05話
「雨のち曇りって言っていたけど止みそうにないな」
まあ、逆ではないから傘がなくて帰れない、なんてことはないのがいい。
とはいえ、今日行くと言っていた亮介さんが来ることはないだろうからその点は残念だと言えた。
「なにぶつぶつ言っているんですか」
「雨だから風邪を引かないようにしないとなって」
「そうですね、風邪を引くと私の場合は莉子に迷惑をかけることになるから気をつけなければなりません」
ん? あの男の子はと考えている間に「船木」と彼女に話しかけた、特に嫌そうな顔をするわけでもなく彼女は相手をしている。
いや、教室に行くことはないし、連れてくることもないから本当のところはなにも知らないことになる。
「遊んだことを話したら母さんがやたらと興奮してしまって連れてこいってうるさいんだ、一回だけでも会えれば満足すると思うから家に来てくれないか?」
「メッセージアプリを利用してビデオ通話とかじゃ駄目なの?」
「面倒くさがりでそういうのには抵抗がある人なんだ、本当にすぐに終わるから来てくれないか?」
真っ直ぐに誘って遊んでいる最中にそういう話にすればよかったのに彼は僕と同じぐらい下手くそだった。
でも、気になっているのであれば中々言いづらいこともあると分かる。
だが、だからといって協力をするのも違うから彼女がどう選択をするのかを黙って待っていた。
明らかに彼からしたら邪魔だが仕方がない、気になってしまうから仕方がない。
「あ、じゃあ先輩も連れてきていいから来てくれないか?」
「え、それじゃあ意味がないでしょ」
あっ、はぁ、やはり大人しくしておくことができない人間性だった。
第三者のせいで結果が変わるというのは一番よくないことだから避けたかったというのに馬鹿な自分のせいでそのきっかけを作ってしまった。
つまり今回も自分ならされたくないことを相手にしてしまっていることになる、恥ずかしいとかではなく申し訳ないという気持ちしかなかった。
「え? あ、本当に母が会いたがっているだけなんで、勇気がないからそういうことにして誘っているわけではないんです」
「そ、そうなんだ、ごめん」
「いえ、だってずっと船木と一緒にいる先輩からしたら急に近づいて不自然ですもんね。とにかく、邪魔をしようとしているわけではないので不安にならなくて大丈夫ですよ」
しかも勘違いをされてしまっているという……。
この僕にとって微妙な空気をなんとかしてもらうべく彼女の方を見た。
「お母さんに会えばいいんだよね? それぐらいなら私一人でも大丈夫だよ」
「助かる、じゃあ今日の放課後でいいか?」
「うん、行くよ」
彼はほっとしたような顔になってから「それなら頼む」と言って歩いていった。
「なんか勘違いをされていましたね、先輩が好きなのは山下先輩なのに」
「それぐらい仲良く見えたということなら嬉しいけどね」
「私は嫌です、だって実際のところとは違うじゃないですか」
「仕方がないよ、寧ろ色々知られていたら怖いでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
ということもあって放課後は珍しく莉音とは別行動だ、しかし、雨が降っているから寄り道なんかもせずに真っ直ぐに家に帰る。
誰とも過ごしていないから時間に余裕があるため、ご飯を作る前に掃除をしたりごろごろしたりしていた。
まあ、言ってしまえば退屈なのだ、だから毎日莉音か山下さんが誘ってくれるというのはありがたいことだと言える。
雨が降っていなくてもこれぐらいの時間なら亮介さんが来ることもないため、尚更そう強く感じた。
このままでいいのだろうか、誰かが来てくれるまで待つという行為は来てくれている内はいいがそうならないと期待した分ダメージを残す。
二人の内どちらかと、どちらともいられるときはマイナスに考えることも少ないのに一人になるとマイナス方向に考えがちなのも問題だと言えた。
いっそのこと自分から離れられる勇気とも言えないそんななにかがあってくれればよかったのだが、そうしようとする自分がいないから余計に難しいことになる。
「友、開けてくれー」
「あれ」
開けるとびしょ濡れになった亮介さんがいた。
