異世界レビューRADIO 第10回(オールエリアフリー)

 ラジオナビゲーターを始めてから2つの番組の最終回を経験した。


 最初の番組は平日朝の情報番組で、春の改編で番組と出演者共々入れ替えとなった。初めてのレギュラー番組だったこともあり、強い名残惜しさを覚えた。


 2つ目の番組は『KITA-FM』公式の音楽チャート番組で、5代目ナビゲーターを担当させてもらった。局内随一の長寿番組で、安部山さんやマッちゃんと初めて出会った案件でもある。上手くいかない時期や伸び悩みも経験したが、この出演をきっかけに仕事の依頼が増えた。


 そして、俺は3回目の番組終了を経験する。


 「12月10日、土曜日。時刻は23時を回りました。お聴きの放送局はKITA-FMです。『異世界レビューRADIO』、今夜も23時30分まで中倉駅前第一門司ビル8階のKITA-FMラジオブースからライブでお届けします」


 アクリル板を挟んで、正面の村人Aを見つめる。本番前は緊張しまくっていたけど、よく読めているじゃないか。俺は、ナビゲーター席に座る彼に頷いてみせた。


 今日のナビゲーターは俺じゃない。なぜなら、ゲストは俺こと若松太市だからだ。


 村人Aは額に汗を滲ませつつ、台本を血眼にして読み上げる。


 「この番組では毎回、異世界人をゲストにお迎えして、お悩みや抱負、異世界のトレンドをお伺いします」


 村人Aの本業は、ドルーワスペス城下町の広場で旅人に話しかけ、孤城の調査を依頼することだ。つまり、クエストを発生させるだけのNPCである。


 異世界に生を受けた瞬間から使命が定められた村人Aにとって、予定外の言葉を吐き出すなんて不安で仕方ないだろう。だが安部山さんはそこを狙った。正確には、面白がった。


 「先週の公録をお聴きになった方はお分かりと存じますが、『異世界レビューRADIO』は今回の放送で終了します。それなのに若松さんではない人間が台本を読ませていただいているわけですが、ひとまずゲストを紹介します」


 「こんばんは!若松太市です!」


 台本通りに言葉を吹き込む。今日はアドリブ一切なしだ。台本に『出演者さんのお好みで』などという自由度の高い振りは入れていない。


 「僕の番組、最終回で異世界人さんに乗っ取られました!というのは冗談で、今日は異世界人『若松太市』としていろいろお話ししていきます。ナビゲーターを担当して下さっているのは、ドルーワスペス城下町の村人Aさんです!」


 「ょ、よろしくお願いします。それでは早速、若松さんにお伺いしたいのですが、最近の出来事やお悩み等ありますか?」


 確かに台本上、雑談は入れてないけど多少の遊びがあっても良いよなぁ。そんなツッコミを発しそうになって我慢する。


 台本にないことは見ない、言わない、聞かない。今日限りの三原則だ。


 「僕からは最近の出来事として、『異世界レビューRADIO』のことを話したいと思います」


 「と言いますと」


 「異世界アレルギーの僕が、異世界に対する見方を変えた話です」


 転生というスイッチを押した先に広がる理想郷が嫌いだ。読み手の満足を作り起こすために用意された展開やキャラ設定、主人公の扱い方が気に食わない。


 俺は台本にしたためた正直な言葉を公共電波に乗せる。


 「異世界という言葉が全ての元凶でした。僕らは誰しも、それぞれの世界で確かな熱をもって生きている」


 「若松さんは異世界系のご都合主義やハーレム展開、常識を捩じ伏せるような設定を毛嫌いされていました。それらを肯定できるようになったと?」


 「うーん、受容ですかね。常識だって、住む世界が異なれば通用しませんし。けれど僕らは異世界をエンタテイメントというフィルターに通して見ているから、どうしても自分たちの常識ベースで異世界の設定にツッコミを入れてしまう。『現実じゃそんな展開はあり得ない、認識が甘い、都合が良すぎる』なんて言いたくなるけど、そもそも異なる世界の構造内で成立するんだから、外野の僕らは黙って見ているしかないんだ」


 異世界は我々の創作意欲の捌け口でも、現実で成し得ない理想を投影させるための素材でもない。


 俺たちが認知していなかっただけで、最初から存在していた。俺たちがその世界にフィクションの力を借りて『お邪魔』していたのだ。だからこそ、俺は10パターンもの異世界に触れられた。


