5ページ目 些細な積み重ね

To お母さん;

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風太とちょこと一緒に遊んで帰るね!

晩ごはんには帰りまーす!

-- END --



 普段なら降りる駅を通り過ぎ、乗り換えも一度だけ挟んだ。

「鈴木くんって遠くから通ってるんだねえ」

「そこも知らなかったの?」

「電車使ってるーって話はちょっとしたことあるんだけどお、それだけー」

 草薙が用意した地図は必要最低限の情報だけが書き込まれたシンプルな手書き地図だった。改札も一つだけの小さな駅を出れば、目の前はすぐに住宅街。目印になるものはたしかに手書きで事足りる程度だ。

 ただ、どんな小さな駅で何も観光名所がなかろうと、雪奈たちにはあまり関係がなかった。休日に遊びに出た時とはまた違う探検気分で、利用したことのない駅を後に足取り軽く進み始める。

 学校近くには展開していないコンビニエンスストアをたった一つ見かけるだけで話題はつきない。帰りはここに寄って何を買おうだの季節限定商品はなんだと盛り上がりながら、小さなスーパーの横を通り過ぎる。謎の灰色をしたきぐるみが手を振ってきたが立ち寄る時間はない。

「そういえばさあ、雪奈ってなんで鈴木のこと好きなわけ」

「うぇ!?」

 話題の切れ目を埋めた風太の問いに、雪奈はオーバーなくらい驚いてみせた。

 登下校も一緒の幼馴染だ。話は幾らでもするのだが、この手のことは彼女から聞かされてこなかった。もちろん彼女に好きな相手がいることくらいは風太にはお見通しではあったのだが、お喋りで隠し事が苦手な彼女がこうやって片思い同好会を作るまでに広重のことを白状しなかった。なので、彼女がどうして目立たないクラスメイトのことを好きなのか、理由や原因といったものを知らない。

 雪奈は春限定スイーツの話をしていた時とは打って変わって、しゅるしゅるとしぼむように肩を丸めた。もじもじと指を組み合わせ、桜色にした頬をだらしなく緩めて、へにゃへにゃと笑っている。

「……いろいろ」

「顔?」

 風太のちゃかした言い方に、雪奈はかくんと肩を斜めにした。スクールバッグがずり落ちたので、すぐに肩へ戻す。

「もー! なんでそんな言い方するのー!」

 ただ、その傾きで妙な照れくささも滑り落ちたらしい。雪奈はいつもの勢いを取り戻す。

「だってえ、鈴木とそんなに仲良かったわけじゃねえじゃん。俺なんてほとんど喋ったことなーい」

「確かにクラスは一緒だったけど、ゆっきーと鈴木くんって同じ班でなにかしたとかってないよね」

「ちょこの言う通り、班とかー、全然一緒じゃなかったけどお……」

 落ちた照れが少しずつ戻ってくるが、雪奈ははにかみながら話を続ける。まっすぐに伸ばした膝で空を蹴飛ばす。

「でもねえ、班が違っても、困ってたら助けてくれるんだよねえ」

 広重は、雪奈たち三人と一年時のクラスが同じだった。ただ、女子のグループで固まっている雪奈やちよも、クラスの中心で大騒ぎしている風太とも、あまり関わりがない地味なクラスメイトのひとりだ。もちろん班行動があれば仲良くなるきっかけにもなっただろうが、あいにくこの三人は広重と同じ班でなにかを成し遂げたことはない。

「困った時ってえ?」

 だから、風太は怪訝な顔になる。

 広重はクラスメイトだった。だが、友人以下のポジションだったからだ。

 雪奈のことなのでクラスメイトは全員友達だと言い出しかねないが、それでも他の友人と比べて関わる場面は少なかったはずだ。一体どんな手助けをすれば彼女の心をこんなにもがっちり掴んでしまうのか。従兄として、幼馴染として、友人として長期間を共に過ごす風太にも全く分からなかった。

「体育祭の時に委員でね、玉入れの準備してたんだけど。玉をこぼしちゃったときに手を貸してくれたのが最初でえ――」

 桜色の雪奈が広重に助けてもらったという様々なことを指折り数えていく。

 どれもこれも、他のクラスメイトにいつでも置き換わりそうな些細なことばかりだ。その些細な出来事も、雪奈にとってはきらきらに輝くのだろう。自慢話をするように表情が明るくなっていく。

「……ちょろすぎない?」

 思わず風太が呟いてしまうと、雪奈はその肩をべしんと叩いた。ちよは雪奈からこの手の話を何度も聞かされているのだろう、朗らかな表情のまま風太に同意するように頷いている。

「それに! 喋り方もすっごく落ち着いていて、大人っぽくない? すっごく、素敵じゃない? ね?」

 雪奈がうるさいだけでは、と風太は言いたくなったのをぐっと堪えた。また叩かれるのは勘弁である。

「鈴木くんって大人しいもんね。物静かで、大声で騒ぐことってないし」

「そーう! 風太とは違って物静かでえ、優しくってえ――」

「はいはい俺はうるさくて大騒ぎする側ですよーだ」

 ぽやぽやと周囲に花畑を広げるように雪奈が明るい笑い声を散らしながら、目印になる郵便ポストに気がついた。ぴょんぴょんと駆け寄る。

 手書きの地図を見れば、この郵便ポストのある角を曲がって少し歩いた先にアパートがある。

 雪奈がぺちんと郵便ポストの頭を叩いた。

「どーしよ。緊張してきた!」

 目的地はすぐそこだ。

 雪奈はお喋りのうちにあっという間に近づいてしまった目的地の存在に、ちょっとばかり足踏みをした。

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