07話

「わ、私はここまで……だ、後は……頼んだ……ぞ」

「すごい汗だね、ちゃんと水分を摂った方がいいよ」


 去年もそうだったから暑がりなのだろうという感想しか出てこなかった。

 まあ、ここで汗をかいているのにいい匂いがするなどという感想が出てきたら変態みたいだからこれでいいと思う。


「えぇ、普通に返さないでよ、……ちょっと近づきにくくてふざけるしかなかったというのに……」

「別に気にする必要はないよ、それより使っていないタオルがあるから貸そうか?」

「え、なんか悪用しそうだからやめておくよ、ははは……」


 あ、悪用って……。

 と、とりあえずこちらがなにかをやらかしたわけではないから席で大人しくしておくことにした。

 幸い、この傷ついた状態のまま長時間いなければならないというわけではない、なので解散になったらさっさと帰ろうと決める。

 いいさ、家に帰れば僕のことを悪く言う存在はいない、それどころかなにをしようが自由なのだ。

 仮に莉音が誘ってきたとしても今日は断って家でゆっくりしようと決める、つまりそれぐらいのことを山下さんはしてくれたということだった。


「さーてと、終わったから家に――ぶぇ」

「ちょっと待った、夏になったから貝殻を探しに行こうよ」

「この前沢山集めていたでしょ? それに今日行ったら山下さんが確実に弱ることになるから受け入れられないよ」

「いいからいいから、はい行きましょうねー」


 おいおい、本当は暴君だったのか? 一応それなりに一緒にいたのに分かっていなかったのは僕だけということなのだろうか。

 ちなみに彼女は付いてこようとした莉音を止めてまた歩き始めた、どれだけ貝殻が大好きなのかと言いたくなる。

 大体、そんなに集めてどうするのか、この前だって沢山集めていたくせに使用していたのは二個だったから意味がない。


「着いたー、おお、七月だとまた違ったように見えるね」

「そうかな、同じだけどな」


 回数が増えていくとここに来られてよかったという考えにはならないようになっていく。

 なにに対してだって慣れていくものだ、終盤辺りに彼女に対してドキドキしなくなっていたのもそこに繋がっている。

 告白をして振られても――とにかく早く集めて帰ることにしよう。

 文句を言わずに付き合っておけば文句を言われることはないし、意地を張ってここに残り続ける選択をしたりはしない。

 そうだ、彼女が余程の変人でもない限りは暑いこの場所に残ったりはしない。


「ほじほじーっと、あれ? なんか急に影ができたぞ?」


 そりゃそうだろう、莉音が断られて大人しく言うことを聞くわけがない。

 しゃがんでいる彼女を冷たい顔で見ていた莉音だが、意識を向けてもらえたことが嬉しかったのかすぐに直っていた。

 彼女に気に入られたくて教室に来ているのもあるわけだから意識を向けられたら怒ったままではいられないというやつだ。


「まあまあ許しておくれよ、莉音ちゃんはいつも池羽君といるんだからたまにはいいでしょ?」

「別に先輩と出かけることについて文句があるわけでもありません、なにかがあったとしても私の彼女というわけではないですから言うつもりもないです。私はただ、一瞬も考えることもなく断られたのが悲しかっただけです」