とりあえずタオルや着替えを渡して、シャワーを浴びている間に温かい飲み物を用意した。
「この季節でも濡れると冷えるな」
「朝から雨が降っていたのになんで傘を持っていないの?」
「捨て猫が入れられていた箱が濡れないように置いてきた」
「あー、たまにあるよね、意外と身近なところで捨てられているんだよね」
「そうだな」
猫には悪いが「嬢ちゃんに渡してきた」とか言われなくてよかったよ、
ほとんどは自分が関係していないところで起こっているというのに心配になってしまうのだ。
「途中で嬢ちゃんと会ったんだ、どんな感じだったと思う?」
「うーん、疲れていた、かな?」
「正解だ、よく分かったな」
慣れない相手と過ごすのは疲れる、ましてやそれが大人となれば尚更のことだ。
明日なんか甘い物でも買って食べてもらおうと決めたのだった。
「莉音はここにいるし、本当にあの子は積極的になっていないんだな」
なんなら莉音が山下さんに対して積極的になっているぐらいで、こちらは放置されているのが現状だった。
女の子だが僕よりも男らしいから気にいる理由は分かる、だが、なんとなく見ていられなくて廊下に逃げた。
相手をしてもらえなかったらなかったでいちいちこんなことをするなんて馬鹿らしいとしか言えないものの、過ごしづらかったから仕方がないと正当化するしかない。
「やっほー、君の友達に静葉を取られちゃったから来たよー」
「志知さんは同性なんだから気にしなくていいのに」
というかいつもそういうのを気にせずに近づいていたのが彼女だろう、じっと見ていたわけではなくて普通に過ごしているだけでも容易に分かることだった。
相手が親しい山下さんということなら尚更のことだ、なにを今更親友的な相手に対して遠慮をしているのかという話になる。
喧嘩をしたなら――いや、それもありえない、今日だって僕のところにいたあの子に挨拶をしていたわけだからそうだ。
「いやいや、ちょっとあの子がいるときは近づきづらいんだよねー」
「なんで? 睨んだりとかしないよ?」
不満があるときなら分かるが、基本的にはにこにこと笑みを浮かべているタイプだからなにかがなければありえないことだと断言をすることができた。
「うーん、まあこれはあたしの問題だからあの子が悪いわけじゃないよ。とにかく、静葉が暇になるまでは池羽が相手をしてよ」
「僕でいいなら相手をさせてもらうけどさ」
面白いこととかも言えないから突撃してしまった方が彼女のためになると思う。
多分、分からないから怖いというか気になってしまうだけで少しでも一緒に過ごせばすぐに変わるはずだ。
それでも一人では行きづらいということなら付いて行く、できることは少ないがいるだけで多少ぐらいはましなのではないだろうか。
「池羽はさ――」
「ちょっと待ったっ、もう話し終わったから教室に行こうっ」
「ま、静葉が大丈夫ならそうするけどさ。ということでごめん、なんか勝手に解決しちゃったよ」
「謝らなくていいよ」
慌てて止めなくたって友達を取ったりはしないが、気になってしまったということならこちらとしてはどうしようもない。
「女の子なら誰でもいいんですね、莉子をやめたと思ったら今度は静葉先輩の友達とは……」
「待って、少し話した程度でその判断はどうかと……」
それに莉子ちゃんを狙っていたとはどういうことだろうか? それこそ風邪かなんかでありもしないことが見えているのではないかと心配になる。
「事実じゃないですか、私達二人が行かないとどうなるのかがはっきりとしました」
「た、試していたってこと?」
「いえ、単純に静葉先輩とも仲良くしたかっただけですが。いやはや、まさかこんなことになるとは……」
彼女はこちらの腕に軽く攻撃を仕掛けてきてから「まあ、莉子は亮介さんに取られてしまったのでどうしようもなくなってしまったというのは実際に見て分かっていますけどね」と重ねてきたが……。
「まさかここまで異性に飢えているなんて思いませんでした」
「待って待って、勝手にそういうことにして話を進めないでよ」
「ま、半分ぐらいは冗談じゃないですよ、あっちに行かなくなったと思ったらまた違うところに行くなんて乙女としては不安になります」
