活動日誌1冊目
1ページ目 結成
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てめえら、雪風に変なことを吹き込みやがったな。
あとで覚えていろ。
-- END --
放課後、三年生の教室に集まっているのは三人。
二年生の桜雪奈と桜風太に加え、この教室にいて当然の三年生
「好きな子っていない?」
ぱっと花を咲かせて笑った雪奈の前には、幼馴染である風太と祥吾が座っている。
机の前に雪奈が立ち、その視線の先は着席したふたり。まるで教師と生徒の立ち位置だ。
「……別にい?」
「いない」
ふたりの気乗りしない調子に敗北することなく、雪奈は元気を溢れさせるように両手を広げた。風の吹かない教室なのに、ふたつに結んだ髪が跳ねる。
「じゃあ、好きな子が出来たらの話ね!」
一体なぜ自分たちはわざわざ呼び出されたのか。全く分からずにいる男子ふたりをよそに、彼女は心底楽しそうに白い歯を見せて笑っている。桜色に頬を染め、大きくて丸い目を、にいっと細めた。両手を背中で組み合わせ、わずかに前かがみになる。
「わたし、その時は全力で応援するね」
彼女は首を左へ傾ける。
お願いごとがあるときの彼女の癖だ。幼馴染ふたりはそれをようく知っている。
「だからね、わたしのことも応援してほしいなあ」
風太と祥吾が顔を見合わせた。そして、もう一度彼女を見る。
「応援くらいするけど……」
「これが、どう関係するんだ……?」
祥吾が骨ばった指ですいと押さえたのは、机の上に広げられた一枚の手書きポスターだった。
雪奈が「よくぞ聞いててくれましたあ!」と明るく笑う。
「片思い同好会、作っちゃった!」
「いやあね、数学部のね、生徒がいなくなっちゃってね、草薙先生、寂しいんじゃないかなってちょうど思っていたんですよ」
職員室で「はあ」と間抜けな相槌を打ったのは数学科担当の教師
「本当にタイミングがよかったねえ。――はい、これね。まだ人数少ないけれど、楽しそうでいいじゃない。楽しくやってあげてね。承認も通したから、生徒の方へは君から伝えておいてね」
「は、はい……?」
草薙は校長がわざわざ手渡してきた一枚のプリントを受け取る。校長は草薙の頭の上にぎっしりとはてなマークが浮かんでいることに気付かないまま「そいじゃあがんばってね」とにこやかに言って離れていく。
校長が「いやあ、若いっていいねえ」とご機嫌な独り言を残して職員室から出ていくのを見送ってから、草薙は手元のプリントにようやく目を落とした。
「部活・サークル……申請書ォ?」
先程の言葉どおり、承認印がすでに押されている。しかし、見覚えがない。
「草薙先生、次は何を任されたんですか」
隣にいたベテラン女性教師が手元を覗き込んだ。
硬直した草薙の視線はサークル欄にチェックが入った後に続く、枠内の大きな文字に釘付けだった。
「……へえ。片思い同好会? ですか?」
草薙は女性教師が驚くのも構わず、がたんと音を立てて立ち上がった。
「片思い同好会?」
風太と祥吾の声がぴったり最後まで揃った。
雪奈は満足げに「うん!」と頷いてポスターを手にとった。端と端を持って、胸元のリボンを隠すように胸の前へ掲げる。
「昔にね、同じサークルがハチ高にあったんだって!」
「……お、おう」
「……その、片思い同好会っていうのが?」
「そう! とっておきの結末をくれるんだよ」
胡散臭いものを見る目のふたりには気付かず、雪奈はずっと楽しそうだ。落ち着きなんて授業中に置き去りにしてきた彼女が笑うと、ポスターも浮かれて揺れる。
「仲間がいるのって、絶対に心強いでしょ!」
風太と祥吾が顔を見合わせる。
そんな戸惑いをふっとばすように、雪奈は笑みを八重に咲かせた。