 村人Aは相変わらず血走った目で台本を折っている。


 「なるほど。では若松さんにとって、今の異世界って何ですか?」


 「異世界は『お隣さん』です。お邪魔して、お邪魔される隣人です」


 マッちゃんと打合せをしていて、この結論に至るまでどれほど時間をかけたんだろう。意見交換を繰り返して繰り返して、1つの答えに行き着いた。


 「若松さんはまだライト文芸の作家を目指しているんですか?」


 「いえ、全然。今はラジオ番組のナビゲーターとして仕事させてもらっていますから。でも、趣味として書くのはありかもしれませんね」


 「異世界ものですか?」


 「いやいや、絶対書きません。異世界ものの予定調和感とかお涙頂戴とか大嫌いですから。今回はあくまで異世界の捉え方を変えただけで、好きになったわけじゃありませんよ」


 「若松さん、ありがとうございます。ここまでゲストとしてお話いただいていましたが、最後ですからナビゲーターを交代します」


 「はい、交代されました。若松太市です。村人Aさん、ここまで司会ありがとうございました。ところで、村人Aさんは僕らの世界をどう思います?」


 マッちゃんがイヤホン越しに『今日の三原則ー!』と悲鳴を上げた。俺は録音スタジオの彼女にニヤリと笑ってみせた。


 案の定、村人Aは混乱のあまり目をグルグル回していた。NPCとして事務的に生きてきた彼が、自分の意思で言葉を発せられるか。


 「……じ」


 「じ?」


 「12月10日、土曜日。時刻は23時を回りました。お聴きの放送局は」


 「村人Aさん、僕が悪かったからオープニングに戻さないで!確かにエンディング行くのも名残惜しいけど!」


 すると村人Aは電池切れを起こしたように白目を剥き、テーブルに突っ伏して動かなくなった。ゴツン、という鈍い音もマイクに拾われているだろう。


 「えーっと、村人Aさんが慣れない自発的行為によって気絶しました。この番組、ゲストへの手厚さ皆無でしたね。第6回なんて、ついうっかり……おっと。放送作家が怖い顔してる」


 エンディングサウンドが流れた。俺は静かに息を吐いてから再び笑顔を形作る。


 「お送りしてきました『異世界レビューRADIO』、そろそろお別れの時間です。リスナーの皆さん、いつも素敵なメッセージありがとうございました。全ての返信は公式ホームページ内ブログで公開しますのでぜひご覧下さい。ちなみに、来週のこの時間を聴いても『異世界レビューRADIO』は流れませんからね!みんな、早く寝ろよ!というわけで、またいつか会いましょう!お相手は若松太市でした!バイバイ!」


 番組が終わり、CMに移行する。ふう、と背もたれに寄りかかって頭上を仰いだ。やっと終わった。あと3回くらい放送が続いてたら胃に穴を開けていたところだった。


 録音スタジオから安部山さんとマッちゃんが出てきて、クラッカーを力強く引く。パァァン!という音がラジオブースに響くが、村人Aは目覚めない。


 上機嫌な安部山さんが拍手を送ってくる。


 「若松チャンお疲れ様!濃厚な10回で予想以上の好評よ!早速、次のお仕事のお話なんだけど」


 「はぁ⁉︎あんた鬼か!こちとら今年の総決算終えたところなんだよ!今まで我慢してたけど、もう限界だわ……安部山さんに言いたいことがあります!」


 勢いよく立ち上がり、安部山さんの前で仁王立ちする。一回り以上も歳上のおじさんが肩を縮こませ、「な、何よォ」と目を潤ませた。殴りたい、この泣き顔。


 俺は両手を合わせ、安部山さんに軽く頭を下げる。


 「打ち上げは当然、安部山さんのゴチということでよろしいでしょうか!」


 マッちゃんが慌てて俺の仕草を真似る。俺たちはプロデューサーに主張する権利を持っているはずだ。


 静寂の末、安部山さんの声がポツリと落ちた。


 「ところで魔王チャンから、第6回放送に出てくれたゾンビ243号が軍に帰還していないって連絡を受けたのよ。何か心当たりあるかしら?」


 「ないですね。さて、今日は夜も遅いし帰ろうかな。安部山さん、それで良いです?」


 「ご飯は良いの?お腹空いてるでしょ?」


 「実は全然!安部山さんからお金吸い取りたかっただけです」


 「やだもぉ悪趣味!じゃ、お疲れチャン!」


 安部山さんがステップしながら部屋を出ていく。マッちゃんが何か言いたげにしているけど、あえてスルーした。俺は意識を取り戻さない村人Aの肩を強めに揺さぶる。あんたは絶対に目覚めてくれ。


 「隣人とのつき合い方は、しっかり考えないといけないよなぁ」


 「本当だね。異世界にペットフード流行らせてる場合じゃないよ」


 「仰る通り過ぎて何も言えねぇ」


 3回目の番組終了は、ある意味で一生忘れられない経験になった。願わくば、このまま迷宮入りして『終わった』話になってほしい。


 狡いと思うかどうかは個人に委ねる。でも、俺たち人間が完璧でいられたことなんてあっただろうか。


 責任を持って仕事に取り組む。間違えたら謝る。手伝ってもらったらお礼を言う。全てを受け止めていると息が詰まるから、ときどき見たくないものに蓋をする。そうやって俺たちは現実に折り合いをつけている。


 魔王へ。これが俺たちの生きる世界における常套手段だ。ぜひ参考にしてほしいから、あとでメールすることにした。できれば、それをもってゾンビ案件の回答とさせていただきたい。

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ごった煮、同舟 Joi @BanpRRR038

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