08話

「ん……あれ」

「起きた? 莉子ちゃんなら昨日の友達に誘われてもう遊びに行っちゃったよ」

「そうですか」


 そういうことにしてほしいと本人から言われているから仕方がない、それに飛び出していったなんて言ったら莉音が不安になるだろうからというのもある。

 ご飯はもうできているから温めて食べてもらうことにした、ちなみに寝ぼけているのかいつものようにしゃきしゃきと動けてはいなかった。


「先輩、あのタイミングで告白をしたのは変わらない私のためですよね」

「何回も言ったけど別に莉音が――まあ、変わらずに来てくれている莉音のためでもあったけどさ……」


 意地悪な子だ、何回も聞いたうえにじっと見てくるなんて必殺の攻撃だ。

 でも、残念なのはその通りだということだった、それとこのことで嘘を重ね続けても特にメリットがないからやめるしかなくなった。

 ただ、聞かれていなかったらあのときの告白は云々と言わないままだった、それだけは間違いなくそうだと言える。


「でも、どうして付き合う方向に頑張らなかったんですか?」

「情けないからだよ、そんなの一番長く見てきたきみが分かっているでしょ」

「違います、先輩は情けなくなんかありません」

「それはきみが高く評価してくれているだけだ、情けなくないならもっと積極的に動いていて違う結果になっていたはずだよ」


 寝転んで眠たくもないのに目を閉じた。

 数年の内に頑張ろうとしたことは複数回はあるがそのどれもが無駄だったなんて言うつもりはない、一回は山下さんに対して効果的な行動をできたと僕でも自信を持って言える。

 とはいえ、そのただ一度程度で相手を完全に振り向かせられる人間ばかりではないということで僕は後者だった、というだけの話だ。

 一方的に自己満足の告白をしても、また、こちらを振ることになっても山下さんが来てくれているのは意外だった。

 単純にあの告白をそこまで本気のものだとは捉えていなかったのか、本気で莉音と付き合っているからだと聞かなかったふりを選んだのかは分からないものの、どちらにしても僕にはできないことをしていることになる。

 だが、僕から言わせてもらえばあの子はもったいないことをしてしまっている状態なので、自分の気持ちを完全に優先してくれればいいとしか言えなかった。

 僕と話さなければならない、一緒にいなければならないなんてルールはないのだから自由に行動をするべきだ。

 ちなみにそれは彼女も同じ、でも、やはり自分からやめた方がいいよなんて言えるような勇気はないからこういうことになる。


「私は私のためにしてくれたと考えたいです」

「いいよそれでも、僕も莉音も損をするというわけではないんだから」


 だからこの話はもう終わりにしようと言う前に「あと、告白をする前からおかしかったですよね、いつも通りの距離感なのに『ち、近いよ』などと動揺していましたしね」と重ねられてしまった。

 なんだろう、まだ寝ぼけているのだろうか? もしそうならしゃっきりとするまでいくらでもゆっくりしてくれればいいから続けるのはやめてほしいところだ。

 この話を続けても莉音のペースからは変えられない、フラットな状態で話せるそんな内容がよかった。


「前からそうだったよ、なのに莉音はさ……」

「本命の人がいたのに影響を受ける方が悪いんです、そこは上手く躱してください」

「無理だよ、だっていつも一緒にいてくれているのは莉音だったんだから」


 って待てっ、なに律儀に返しているんだよ僕もっ。

 ……次こそ重ねられても返さないと目を閉じて黙っていると急に暗くなってつい目を開けてしまった。


「じゃあ無意味ではなかったということですよね、それならよかったです」

「最近は自惚れでもなんでもなく莉音がって考えることも多かった、僕のこれも勘違いではないということだよね?」

「はぁ、当たり前じゃないですか、好きでもないのにここまでいられませんよ」


 彼女は完全にこちらに乗ってから「私ってドライってよく言われるんですからね」と重ねてきたが、ドライな感じはこれまでで一度も全く伝わってこなかったわけで、だって一日目から気に入っていたなんてことはないだろうから? 勝手に彼女が悪く言っているようにしか思えなかった。


