2ページ目 活動初日

To 雪奈;

Sub Re:けっせーい

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片思いの同好会でいいわけ?

普通、両思いになりたいんじゃねえの。

これじゃあ片思いで終わりそうじゃん。

-- END --



 片思い同好会。

 それは、ここ八ノ重高校で過去存在した同好会だ。

 そして、それを知った雪奈の手によって現在に舞い戻ってきた同好会である。

「まじでえ?」

「うん! 倉庫でよければーって」

 片思い同好会。

 それは、片思いたちによる片思いのための、とっておきの結末を目指す同好会だ。

 そして、丁度いい空き教室を得ることが出来ず、屋上の小さな倉庫が活動場所となった同好会である。

「ねえねえ、オジサンに聞いた?」

「片思い同好会のこと?」

 雪奈は何故か仲良しの校長から許可をもらって、屋上への扉を開けようと鍵を差し込んでいた。天文部――別名キャンプ部――が時々使っているらしいのだが、普段は施錠されている場所だ。

 倉庫にはキャンプ道具が入っているそうなのだが、その隙間で良ければ活動場所として間借り出来るようになったのだ。

「聞いたあ。――わーあ、懐かしいなあ。あったあった、そーゆーの。って言ってた」

「超似てる」

 雪奈の父と風太の父は双子の兄弟である。高校も同じであれば、片思い同好会に所属していたというところも同じらしい。

 風太は父親が言っていたことを思い出しながら、雪奈から鍵を回す役を代わってもらった。いつまでも回らないので、ゴツンと靴の側面で扉を蹴っ飛ばす。

「親父もとっておきがどうこうって言ってた。背中を押し合える仲間がいるのってえ心強いんだよーとか」

 カ、チャン。

 なかなか回らなかった鍵がようやく回った。

「わたしもお父さんたちが言うみたいな、『とっておき』を迎えたいなー」

「へーえ」

 風太がノブを回して扉を押した。

 空から降ってきた風が、ぶわ、と通り過ぎていく。

「風太にもとっておきをあげる」

 一瞬だけ目を閉じた風太だが、はっとして顔をあげた。

 屋上へ一歩を踏み出していた雪奈がくるりと反転し、風太へ体を向けた。耳の下で結んだ髪が揺れている。

「だから、一緒に笑おう。ね?」

 空の眩しさにやられたのか風太は目を瞬かせ、同意も否定もしなかった。

 雪奈は返事を必要ともせず、そのまま「ひゃっほー!」とテンションの塊のような声で屋上へ駆け出した。肩のスクールバッグがばたばたと弾んでいる。

 風太は呆れた息をつきながら、ゆっくりと屋上へ踏み入った。極めてご近所で殆ど兄妹のように育った従妹の後を追う。

 その雪奈は先程までの話題だった倉庫には目もくれず、フェンスまで駆けていきガシャンとそこへ両手をついた。

 青い空。

 コンクリートの屋上。

 春の風は運動場へと向かっている。

「――風太あ」

「なあに」

 間延びした呼びかけに、風太は間延びした声を返す。雪奈の隣に立つ。

 初めて入った屋上は風が強くて、いつもの学校が少し違って見えた。

「片思い同好会になったから教えるんだけどお……わたし、同じクラスの鈴木くんが好きなんだよねえ」

 雪奈の横顔を見た。

 彼女は運動場で汗を流す生徒を見下ろしているわけではない。もっと遠く――だからといって、ここから見える山でもない――を見つめていた。

 何を見ているのか。風太は知っている。

「知ってるう」

 雪奈の頬が一瞬で桜の熱を持ったので、風太は運動場を見下ろした。陸上部のクラスメイトが走っている。

「知ってたの!?」

「雪奈ってえ、わかりやすいんだよなあ」

「す、鈴木くんにもバレちゃってるかな!? ど、どうしよう!」

 彼女の視線は感じていたが、意地でも運動場を見続ける。

「告白するための同好会じゃねえの。バレてても関係なくない?」

「こ、告白はもうちょっと仲良くなってから!」

「まじでえ? もうしちゃえばいいじゃあん」

「順番があるでしょお! まずは仲良しになってからなの! ――協力、してくれるんだよね?」

 風太はフェンスを握っていた手を離した。埃と錆で手のひらは汚れていた。

 応援だろうが協力だろうが、こんな同好会なんて関係なくしてやるのに。風太はそう思いながら鼻から息を押し出す。体を反転させ、フェンスにもたれかかった。

 顔を雪奈の方へ向けると、彼女は眉尻をさげてこちらを見ている。

「順番とかどうでもよくねえ? 鈴木が来たらさっさと告ればいいじゃん」

「やーだー! もー! ちゃんと応援してえ!」

「してるじゃあん。背中を押す役なら任せろってえ」

 雪奈がころりと表情を変えて桜色の頬をぷくぷくと膨らませるので、風太は笑った。

 活動初日から不参加の幼馴染仲間の祥吾には、この雪奈の妙な乙女っぷりをメールでしっかりと伝えておこうと心の隅っこにメモを残す。なんでもかんでも猪突猛進で勢いばかりの彼女がこんなにももだもだとしているのは珍しい。面白い。

