10ページ目 雨のち元気

To 風太;ショーゴ;

Sub とても元気!

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元気かどうかって、今度から毎回書きこもうよ。

楽しそうだよね!

さすがショーゴ!

-- END --



 結果として、土曜日と日曜日を挟んでも広重は登校しなかった。

 新学期が始まって二度目の週末があけても姿を見せないクラスメイトに、平和な教室内も流石に歪さを感じ取っていた。しかし、何があったのだろうかと話題は持ち上がっても、原因が分かる生徒は誰もいなかった。

 草薙の遠回しな聞き込みも虚しく、広重が休む理由は教室内に落っこちていなかった。

「ナギーはいじめを疑ってるっぽいんだよなー」

 週の半ば、今日は酷い雨だった。

 この土砂降りでは雪奈でも屋上を開け放って放課後を満喫する気にならなかったらしい。片思い同好会の活動日に、気まぐれという文字の隣に雨天中止という文言が並びそうである。

 風太も彼女と共に大人しく帰り、一人で夕食を済ませ、今は自室の小さなテレビの前に座っていた。

『新学期早々にいじめだなんて治安が悪すぎる。お前のクラス、大丈夫か』

 ひとりきりの風太に返したのは、携帯電話のスピーカーである。

 風太は片耳のイヤホンでゲームの音を聞き流しながら、空いた耳で聞き取った会話に反応する。

「いや、さすがにないって。一年の時にーって感じ? でもさあ、そうじゃないと思うんだよなー。会った感じもだけど、そういう雰囲気とかもなかったっていうかー」

 テレビ画面に映る怪物からうろちょろと逃げ回りながら、風太が操作するキャラクターは大きなハンマーを空振っている。

「雪奈も知らないっていうし……まあ、オレと雪奈が気付かなかっただけかもしれないんだけどお」

 話に夢中で操作がおろそかな風太とは違い、祥吾はゲームの方に意識を割いているのだろう。『ふーん』と気の抜けた相槌だけが返ってくる。

 祥吾のキャラクタが無駄な動きもなく確実なダメージを与えているのを見ながら、風太は諦めてサポート用の薬を投げつけておく。

「クラスでも風邪じゃなくねって空気にはなってんだけど、サボりかよーって感じでさあ」

 風太がよそ見をし、時計を見た。塾から帰ってきた祥吾を息抜きにと誘ったゲームだったが、気付けばずいぶんと長い息抜きになってきていた。

『――次のミッションで終わりにしよう』

 時間を気にした丁度のタイミングで、祥吾からもそう言われた。風太は「オッケー」と返事をしながら次のミッションに合わせて装備を見直す。

 きっちり切り替えてゲームでもなんでも区切れるのが祥吾だ。時間を気にしてもずるずるとやってしまう風太との大きな違いである。

『サボりにしては長いよな』

「え? ああ、うん。だよなー。だから、ナギーも落ち着かないんだろなあ」

 一段落した画面だからか、祥吾がようやく話の流れに乗ってきた。

 適当な相槌を打ちながらも話自体は聞いてくれていた幼なじみに、口にはしないがこっそりと感謝する。

『いじめにしても、お前が気付かないことなんてないだろう。クラスの中心なんだし』

「中心っていうかー……。まあ、騒がしいグループには違いないけどお」

 けらけらと笑った風太が一旦コントローラーから手を離した。天井へ腕を伸ばして、首をぐるり。

「でもさー、陰湿なことをされてたら、分からねえじゃん」

 深呼吸も、ひとつ。

『ずいぶんとそのいじめ問題に熱心だな』

 まだいじめだと確定したわけではない、と思いながらも風太はコントローラーを握り直した。

 何か病気を隠しているのか――それならば、親から草薙に話が通るだろう――、知らぬところでいじめがあったのか――それならば、いじめっ子は誰にも気取られないプロである――、ついていけない勉強が嫌になったのか――というには成績は悪くないのでは、と思うのは雪奈から聞いたから――、はたまた友人関係に疲れてしまったのか――。

 目の前のこと以外に考えを巡らせながら、風太は怪物めがけてキャラクターを走らせる。

「だってさー、雪奈の落ち込み方がはんぱないんだってえ。祥吾は塾が忙しくて知らないかもだけどお」

 怪物の正面、大きなハンマーを振りかぶる。

「しょげてんの、なんか……嫌じゃん」

 初手の一撃、クリーンヒット。

 再びゲームへ集中し始めた祥吾が『うわ。そんな隙だらけの大技よく当てたな』と笑ったのが聞こえた。



「うわ。散らかりすぎだろ……。片付けなよ」

 晴れた空の下、屋上の倉庫にやってきた祥吾は入室早々に顔をしかめた。

 暇を弄んでいたのか、そこにいる雪奈も風太もこっそり持ち込んだ漫画を黙って読んでいただけだ。

 急な祥吾の登場に、雪奈がぱあっと表情を明るくした。

「あ、ショーゴ! もー、会長なのに、全然来ないんだもーん!」

「名前を貸すだけって言った。――それ、何読んでんの。あ、懐かしい」

 元気いっぱいに立ち上がった雪奈が伏せた漫画に反応しながら、祥吾は壁に立てかけてあるパイプ椅子を開いた。

「……夏と冬は地獄をみそうな場所だなあ」

 思わず祥吾が呟くと「せめて扇風機は早くほしいよねー。落ちてないかなー」と雪奈がご機嫌に笑い声をあげた。予定外の来客――といっても祥吾も部員に違いないのだが――にはしゃいでいるようで、漫画を隠しているダンボールを「ここに漫画あるよ!」と引きずり出そうとしている。

「今日は塾じゃねーの」

「一時間の空き。せっかくだし、一回くらいは来ておこうと思って」

 祥吾が眼鏡の位置を押し上げて直し、テーブルの端にあるノートに気がついた。可愛らしいチェック模様の表紙なので、雪奈のものだろうとすぐに分かった。

 ただ、個人用ではないのも、分かった。

「なにこれ」

「あ。それねー、活動日誌!」

 手を伸ばしたノートには雪奈が言った通り『活動日誌』とでかでかと書かれている。

「ショーゴも初めて来た記念に何か書いてって!」

 段ボールから何冊かの漫画を取り出した雪奈がからりと笑う。

 これからやってくる初夏のような、風がよく通る笑顔だ。

「書くって、何を?」

「なんでも。すっげえ適当っていうか、ほぼ雪奈の日記帳かメモ帳って感じー」

「だって、風太が殆ど書いてくれないんだもん!」

 三人が顔を寄せ、ノートを開く。

 日付と天気、それから一言。そのセットが幾つか並んでいる。

 そのセットの最新内容が『五巻、半分くらい』と雪奈のしおり代わりのメモだったので、祥吾はぷっと吹き出した。

 確かに片思い同好会といっても主役の雪奈は動けずにいるのだ。このだらけた時間は仕方がないのかもしれない。

 祥吾は三人で喋りながら、スクールバッグからペンケースを、ペンケースからシャープペンシルを取り出した。

 日付と、天気。

「お、何書くの?」

「これからは毎日来ますって宣誓でもいいよー!」

 興味津々なふたりの顔をちらりと見て、その元気そうなふたりの名前を書いた。

「元気そうで何より」

 そして、ふたりの名前の後に『とても元気』と並べ、最後には花丸を書き足した。

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