9ページ目 影
To ちょこ;
Sub へるぷみー
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月曜って英語の単語テスト?
どうしよ、教科書置いてきちゃった!
ねえねえ、なにが出そう?
-- END --
雪奈が敵前逃亡という重罪を犯した翌日。
広重のもとへ向かった雪奈と風太とちよは草薙によって進路相談室へ呼び出されていた。部屋名どおりに進路について相談するためではない。
草薙は三人から広重の様子をどうだったかと聞き取りを行っていた。おおよその流れを把握した草薙は、真っ先に広重の家へ行くと言い出し、真っ先に逃げ出したらしい雪奈を見た。
「雪……。風は行かないって言ったのに行ってるわ、なんなら名前すら出てなかった菅原を巻き込んでいるわ……どうなってんだ……。頼むからもう少しちゃんと報告してくれな……」
雪奈は首をすくめ「ごめんなさい」と珍しく反省した様子で俯いている。
彼女は昨日の帰りの電車で、駅から家までの道で、風呂の中で、自室で――とありとあらゆる場所で自分の情けなさに向き合い済みである。自身の行動力には自信があったのだが、あの失態は後から振り返れば一言、ない、である。ありえない、と彼女自身も時間が経って気づいた。
「今回のことはあんまり確認せずとりあえず行かせた先生も悪かったんだけどな、今後は何かあったら一言連絡をよこすように」
雪奈の小さな返事に、草薙は「ならよし」と頷いた。
草薙は一旦話を切り替えるようにひらりと手を振ってから、大人しく座っている風太へ目を向けた。
「結局、鈴木と話したのは桜だけか」
「まあ、だいたい。プリント渡したのは菅原だけどお」
風太の雑なパスで、草薙の視線を受け取ったのはちよだ。
ちよは回ってくると思っていなかったパスに慌てながら、こくんと頷く。
「本当に渡しただけです。ほとんど桜さんと一緒に下で待っていました」
「様子はどうだった?」
「どう……すごく顔色が悪いとか、寝込んでたって感じじゃなくて、だいぶ良くなったのかなーって思いましたけど……」
ちよが昨日のことを思い出すように視線を斜めにしている。ただ、彼女が言った通り、広重と喋ったのはプリントを手渡したタイミングだけだ。
桜くんの方が分かるんじゃ、とちよが伺うように風太を見た。
風太はその視線を受けて、面倒くさそうにも見える様子で口を開いた。頭の後ろで腕を組む。
「オレも菅原とおんなじ。風邪っていうけどお、全然そうは見えなかったっていうかあ」
そして、風太は雪奈をちらりと見た。彼女は心配そうに眉を八の字にして机の木目模様を見ている。
「来たくないから行かなーいって感じだと思った」
昨日の帰り道、三人でも話したことだった。
もちろん、昨日は調子が良かっただけで、その前日までは酷い熱でも出ていたのかもしれない。様子見のために休んだ、というのは不思議ではない。
きっと明日は学校に来る、それが三人が導いた最終結論だった。風太の「来たくなーいって感じじゃね?」という印象は、心の片隅に残したまま。
そして、広重は今日も登校してこなかった。
心の片隅が、三人の中で動いたのは確かだった。
「……そうか。――その来たくないと思うようなことに心当たりはあるのか」
草薙も可能性として、体調不良以外のことも考えていたのだろう。落ち着いていて、想定内であるようにも見えた。むしろ、広重の様子を聞き出すために雪奈の申し出をすぐ許可したのかもしれなかった。
風太は腕をおろし、首をかしげる。
「オレは分かんない。鈴木が直接言ったわけじゃないし。オレがそう思っただけえ」
草薙は風太の短い話に何度も頷き、「ふたりはどうだ」と促した。だが、雪奈とちよも何か心当たりがあるわけではなく、風太と同じようなことしか言えない。
三人それぞれの回答を消化するように少しだけ黙考し、草薙はゆっくりと言葉を選んで口を開いた。
「――違ったらいいんだが、一年の頃、誰かが鈴木を執拗にからかったり、構っている様子はなかったか」
その言葉に一番の反応をしたのは雪奈だった。
彼女は両手を机に突いて、腰を浮かせた。前のめりになって左右に首を大きく振っている。
「そんなの、なかった……! わたし、だって、ずっと鈴木くんのこと……!」
耳の下で結ばれた茶色の髪が揺れるのをやめた。雪奈はまっすぐに草薙を見て、一息をついてから言葉を発する。
「そんなことがあったら、同じクラスだもん、気付いてる」
そして、雪奈はいじめの影がクラスで、しかも片思い相手に忍び寄ると気付けば許さなかっただろう。次の標的がどうこうと考えないのは彼女の強いところで、同時に向こう見ずで危なっかしいところだと、風太は知っている。
風太は彼女に同意するように頷いた。
「オレも知らない。あんまり鈴木と絡んだりはなかったけどお、さすがに何かあれば分かりそうだよなあ」
「……私も、気付かなかっただけかもしれないけど……何もなかった、と思います。それに、そんなことする人も……いないと思います」
三人の同じ意見に、草薙は「そうだよな。疑ってごめんな」と苦い笑みを浮かべた。広重もこの三人も一年時の担任も彼だった。彼もそういった陰険なものは感じ取っていなかったし、クラスの雰囲気も悪くなかったと思っていた。
ただ、担任の教師だといってもクラスを四六時中見ているわけではない。クラス全員と距離を縮められたわけでもない。見ていないことろで、見えないところで何かが起きていることがあるのは、自身の学生時代の経験からも分かっている。
この三人が嘘をついているようには見えなかった。加担する側にも、何もなかったふりをして逃れようとする側にもならないとも思っている。
だが、広重が学校へ来ないのは事実である。
草薙はわざとらしく時計を見上げ、話を終える合図として手を振った。
「もうこんな時間か。昨日も今日もありがとう。菅原は部活前に悪かったな、助かったよ」
三人は納得しきれない顔だったが、草薙が率先して「鍵かけるぞー」と腰を上げたので、仕方なく進路相談室を後にした。
ちよが英語部へ行った後、雪奈と風太は屋上へつながる階段へ座り込んでいた。鍵をかりてくれば片思い同好会の活動場所である倉庫があるのだが、あの後に職員室へ寄って鍵を借りる気分にはならなかった。
雪奈は膝に頬杖を突き、大きなため息を付く。
「鈴木くん、明日は学校に来るかなあ」
「……明日は土曜日だし、来ないんじゃねえの」
風太の指摘に雪奈は「う」と呻いた。少し黙って恥ずかしさを噛み締めたあと、「月曜に会えるかなあ」と言い直す。
「風邪なら来るんじゃねえの。あの様子だと、よくなってんだろうし」
「……来なかったら、どうしよう」
いつもの元気はどこへやら、雪奈の背中が丸まっている。
雪奈は風太が広重のことに気付くまで、風邪以外を全く疑っていなかった。しかし、可能性に気づいてしまった今、もしかしたら、が止まらない。
風太は少しだけ間を開けてから、すっくと立ち上がった。階段を二段下りて、振り返る。悲しそうな雪奈が座ったままこちらを見ている。
「その時はさあ、またナギーに言って、鈴木ん家まで行って会えばいいじゃん」
雪奈の表情はまだ晴れない。だから、風太は「ま、オレがついていくかは別だけどお」と自ら笑った。
「今度は、頑張れよ。片思い同好会なんだろー。――ほら、今日は帰ろうぜー」
そう言うと雪奈が笑って「そーだね。頑張る!」と元気よく立ち上がったので、風太は背中を向けた。
そして、階段を下りていく。
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