「だからね、作ったの!」
ふたりの目が、再びポスターへ。
そこには見慣れた彼女の丸い癖字で、でかでかと書かれていた。
「片思い同好会!」
片思い同好会、と。
目指していた教室。
廊下から見えた中には目的の三人がいた。
教壇側の扉の前に立って、はー、と息を吐く。そして、そっくりそのまま同じ分を、すー、と吸い込む。
傍からは落ち着くために、と見えた。
だが、違う。
「桜ァ! どういうことだァ!」
草薙は豪快に扉を横に開き、たっぷり溜め込んだ呼気で怒鳴った。
扉と声と。どちらも大きな衝撃となって、三人を揺さぶった。雪奈は驚いてぴょこんと小さく飛び跳ねたし、風太と祥吾はガタタタと椅子の足を震わせた。三人は音の発生源へ顔を向け、よく知った顔に肩の力を抜いた。
「あ、ナギー」
「驚かせるなよお」
「ナギーじゃなくて草薙先生って呼べェ!」
どすどすと教室にやってきた草薙がべしっと手に持っていたプリントを机に叩きつけた。
「なんだこれ!」
「あ、申請通ったんだー! 良かったあ!」
「良かったあ、じゃ、ねェ! なにやってくれてんだ桜ァ!」
「桜あって言うけどお、やったのは雪奈だけでオレじゃなあい」
「どうせ白と黒が発端だろうが! 桜は全員同罪!」
「草薙先生、素が出てますよ」
「糸岐は糸岐できちんと雪風に目ェ光らせてろよ!」
「ねえねえ、ナギー、ちょうどよかったあ。風太とショーゴに同好会の話してたんだよー」
「ちょうどよかったあ、じゃ、ねェ! どういうことだっつってんだよ!」
草薙はこめかみをひきつらせながら、プリントを人差し指でとんとんと叩いた。
「どうして俺の知らねえうちに同好会なんかが出来ていて、顧問になっていて、しかも申請も通ってんだよ!」
安っぽいプリントにはサークル名である片思い同好会の他にも、部員としてここにいる雪奈と風太と祥吾の三人の名前や、顧問として草薙の名前が――草薙に関しては押印まで済まされた状態で――記入されている。
草薙はすーはーと何度か深呼吸をしたあと、静かに頷いた。
「はい、問題です。先生が怒っているのはなぜでしょうか」
雪奈は風太と祥吾をちらりと見たが、男子ふたりはしれっと視線を逸した。仕方がないので、小首を傾げてから右手を挙げる。
「はーい」
「桜さん、どうぞ」
「ナギーの判子、勝手に押したから?」
「やっぱりお前の仕業か! あと、ナギーじゃなくて草薙センセェ!」
「お父さんがサインしてくれてー、お父さんが先生の判子を持ってた!」
「あんの馬鹿野郎何やってんだよ畜生! あと、白にどう言いくるめられたかは知らねえが、こういう悪事はやめようなァ!? 父親に似なくていいからなァ!?」
怒っていたかと思えば泣きそうな声になった草薙の勢いの強さに、雪奈はまったく動じることなく、再びポスターを胸の前で揺らす。
「ねえねえ。ナギーも同好会に入ってたんでしょ。お父さんが教えてくれたよ!」
「やめろ。その過去は桜兄弟とともに埋めたんだ」
「いいじゃんいいじゃん、復活だよー。とっておきの結末になったんでしょ!」
「とっておきって……俺はなァ――……って待てよ、どこまであの馬鹿から聞いてる?」
「んーとね。どんなとっておきになったかは、内緒って言われちゃった」
片思い同好会。
それは、とっておきの青春を作り上げる、ひとつの要素。
「――そういうことで! 片思い同好会、結成ね! よろしく!」
屈託ない雪奈に、風太と祥吾は苦笑を見合わせた。
そして、草薙は「後で覚えていろ……」とここにはいない、幼馴染かつ雪奈の父である男への恨みをつぶやくのだった。
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