3ページ目 待ちの時間


To 桜風太;

Sub Re:(non-title)

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断る。

-- END --



『で。お前はそれでいいわけ。また雪奈に押し負けてるぞ』

 イヤホンからの声に風太は「別にい」と不服そうに返した。

 風太は目の前の小さなテレビから目を離さず、両手で握ったゲームコントローラーをせわしなく動かす。

「雪奈に振り回されるなんて、いつものことだしい……」

 カチャカチャと自身のキャラクターを動かしながら、低く呻く。

「祥吾も一緒に振り回されようってばあ。オレだけだと寂しいし、雪奈の片思いをからかおうぜー」

『一応、俺は受験生なんだけどな』

「ゲームする余裕あるじゃん。時々くらい屋上来いってー。息抜きもだい――ああっ!」

 風太が思わず腰を浮かせた。思わぬ一撃を食らってしまったキャラクターが倒れている。暗くなった画面に赤いDOWNの文字が横断していた。

「祥吾、回復して回復! 早く!」

 イヤホンからため息が聞こえ、祥吾が使っているキャラクターがこちらに何かを投げつけた。赤い文字が消え、画面も元の明るさに戻る。

「サンキュー!」

『どういたしまして。しっぽ狙うぞ、素材がほしい』

「オレにそんな余裕ない」

『じゃあ死なないようにうろちょろしてて。俺が倒しておくから』

 あまりの無力さに風太が文句を言う気にもならなかった。祥吾が敵の尻尾を狙って器用に攻撃を繰り出しているのを横目に、風太は言われたとおりうろちょろするしかなかった。

『で、なんの話をしてたっけ』

「え、どの話?」

『雪奈の片思いがって、あっ、そこ立つと危な――』

「あああああ! このタイミングでブレス吐くのかよお!」

 あぐらをかいた足の上にコントローラーを落として、風太が頭を抱えた。先程と同じ赤い文字が流れていくが、画面はそのまま暗転していった。

「……リスポーンするポイントが残ってなあい」

『すぐ終わらせるから待ってて』

「なにそれ格好いいこと言うー」

 風太は視点操作しかできなくなったコントローラーを床において、足を伸ばす。後ろに手をついて、祥吾が敵を倒すのを待つ。

「……雪奈、片思いしてるんだってえ」

『へえ。お前に?』

「んなわけないじゃあん。同じクラスのやつだってえ」

『ふうん。お前はそういうのいないのか』

 どうしてゲームをしながらでも会話がスムーズに出来るのか。風太は不思議に思いながら、顔をしかめた。面と向かってゲームをしているわけではないので、どんな顔をしたって勝手である。

「いなあい。祥吾もいないだろ」

『いない。女子と縁のない俺たちが片思い同好会なんておかしいだろ。名前は貸してやるって言ったけど、俺はやっぱり活動する気はないな』

「オレは女子の友達いるし! 縁がないわけじゃねえし!」

 憤慨した風太に、祥吾の笑い声が届く。むっとして祥吾を――というか、彼のキャラクターを睨みつける。

 サークル申請を通すために必要だった三人という人数のせいで巻き込まれた風太と祥吾だ。風太はそのまま雪奈に付き合っているが、祥吾は名前を貸すだけだと言った通り、活動初日から屋上に来なかった。