 なんでもないと隠し続けるよりはよっぽどいい、ちゃんと言いたいことを言い合えている関係の方が長続きをする、その点で僕らはちゃんとできているのかもしれなかった。


「ごめんよー、あそこで足を止めると池羽君が逃げていそうだったから仕方がなかったんだよ」

「逃げるようには見えませんでしたけど……」

「いやいや、それはあくまできみが相手だからだよ、私が相手のときは分かりやすく差を――まあ、差なんてないけどさ」


 考え事をしながらでもしっかりと探していく、やる気があるということを彼女に分かってほしいのだ。

 そうすれば仮に見つからなくても、また大量に見つかってもこれ以上はとなってくれるはず、また、これも友達でい続けるために必要なことだと片付けてしまえばいいのだ。


「お、これとかどうかな?」

「おおっ、可愛いっ」

「可愛いかどうかはともかく、はい、じゃあ渡しておくよ」


 突っ立っていた莉音にも手伝ってもらって引き続き探していく、が、昼に解散になったのもあって結構日差しがきつかった。

 だからついつい二人が大丈夫なのかが気になって見ていたら「見過ぎだよ、そんなに見つめてもこの前の答えのままだよ」と勘違いをされて振られてしまった。

 あのときは振られる前提で動いたからよかったものの、いまこうして関係ないときに振られるのは違うから勘弁をしてほしい。

 とはいえ、いや心配だから見ていただけだよなんて言ったところで信じてはもらえないだろうし、どうするべきだろうか。


「そういえば途中の自動販売機で飲み物を買っておいたんです、ちゃんと飲んでくださいね」

「ありがとうっ、やっぱり莉音ちゃんは最高の後輩だぁっ」


 買ってきて渡せばよかったか。

 分かりやすい例を見せてくれた莉音にはありがとうとそういう意味でも言っておいたのだった。




「冷たくて気持ちがいいです」

「それはいいんだけど……」


 去年よりも結構大胆な水着で目のやり場に困ってしまう、そういうのもあって一緒にいるのにほとんど別の場所を見て過ごすことになっていた。

 だが、プールということも他にも女の子や女の人がいるわけで、それも微妙に救いにはなっていないというのが現状だと言える。

 あと今日に限ってやたらと距離が近いのだ、莉子ちゃんがいるところでは一緒になってちくちく言葉で刺してくるくせに二人きりになると途端に変わっていく。

 ちなみに莉子ちゃんも一緒に来ていたものの、友達に誘われて先程から別行動をしている状態だった。


「り、莉子ちゃんは大丈夫かな? 男の子が一人でもいてくれればよかったけどみんな女の子だったから心配になるよ」

「小学生の女の子の集団に近づくのはやばいのでやめておいた方がいいですよ、それにロリコンとは流石に落ち着いて一緒にいられません」


 ロリコンて、友達として心配をしているだけだ。

 好きな子がいなくてもという話ではあるが、好きな子がいるのに一生懸命になったところでなにも残らない。

 彼女だって好きな相手がいるという状態では頑張れないはずだ、だからもう少しは考えて発言をするべきだった。


「心配じゃないの?」

「別に悪いことは起きませんよ、それよりあなたはこっちを見てください」

「ち、痴女なの……?」

「はぁ? この程度で痴女ならここにはやばい人達がいっぱいいることになります」


 でも、見たら見たで「スケベですね」だなんて言われるに決まっているから意地でも見ないようにしたら両頬を掴まれて駄目になった。


「や、やっぱり痴女だよね?」

「一緒に来ている相手に意識を向けるのは当然だと思いますが」

「……なんで去年よりも大胆なやつにしたの」

「変わらないじゃないですか、お腹だって小さい頃から出していますけどね」


 うん、いまの発言だけで僕の言う通りだということが分かる。

 いや、痴女だから悪いのか、見せたがりとかそういう風に言えばいま自分がどんなことをしているのかを分かってくれるはずだ。


「極端ですね、じっと見ても変わりませんよ」

「……とにかく遊ぼう、せっかくお金を払っているんだから遊ばないと損だ」

「現在進行系で水に――休憩みたいですね」

「上がろうか」


 食べ物を買う、食べるという行為に頼ることで目のやり場に困るそれをなんとかすればいいと考えた僕は特に話し合うこともせずに更衣室に向かう。