「心配しなくても莉音との時間は全く減っていないでしょ? あ、き・み・が山下さんに集中していて減っているけど」
いつだって言われっぱなしで情けない笑みを浮かべて終わらせるなんてことはできない、本当のところを全く言えない関係なんて健全ではないからこれでいい。
向こうも我慢をしているだろうがこちらだってしているのだ、溜まり続けてしまったらいつかは大爆発をして戻せなくなってしまうからね。
「うわぁ、自分のことは棚に上げて私のことを責めるんですね」
「事実じゃないか、こう言われたくなければいままで通りにやるべきだね」
「ふふ、つまり私がいないと嫌だってことですよね?」
「そうだよ? だからちゃんと来てほしい」
来いよということなら行く、この前みたいに教室へ突撃なんかも一切気にせずにやることができる。
これまでしていなかったのは迷惑をかけるかもしれないと不安視していただけで、決して勇気がないというわけではないのだ。
「……先輩の方から来てくださいよ、勇気を出せたのはこの前の一回だけじゃないですか。しかもそれも私に対してではなく亮介さんに会わせるためだという微妙な理由でしたがまあ、それでも動けたことには変わりませんからね」
「分かった、じゃあ行くから嫌がらずに受け入れてね」
「嫌がった経験がないですけどね」
確かに言葉では色々と言いつつも言うことを聞いて受け入れてくれていたのが彼女だから嘘ではない。
とにかく、自分の言ったことぐらいは守るつもりでいた。
「莉音、これを受け取ってよ」
「え、い、いきなりなんです……? まさかなにか変な物が入れられているとか……ですか?」
「違うよ、この前あの男の子のお母さんと話すことになって亮介さんが疲れているように見えたと言っていたからさ、甘い物で回復してもらおうと思って」
いや待て、僕がなにかをあげようとしたらそういう思考になるとかやばい。
それなら食べ物をあげるのはこれで最後にすればいいか、流石に冗談でもこんなことを言われるのは堪える。
もちろん無理なら無理でいいと言った、嫌々受け入れられてもそれはそれで困ってしまうというやつだった。
「もう一週間は経過していますけど……」
「わ、忘れていたんだ、でも、こうして渡せばセーフ……だよね?」
「はは、なんですかそれ」
彼女は普通に手に取って「ありがとうございます」と言ってくれたが、正直、微妙な状態からは回復できずにいる。
でも、あまりに唐突過ぎて不自然なのは確かだったため、彼女が悪いわけではないということにして戻ることにした。
「はぁ」
「じょ、冗談ですからね? そもそもこれまでだって似たようなことはあって一回も問題がなかったんですからそうですよ」
「そのことで引っかかっているわけじゃないよ、やっぱり自分の方から動くのは違うと思っただけだ」
莉音が悪いわけではないということを残し、付いてこようとしてきた莉音本人を残して教室に戻る。
迷うことなく突っ伏して内側であーとかうーとか唸っていた、なんかすっごく恥ずかしいのだ。
前と同じように所詮はそれぐらいの仲だろと遠回しに言われている気がする、本人からではなく違う場所から指摘されてどうしようもなくなっている。
「も、もしもし? もしかしてまだ不安定なままなんですか?」
放課後になっても変わらないから早く帰ろうとしたら微妙そうな顔の莉音が……。
「わ、分かりました、すみませんでしたっ。親しき仲にも礼儀あり、言ってはいけないことをちゃんと分かっていませんでした」
「莉音が悪いわけじゃないよ、ただ今日は本調子ではないというだけでね。だから今日は大人しく帰るよ、また元気になったら遊ぼう」
同じように失敗をしなければここまでダメージを受けることはない、どうすればいいのかを多少だけでも分かったのが救いだ。
つまり失敗にすら無駄なことはないということだ、うん、そういうことにして今回は片付けてしまおう。
勘違いをして特に考えずに動いてしまうよりは彼女的にもいいはずだった。
「駄目です駄目です駄目でーす!」
「でも、莉音が悪いわけじゃないし……」
「そう何回も言われると私が悪いと言われている気分になってきます……というか、私が悪いじゃないですか」