『じゃあ、女子と縁のある風太くんは同好会活動がんばれ』

「時々くらい来いってえ。屋上とか入る機会ないじゃん? 息抜きになるって」

『気が向けば行く』

「雪奈、応援してやろうって」

『応援はしてる。必要なら後押しだってするけど、それが片思い同好会じゃなきゃいけないってわけじゃないだろ。塾もあるし』

 風太は低いテーブルにあるジュースに手を伸ばす。氷が溶けて薄くなったオレンジジュースは美味しくない。

 ぐだぐだと雪奈の話を続けているうちに祥吾が勝利した。拠点へ戻ってくるようなので、手についた水滴をズボンで拭いてからコントローラーを持ち直す。

『……それにしても、雪奈が即告白ってならないのは面白いな。なんでも即行動なのに』

 祥吾のぼやきに、風太が思い切り吹き出しす。

「あはは! オレもそれ思ったあ。超面白い。いいから祥吾も見に来いってえ、暇な時でもー」

 再戦の準備をしながら、風太は「よーし!」と腕まくりをした。



 風太はゲームのしすぎで寝不足か、盛大に大あくびをして携帯電話を開いた。

 放課後になって雪奈は草薙に呼び出されて職員室に行ってしまった。きっと広重へ持っていくプリントを受け取っているのだろう。

 部活もしていないに等しく――そりゃあ昨日出来たばっかだし、と風太は思う――塾などの用事もない暇な高校生だったばかりに、昨日の今日で広重へプリントを届ける任務が発行されてしまった。

 風邪で休んでいるクラスメイトへプリントを届けるなんて小学生みたいなことは風太は全くといっていいほど乗り気ではなかったが、雪奈は草薙に対して堂々と「わたしと風太で持って行こっか」と言ったのだ。ここで勝手にひとりで帰ればどれだけ文句を言われるか分かったものではない。

 携帯電話にはメールが一通入っていて、昼休み中に祥吾へ送った分への返信のようだった。放課後の用事に祥吾も付き合わないか、という断られる未来しか見えない内容を送っている。

「……でっすよねえ」

 そして、予見したとおり祥吾からは「断る」とたった一言だけでメールが帰ってきていた。クラスが違うどころか学年が違う相手へプリントを届けるなんて、風太もお断りである。

 なんだったら同じ学年同じクラスでも面倒くさい。

「風太帰らねーの。バスケしない? グリーンがジュース賭けようぜーって」

「えーやっば。超楽しそうじゃあん! でもパスー。雪奈待ちー」

「桜あ? いないじゃん」

「だからあ、待ってんの。鈴木んとこにプリント持っていくんだってえ」

「鈴木って、鈴木?」

「そー。鈴木」

 クラスメイトが指差したのは出席番号順に並んだ、まだ誰にも使われていない机だ。

「なんで? そんな仲良かったの?」

「一年の時も同じクラスだっただけえ」

 携帯を仕舞った風太が机に腰掛け、股の間に両手を突いた。

「めんどくせー」

「じゃあ行かなきゃいいじゃん」

「まあ、別にい、いいんだけどお。ほら、オレって付き合いいいからあ」

「俺たちとの付き合いはどうなってんだよー」

 一方的にとはいえ約束になっているだろうことに、風太はけらけらと笑った。

 そうこうしている間に別のクラスメイトが「行っくぞー!」と教室と廊下の境に立って手を振っている。

「風太まじで行かないの!」

「グリーンの負けに賭けといてえ!」

「ひっでえ! 勝つし! 活躍しまくるし!」

 大声で笑い声を響かせながら、数人の男子が連れ立って教室から出ていく。

 風太は彼らが行ってしまってから、急に静かになった教室を見渡した。まったく静かなわけではない。何人かは残っているし、それぞれのグループで喋り込んでいる。ただ、このクラスでうるさい部類にはいるメンツが消えたというだけだ。

 きょろり、と見渡す。

 すると、自分と同じくお喋りから取り残されたのクラスメイトがひとり。

「菅原は今日部活?」

 声をかけられた菅原スガワラちよは宿題から顔をあげ、ふるふるとかぶりを振った。二束のおさげが揺れる。

「ううん。部活はないんだけど、ゆっきーに待っててって言われてて」

「雪奈にい?」

 どうして自分以外にも待っている人がいるのだろう、と風太が首を傾げて。

「たっだいまー!」

 風太とちよが待っていた雪奈が元気いっぱいに教室へ戻ってきた。

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