 お金はあるから奢ればいい、というか彼女にも他のことをしてもらわなければこの作戦は成功しないから駄目だ。


「好きな物を選んで」

「じゃああれで、こうして出ていると少し冷えますからね」

「分かった」


 よしよし、文句も言わずに聞いてくれるところが本当にいい。

 早めに突撃をしたのもあって行列! なんてこともなかったからすぐに買って渡すことができた。


「よし、いただきま――」

「どうぞ、あーん」

「ぶふっ!? あ、僕のもあるからいいよ」

「いいから食べてください」


 お金だけではなくパーカーなんかも持ってくればよかっただろうか、だが、後悔をしてももう遅い。

 たく、なんなのだ彼女は、いつもとは違う格好をしているのだからもう少し気をつけてもらいたいところだ。


「そういえば先輩、細かくは聞いていませんでしたがなんで本当にあのタイミングで告白をしたんですか?」

「前に進みたかったからって言わなかったっけ?」

「似たようなことを言っていましたけど敢えてあのタイミングにする理由が分かりません、私が元気なときだと邪魔をしてくるとでも思ったんですか?」

「違うよ、あれはただ単純にそうなっただけなんだ」


 まあ、全く関係していないとは言えないがそうだ。


「そんなたまたまのそれで静葉先輩に迷惑をかけたということですか」

「申し訳ないと思っているよ、だからなるべくこの前みたいに頼まれたら受け入れるつもりでいるんだ」

「なるほど、教えてくれてありがとうございました」


 丁度食べ終えたタイミングで莉子ちゃん達がやって来てお菓子を買っていた。

 敢えてここでお菓子かという感想だ、でも、なにに使おうが自由だからとにかく挨拶をして別れる。


「さて、払った分は泳がないといけませんね、楽しむことに集中したいのでなにかがあったら絶対に守ってくださいね」

「できる範囲で頑張るよ」

「はい、じゃあ行きましょう」


 今度は入ろうとしたタイミングで休憩時間が終わって丁度よかった。

 家に帰っても一人なのもあって終わる時間までいても構わないから自由に楽しんでくれればよかった。




「つ、疲れた……」

「お疲れ様」

「あの、莉子が来たらおんぶをしてください」

「いいよ? ただ、莉子ちゃんが疲れていなかったら、だけどね」


 ただ、終わるまで遊んだというのに莉子ちゃんが中々出てこなかった、完全に終わる一時間前にも遭遇して話をしたからもう帰っているなんてことはないと思うが。


「あの……」

「あ、きみは――」

「私が。えっと、莉子はもう来るのかな?」


 慌てて止めなくてもと悲しくなったものの、怖がらせないために動いてくれたのだということにすぐに気づいて直った。


「そ、それがけんかになっちゃいまして……」

「「喧嘩? じゃあいないということ?」」

「はい……、もう一人の女の子と先に帰ってしまったんです」


 多分だがその子を守るためにぶつかって、それでも解決しなくて連れて帰ってしまったというところか、もしその通りであれば彼女によく似ていると言える。


「多分、その子のお家に行っていると思うんです、なので……付いてきてくれませんか?」

「分かった、すぐに行こう」


 遅い時間に一人で出られても困るからありがたい、特になにかができるというわけではなくても家まで送れたというだけで安心できるものだ。

 もしここでこのことを聞いておきながらあっさりと解散になんてなっていたら寝られなくなっていただろうからそういうことになる。


「ありがとうございます――ん……? そういえばあなたは……」

「え? あ、僕はこの子の友達の池羽友だけど」

「と、とりあえず行きましょうか」


 目的地は意外と彼女達の家からは離れていた、これだけ時間の差があっても同じ学校に通っているということが面白い。

 まあ、離れていると言っても五分か十分ぐらい変わるだけだから大袈裟なだけの可能性もある、亮介さんからも言われているぐらいだからそうなのではないだろうか。


「はーい――うげっ」

「なんなのその反応は」

「りゅ、リュックを持ってくるから待っててっ」


 すぐに出てきて僕達の手を掴んで歩き始めた、挨拶をしなくていいのかと聞いてみると「あ、あの子とけんかになったんだよ」と言われて驚く。

 自分が原因を作ってしまったからこそだったのか。


「ちなみに『歩くのがおそい』とか『食べるのがおそい』とか言っているのが耐えられなくて先に……」

