8ページ目 お大事に
To 祥吾;
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まじで雪奈がありえないんだけど。
ウケるから聞く? っていうか聞いて。
-- END --
「ゆっきー、本当に行かないの?」
ちよが階段から下りてくるのが見え、雪奈はぎりぎりアパート敷地内でぶんぶんと頭を振った。二階を見上げてみるが、扉が開いているのは確認できても広重の姿は見えない。
駐車場入口の隅っこ、ブロックで囲われた小さな花壇の近くで、雪奈はスクールバッグを抱えてしゃがみこんでしまう。
「結局、玄関でお喋りする感じになってるし、会っておいでよ。鈴木くんに会いたくて来たんでしょ」
口ごもる雪奈の隣に、ちよもかがんだ。スカートが地面につかないよう押さえ、隣を覗き込む。
「ゆっきー」
「……だってえ」
「さっきまでの元気、どこ行っちゃったの」
雪奈がスクールバッに顔をうずめた。
彼女自身も不思議なほど、学校を出発したときの気分はすっかりしぼんでしまっていた。教室で話しかけるのも緊張はしたが、こんなにも足が動かないのは初めてだった。
「……爆発しそう」
「え?」
「心臓がね、パーンって」
桜というよりはその実のように頬を真っ赤に熟れされた雪奈が眉尻を下げた。春休みの間も会いたいと思って、クラス替えで同じクラスになって大喜びしたと言うのに彼は新学期が始まって一日も学校に来ていない。その間も、ずっとずっと会いたい気持ちは蓄積していた。
積もり積もった思いがこんなに発熱するとは知らず、雪奈はうめき声をスクールバッグに染み込ませる。
「うー……。行かなきゃ、会えないのは、分かってるんだけどお……」
「そうだよ。ゆっきーが一番心配してたのに」
プリーツスカートから覗いた膝の下で指を組み、雪奈が更に背中を丸める。
ここが教室であれば、広重も制服であれば、クラスのざわめきが側にあれば。
あの限られた空間が作り出していた日常という味方は、あんなにも頼りになったのか。ここには味方が、大の仲良しであるちよと風太しかいない。他のものがないのだ。
雪奈は深呼吸を繰り返し「――ええい!」と意を決して立ち上がった。スカートの端にこすれた土汚れをぱっと払い、桜色まで落ち着いた頬で再び二階を見た。
教室でないからなんだ、制服でないからなんなのだ。
「は、はじめてお喋りするわけじゃないんだもん! いつもどおりで会ったら、変に思われないよね!?」
会いに来ておいて玄関で踵を返してダッシュで逃げ出した姿は変というより意味が分からない姿だったと思うよ――という事実を、ちよは黙ることにした。雪奈の背中を押すために、ちよも立ち上がって友人を鼓舞するために小さな拳を胸の前でぎゅっと握る。
「そうそう、大丈夫大丈夫。ゆっきーなら出来る」
「お、お大事にって言うだけでも、大丈夫だよね!?」
右手と右足が一緒に前へ出そうなほどカチコチになった雪奈が階段へ向かう。ちよもその隣を歩く。
「そうだよ。ゆっきーのアピールチャンスだしね」
ちよの言葉に雪奈はぴたりと足を止めた。
階段まで、あと二歩。
「アピール……」
「これがきっかけで、教室でももっとお喋り出来るようになるかもしれないし――」
ちよが頭の上にクエスチョンマークを並べ、立ち止まってしまった雪奈を覗き込んだ。
「ゆっきー?」
行かないのか、と問う呼びかけに、雪奈が突然わたわたと両手を振った。
「す、すでに変なアピールしちゃってない!? ダッシュしたの、見られてない!?」
ダッシュの後ろ姿は見られていないだろうが、彼女が一瞬で消えたのは広重にもきっと見えただろう。
ちよは肯定も否定も出来ずに「だ、大丈夫じゃない?」と目を泳がせた。
嘘をつけない友人をみた雪奈が「やっぱり!? もう駄目だあ!」とその場でしゃがみこんだ。すぐ前の道を小学生数人が、ちらちらとこちらを伺いながら通り過ぎていく。
「……次回のわたしにご期待くださあい……」
ダンゴムシのように背を丸めた雪奈が、プリーツスカートの隙間からすっと携帯電話を取り出した。すいすいと指を動かしていく。
「次回って……教室でってこと? 今のうちに、さっきはごめんねってしたほうが傷が浅いんじゃ……」
ちよの呟きに雪奈は「教室で再スタート切るからあ……」と完全に落ち込んだ様子で頭を垂れた。
丸まってしまった雪奈に、ちよはどうしようかと首を傾げる。うっかり吹き飛ばしてしまった彼女のやる気に、どうやってもう一度火をつければいいのか思案していると、二階から下りてくる足音がした。
「――結局、来ないのかよお」
不機嫌そうに唇を尖らせた風太が姿を現し、雪奈がようやく顔をあげた。
「まじでさあ、いい加減にしろよ」
珍しく怒った声音で、ちよは何も言えなかった。ちよに向けた言葉ではないことは分かっていても、声の直線上に立っているため突き刺さる。
「雪奈がさあ、行くっつったんじゃん。ほんっとに意味分かんねえんだけど」
「――本当にごめん! それで、鈴木くん元気そうだった? 大丈夫?」
ただ、まっすぐに突き刺さるはずだった雪奈には、怒りは届かなかったらしい。
風太も風太で抱えた怒りが全うに刺さるとは思っていなかったのだろう、彼は大きなため息ひとつで収めることにしたらしい。むすっとした表情ではあるが、わざとらしさのあるものになった。
「……ポテッコと、トリカラくん」
「喜んで買わせていただきまあす!」
雪奈がぱちんと両手を合わせて頭を下げると、風太は「ふむ。許そう」と妙に偉ぶった調子で頷いてみせた。そして、いつもどおりの調子に戻って口を開く。
「鈴木、わりと元気なんじゃねえのー。風邪っていうかあ、来たくなーいって感じだった気がするんだよなあ」
三人が並んで帰路につく。
「来たくない!? なんで! どうして!」
「知らなーあい。別にオレがそう思っただけでえ、鈴木が言ったわけじゃねえもん」
質問攻めにしてくる雪奈に適当に答えた風太は「あ、そうだ」とわざとらしく手を打った。
大きな目をぱちくりさせてこちらを見る雪奈に、にんまりと笑う。
「雪奈が一番心配してたくせにダッシュで逃げたのすっげえウケるーって話したら笑ってたあ」
勇気を振り絞れなかった罰だ、と風太がにやりと目を細めると、雪奈の顔が面白いくらい真っ赤に染まっていく。
「な、なあんでそんなこと言うのお!」
「来ないのが悪いんじゃーあん。なあ、菅原もそう思うよなあ」
「……まあ、事実だしねぇ」
「ちょ、ちょこまでえ!」
雪奈のちょっぴり控えめの元気な叫びがアパートを背中に響いた。
少しだけ開けてあった窓の向こうから、賑やかな声が聞こえた。
広重はクラスメイトが見えるかもしれないとそうっと窓の隙間を広げててみたが、ちらりと見えたのは道を過ぎていくかすかな影だった。
楽しそうな声が遠くなっていくのを聞きながら、広重は学習机に座って封筒を開く。そして、学校のプリントに混じって、可愛らしいキャラクターのメッセージカードが入っていることに気がついた。
名もない手書きのメッセージに驚いたあと、広重は丁寧に引き出しにそれを仕舞った。
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