚えている。一応程度に競技の見直しがあって、当日の役割分担や、準備や片づけの説明があるのだろう。

「――ようし、それじゃあ今週はこれで終わり。もうすぐ体育祭だし、そろそろ参加競技を考えておけよー」

「先生、そろそろ席替えもしたいでーす」

「おー、じゃあ来週あたりにするか。くじでいいな? あ、前に座りたいやつは先に言いにこいよー」

 雪奈はもう一度広重の席を見た。登校してこない彼の席は誰がくじを引くのだろうかと思った。いつ彼が登校してきてもいいように、自分の隣に席が来てほしいなと願う。

 自分の隣に広重の席が並んだとしても、その次の席替えまでに彼が来てくれるかどうかは分からないのに。

 それから草薙の話はすぐに終わって、日直の「起立」に合わせて雪奈も立ち上がった。「礼」の掛け声でぺこりと頭を動かせば、放課後に切り替わった教室がざわざわと賑やかになる。

 さようならやバイバイが教室のあちこちで溢れる中、雪奈はスクールバッグに中身を詰めた。委員会へ行く前にちよと少し話そうと思ってスクールバッグを肩にかけたところで、「さーくら」と声がかかった。雪奈が「なあに、モリくん」と返したのは一年の時も同じクラスだった男子、木林キバヤシ良樹ヨシキである。名字に木が三本あるというだけで全く本名にかすらないあだ名が定着した彼はにんまりと笑った。

「体育祭、今年も女子リレーよろしくな!」

 良樹が声をかけてきた理由が分かって、雪奈はぱっと表情に花を咲かせた。びしっと親指を立て、下手なウインクまでしてみせる。

「まっかせて!」

 雪奈は足が速い。小学校の徒競走からほぼ負け知らずだ。

「ついでに陸上部にも入って!」

「それは任されなーあい!」

 その俊足っぷりは陸上部である良樹のお墨付きだ。

 けらけらと笑った雪奈はそのまま良樹と話していたが、横から箒を持った風太がにゅっと割り込んできた。

「掃くからどいてー。――雪奈あ、掃除当番だからちょっと待っててえ」

 風太の班がちょうど教室の掃除当番だったらしい。

「えー。先に行って席取っておくよ。後ろの方から埋まっちゃうもん」

「すぐ終わるって。ふたりがそこをすぐにどけてくれればだけどお」

 掃除が面倒なのだろう。風太の顔には分かりやすくそう書いている。それでも他に押し付けたり、さぼったりはしない。

 雪奈と良樹が「おっけー」「ごめんごめん」と場所をあけると、彼は雑な手付きで教室に入った砂やほこりを教室の後ろへ掃いていく。

 風太が終わるまで端っこで待っていようと視線を動かしたところで、ちよと少し話そうと思っていたことを思い出した。ちょうど彼女がこちらにさようならを言うかどうかを迷った顔をしていた。良樹と話していたので声をかけるタイミングを失っていたのだろう。

「ちょこ、もう帰るー?」

「うん。部活だし、今日は鍵当番だから。ばいばい」

「待って待って。じゃあ途中まで一緒に行こ!」

「ゆっきー、桜くんと委員会なんじゃないの?」

 雪奈はちよの疑問に答える代わりに、風太に呼びかけた。良樹とだらだらと喋っていた――箒よりも口のほうが動いているようだ――風太が雪奈たちに顔を向ける。

「ちょことお喋りしたいから先行ってるねー!」

「結局待たねえんじゃーん。そのまま遅れてくんなよー」

「風太もね! モリくんもばいばーい!」

 ぶんぶんと手を振った雪奈に合わせてちよも「また明日」と控えめに手を振る。

「桜くん、よかったの?」

「いいのいいの。ねえ、ちょこはどの競技に出る? 一緒のやつやろうよー!」

 わざわざ何か急ぎの話でもあったのだろうかと思っていたちよが、とりとめもない話題にくすりと笑った。

「二年ってなんの競技があったっけ――」

「綱引きは全員参加だし……、ああそうだ。棒取りとか、ほら、テニスボールをラケットで運ぶやつとか――」



 風太が委員会の始まるギリギリ直前にやってくると、後ろの方の席に雪奈が座っていた。前の方の席は幾つか開いているが、そこには目もくれず彼女の方へ向かう。

 ただ、彼女が取っておいてくれたはずの空席は、別の誰かが座っていた。

「――俺の席はあ?」

「あ、風太。おそーい!」

 雪奈と目が合って、それに少し遅れて雪奈の方を向いていた誰かさんもこちらを見た。

 笹垣ササガキ亮司リョウジはさらりと爽やかな笑みで「やあ」と親しげに右手をゆらりと揺らす。

「せんぱあい、前行ってくださあい。委員長なんだし、きちんと司会してくださいよお」

 亮司は去年も同じく体育委員会だった一学年上の先輩で、去年の文化祭ではミスターハチ高にも選ばれたイケメンで、何故か雪奈と仲が良いサッカー部の主将である。

「あれ。もうそんな時間か。――じゃあ桜くんに席を返そうかな。はい、どうぞ」

 他の委員の目線が集まっているのを知ってか知らずか、雪奈と亮司は仲良く「またおすすめ教えてよ」「もちろんでーす!」と離れながらも最後の会話を交わした。

 風太は生暖かい椅子を気色悪く感じながら座り、頬杖を突く。

「なんの話してたわけ」

「今ハマってる漫画の話。ほら、風太が貸してくれたやつ。後で先輩に教えてあげてよー」

「いいけど……ああいうの、先輩の趣味だっけえ」

 亮司が前へ立ってすぐに委員の担当教員もやってきて、風太と雪奈も口を閉じる。

 体育祭のプリントが前から配られてくるのを待ちながら、風太は亮司をじっと見ていた。

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