 ――それだけ彼女にとって片思い相手が特別である、ということだ。

 風太は面白くなさも感じながら、体を揺らしてフェンスを鳴らす。

「まあ、どっちにせよ、鈴木が休んでるうちは無理だよなあ。風邪だっけ」

「そうなんだよねえ……。――ってことで! 風太にさっそく活動してもらおうっかなー!」

 ぱっと目の前に雪奈が割り込んできた。ぷくぷくだった頬はすっかりしぼみ、柔らかく持ち上がって笑みになっている。

 ああ、そうそう。こういうほうが雪奈らしい。

「なんだよお……」

 ろくな事じゃないだろ、と風太が目で訴えるが、雪奈はけらけらと楽しく笑うばかりだ。

「ナギーのところに鈴木くんのこと聞きに行くの! ついてきて!」

 わざわざ屋上にきた意味は、と風太が尋ねるよりも早く。

「風太あ! 早くう!」

 彼女は扉の方へ駆けていた。



「失礼しまあす。あ、ナギー、教えてほしいことがあってえ」

 静かな職員室が開いたと同時に聞こえてきた声に、草薙は額に手を当てた。

「……ナギーじゃなくて、草薙先生」

 でかでかと主張の激しいため息をついた草薙は二年生用の教科書と裏紙の束を持って立ち上がった。

「相変わらず生徒と仲良しですねえ」

「いえ、困った生徒ですよ、ははは……」

 ベテラン教師に力なく笑い、勉強用にあいているスペースへ雪奈と風太を手招きながら向かう。

「でェ? どこを教えてほしいって?」

 長机とパイプ椅子しかない小さなスペースだ。

 草薙がどっこいしょと年寄りくさく先に座るのを見て、雪奈はふるふるとかぶりを振った。

「勉強じゃなくってえ……」

「鈴木のことお。休み長いけど、なんでえ?」

「――桜が勉強なんておかしいと思ったんだよ……」

 開きかけた教科書をスパーンと勢いよく閉じた草薙だが、ふたりを追い返すことはしなかった。「まあいいから座れ」とパイプ椅子を指差す。

「勉強じゃないのは残念だが、クラスメイトのことだもんな。そりゃあ気になるよな」

「だってえ……新学期始まって、ずっと休んでるんだもん」

「風邪、大丈夫なの」

 雪奈と風太が一年の頃と続いてクラスが同じで、新学期早々に休んでいるのは鈴木広重ヒロシゲだ。

 草薙はパイプ椅子にもたれながら「ああ、まあ」曖昧に頷いた。

「鈴木は風邪。親御さんが言うには、少しこじらせただけでしばらくすれば大丈夫とのことだ。すぐに良くなって戻ってくるだろう」

「実は入院してるーとか、大怪我がーとかじゃないってこと?」

「この間は本人に電話を代わってもらったが、元気そうだったよ」

 そう言うと、雪奈が胸をなでおろした。対して、風太はさほど広重のことに興味がないのか「ふーん」と平坦な相槌をうつだけだ。

 草薙の目から見て、一年時の広重と雪奈たちが特に仲が良かった印象はない。よくいるグループはそれぞればらばらで、関わりもあまりなかったように思えた。ただ、教師がクラスの様子すべてを把握出来ることはない。知らないところで仲がよかったのだろうか、と草薙は納得するように小さく頷いた。なんにせよ、こうやってクラスメイトを心配してくれるのは、嬉しいものだった。

「聞きたいのはそれだけか? 鈴木には桜たちが心配していたって伝えておくから――」

「ねえ、ナギー」

「草薙先生」

「草薙センセ、あのね」

 呼び方を訂正した雪奈が人差し指をもじもじと合わせる。草薙も話をわざわざ切られて、何を言い出すのか不思議そうにしていた。

「……あのね。鈴木くんに届けるプリントとかないの? わたしと風太で持って行こっか」

 風太は雪奈の突然の申し出に、ぎょっとして彼女をみた。風太は広重の様子を知るためについてきてくれ、と言われただけである。そんなこと寝耳に水すぎて意味が分からない。

「え、オレも?」

 思わず口をついたといった風太の言葉に、草薙が小さく吹き出した。

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