「でも、そんな好きな人は違う人を好きになっているという酷いことをしてくれていましたけどね。私が何度その事実に悲しんだか、莉子はよく知っているので聞いてみると面白いかもしれませんよ?」

「い、いや、言葉でちくちくと刺されそうだからいいかな」


 そうでなくても最近の莉子ちゃんは厳しいから聞いてしまったらこれ幸いとばかりに口撃をされそうだから流石の僕でも動けなかった。

 彼女に対してだって申し訳無さというのは感じている、だからこれからの僕がちゃんと返していけばいい。

 幸い、なんか求めてくれているからその機会というやつもすぐに訪れてくれることだろうし、情けない自分でも全てを無駄にするというわけではないからやっていけるはずだった。


「ただ、完全に諦めようとしていたときになんでか急に変わったんですよ」

「ひ、日頃の行いがよかったからだろうね」


 す、スルー、というか早く僕の上からどいてもらいたい。

 こうして下から見ているといけないことをしている気分になってくるから駄目だ、ふと冷静になったときに慌てられて怪我ということになっても嫌だった。


「好きです」

「う、うん、ありがとう。で……なんだけどね? 僕の上からどいてもらえるとありがたいんだけどね……?」

「嫌です、ちゃんと好きだと言ってくれるまでどきません」


 彼女といられているときはそわそわすることも多かったが楽しかった、あと、心地のいい時間となっていた。

 あの告白だって彼女のことを考えて曖昧なままでは駄目だと、うん、そうだ。


「好きだよ」

「素直に言えて偉いです、ということでいまから――」

「友ー、開けてくれー」


 開けに行こうとしたら止められて彼女が代わりに玄関まで行って亮介さんを入れていた、ちなみにいまからの後の言葉はいちいち聞かなくても、僕でも分かる内容だった。

 間違いなく「海に行きましょう」だ、多分、せっかく買った水着を一回だけしか着られないことに不満を抱いているのだと思う。


「あれ、嬢ちゃんから莉子もいると聞いていたんだが……いないみたいだな」

「朝になったら飛び出していってね」


 彼の中にはいつだって莉子ちゃんのことしかないらしい、た、多分、父親的目線で見ているだけだから問題はない。

 それとこう言ってはなんだがじっとしていられない子でもあるため、大人の彼が意識をして見てくれるということなら助かるところだった。

 だ、だから文句を言うのは違う、ちゃんと全部聞いてから判断をしないといけないというやつだ。


「まあいい、今日はここでゆっくりさせてもらうぞー」

「あのさ、どうせなら父さんも連れてきてよ、別に年がら年中忙しいというわけではないんでしょ?」

「んー、俺はともかくあの人は忙しいからな。でも、友が会いたいということなら今度仕事のときに言っておくぞ?」

「あー、まあ一人に慣れているから可能なときでいいよ、わざわざ仕事を休んでまで優先することじゃないしね」


 もう高校二年生だから無茶を言ったりはしない。


「亮介さん、私、この人に告白をして受け入れられました」

「おお、おめでとう」

「ありがとうございます、なので亮介さんの告白は受け入れられません」

「一回もした覚えがないぞ……」


 た、質が悪い、これからは関係が変わったということで何回もこういう冗談を言ってきそうで夏なのに体が震えた。


「はははっ、すみません冗談ですっ」

「友、本当に嬢ちゃんでいいのか?」

「う、うん、大丈夫なはずだよ」

「あ、なんですか二人してその反応は」


 なんですかって……いや、なにも言うまい。

 彼女になってくれたからとかではなく彼女がいてくれていることに感謝をしておけばいい、しっかり伝われば怖い顔をされることもないだろう。


「と、友ちゃん開けてーっ」

「お、可愛気のある少女が帰ってきたな」


 問題だったのは莉子ちゃんが友達も連れてきてしまったということと、その友達が一瞬で亮介さんを気に入ってしまったことだった。

 とはいえ、意識をこちらに向けられることがないから莉音とゆっくり話せたのはいいことだと言えた。


「はは、元気だね」

「はぁ、莉子ったら……」


 まあ、なんかお姉ちゃん的には微妙なことだったみたいだが、別に困ったような顔で笑っているだけだったので気にしないでおくことにしたのだった。

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