「そういう理由だったんだ」

「本当はお姉ちゃん達のところに言われた女の子も連れて行こうとしたんだけどその子、慣れない子が怖く感じる子だったからだめだったんだ」

「偉いね」


 好きな男の子がここにいてくれたらという考えが強く出てきた、ただ、姉である莉音がいてくれているのは大きいと言える。


「……でも、なにも言わずに先に帰ったのはだめだと思う」

「そうだね、でも、私も先輩と同意見だよ。動けた莉子は偉い、私も見習わなきゃなと思ったよ」


 莉子ちゃんと二人きりだったら違うよと言っていたかもしれない。

 いつもはそれが僕だからとほぼ開き直って生きているわけだが、実際にそうなっていたら莉子ちゃんにとって間違いなく悪影響になっていたわけだから冷や汗が出た。


「お姉ちゃんっ」

「よしよし、帰ろうか」

「帰るっ」


 邪魔をしたくないから家まで送って帰るつもりでいたのだが、何故か莉子ちゃんの方からまだ一緒にいたいと言われて受け入れる形となった。

 莉音からもからかってくることもなく「ありがとうございます」と言われてしまうし、なんでこうなった感は凄く残った。


「後で一旦家に帰ってお風呂に入ってくるよ」

「ここで入ってくれて大丈夫ですよ」

「いやそういうわけにもね」


 夏でも湯船につかりたい派だ、でも、汚れが浮いても栓を抜いてしまえばいい自宅とは違って自由にとはいかないから駄目だ。

 潔癖というわけではないから自分が少し汚れている程度のお風呂に入るのは構わないものの、自分が入った後に入られるのは気になってしまう。


「それならいますぐに行ってきてください、後になればなるほど許してくれなくなりますよ」

「分かった」


 でも、もうタイミング的にはアウトだったのか結局三人で移動することになってしまった――わけではなく、何故か彼女が連れてきてしまったのだ。

 そうでなくてもどうして感が強いのにこれでは困ってしまう、だが、入らなければならないことには変わらないから家に着いたらすぐに入ったが。


「そういうことだったんだ」

「うん、お姉ちゃんや友ちゃんのことを話すことが多かったから気になったんだと思う――あ、いつもいっしょにいるとても仲がいい二人って言ってあるからね」

「本当のことだから別にいいよ」


 一緒にいてくれているのに仲良くなければ悲しいからそうであってほしい。


「でも、私はお手本を見せてもらいたいんだ、二人を見て勇気を出せたところもあるからまた……」

「そればかりは私だけじゃ駄目だからね、そこでぼうっと突っ立っている先輩さんにもなんとかしてもらわないといけないことだから」

「友ちゃん」


 見つめられてもいますぐにこのまま吐き出せるわけではないから無理やり終わらせるしかなかった。

 単純にお腹が空いているというのが一番の理由だが、二番目の理由は見ていられなかったからと答えるのが正しい。

 最近までは全くこんなことはなかったのにどうしてか異性の顔を長く見ることができなくなってしまっている、相手が莉子ちゃんの場合でも発症してしまっているわけだから問題だった。


「ご飯を作るよ、お喋りはそれからにしよう」

「「えー」」


 早い時間に食べておけば寝るまでに時間ができて物足りないなんてことはなくなるからいい、が、オムライスではないことに莉子ちゃんから滅茶苦茶文句を言われてしまった。

 べ、別に長くやっているわけだからオムライス以外でも問題なくできるのだが、まあ、普段姉や母のご飯を食べているわけだから分からなくもない……ようなそうでもないようなという感じだ。


「お腹いっぱいだぁ……」


 ぐでーんと伸びてしまっている、この状態のまま運ばれることが多そうだった。

 そういうところを想像すると羨ましいという気持ちよりも大変そうだというそれが勝って一人でよかったなんて考えが出てくる。

 とはいえ、きょうだいがいるからこそのメリットもあるだろうから……。


「莉子、お風呂に入らせてもらったらどう?」

「んー、まだこうしてゆっくりしていたい……」

「じゃあ先輩、私が入らせてもらってもいいですか?」

「いいよ」


 いちいち聞かなくていいから自由に過ごしてほしかった。

 ちなみに、やっぱり帰りたいと言われても文句はなかった。

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