首を左右に振ろうとしたら両頬を両手で掴まれてできなくなった、こんなときだというのに冷たいななどと手の方に意識がいってしまうのは問題だと言える。
「ちゃんとこっちを見てください」
「……近いよ」
「本当にすみませんした、今回のことは私が悪いのでなにも考えずにいつも通りに戻ってください」
「だ、だから近いって、別にそのことを気にしているわけではないんだって」
ぐっ、二度言っても聞いてもらえない、彼女はずっとこちらを見てきているだけで困ってしまう。
そもそもここはまだ教室で、放課後とはいえまだ生徒が残っているのだ、だというのにこんなことをしていたらどうなるのかなんて容易に想像ができるはずなのだが。
「あ、やっと付き合い始めたの? おめでとうっ」
「ち、違いますっ、これは先輩が悪く考えていたので普段通りに戻ってもらおうとしただけでっ」
……冷静に対応をしてほしかった、感情的になってしまうとそれだけ嫌だということが伝わってきて片付けようとした物も片付けられなくなってしまう。
山下さんに見られた、知られたなんてことはもうどうでもよかった、ただそれだけが気になって仕方がなかった。
「でも、普段通りに戻ってもらうためならほっぺたを触る必要はないでしょ?」
「あーもう! もう帰ります!」
行ってしまったが追ったりはしなかった。
「追わなくていいの?」と分かりやすく聞いてきた山下さんには首を振り、みんなが出て行くまでゆっくりとする。
一人になったら突っ伏してとにかく休むを意識した、早く帰っても意味はないから完全下校時刻近くまでこうしようと思う。
「あ、あの」
「戻ってくると思ったよ」
「なんですかそれ、というか追ってきてくださいよ……」
「イケメン主人公にでも頼みなよそれは、亮介さんとかどう?」
「制服を着ても明らかに大人でばればれですよ……」
それではまるで老けてみているみたいだなんて内で呟く。
ただまあ、服なんかは大きめのやつもあって貸せても制服なんかは無理だから彼女の言う通りでもある。
「あのさ、さっきみたいのはやめてよ、距離が近いと落ち着かなくなるんだ」
「あれぐらいの距離、いつものことじゃないですか」
「いや、いつもより近かったよ、それにじっと見てくるものだからもう……」
「まあ、嫌だということならやめますけど」
「嫌じゃない、でも、莉音は女の子なんだからもうちょっと気をつけないと」
勇気のある人間相手に同じ距離感でいたらあっという間に告白をされているレベルだ、ちゃんと分かっていた方がいい。
「山下先輩が好きなのに気になるんですか?」
「……そうだよ」
「えっ、ど、どうしちゃったんですか!?」
「な、なんでそこでそんな反応……」
「あっ、やっ、だ、だって先輩は山下先輩が好きなことを隠しもしないでいたわけですから……」
いや、なんでもなにも避けたいからに決まっているか、無駄に振る回数が増えることをいい方に捉える人間なんかいない。
既に荷物はまとめてあったから引っ掴んで立ち上がる、また明日ねとなにかを言われる前にぶつけて教室を飛び出した。
それでも傘をさして帰るつもりではあったのだが、残念ながら持ってきていた傘がなかったから雨の中、外にも飛び出した。
途中、いまは濡れてしまうぐらいがいいのかもしれないなんて考えで走るのはやめた、真っ直ぐに帰るにも違う気がしたから莉音が気に入っているあの場所を目指して歩いて行く。
流石にこの天候で追ってきたりはしないから雨に感謝だった、それと雨のときの方が奇麗に見えて天邪鬼かなという感想となった。
「ふぅ、うん、落ち着けた」
明日になったら謝罪をしよう、謝ればいつだって前に進めるというわけではないが足を止めておくよりはよっぽどいい。
そのためには登校をしなければならないからすぐにやめ、家に向かって走った。
「あ、もう、なにをしているんですか」
「さっきは変なことを言ってごめん」
「そんなことはどうでもいいですから早くお風呂に入ってくださいっ」
「うん、入るよ」
活発的だった小学生の頃のことを思い出せて僕としてはよかった一件だった。
とはいえ、迷惑をかけているわけだから手放しに喜べないのも事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます