04話

「それで……用とは?」


 ジュースを飲んだりお菓子を食べているだけで答えてくれないから出すしかなかった形になる。


「明日、貝殻探しに付き合ってほしいんだよ」

「貝殻か、前も集めていたね」


 いまはもう慣れたが、一番最初のときはあまりに唐突過ぎて最近のように固まってしまったぐらいだった。

 だって知り合ってから三日目に誘われたからだ、多分、余程の陽キャでもない限りは同じように反応になると思う。


「うん、集めるのが好きなんだ、だけど一人だと寂しいから池羽君に頼もうと思ってね。それでどう?」

「いいよ、もし気になるならあの子も連れて行こう」

「ん? あ、だからそういうのじゃないって」


 あの子ですぐにその男の子が出てくるぐらいには影響を受けていると思うのだがしつこく言ってもいいことはなにもないからやめておく。

 といういうことで翌日、二人で海まで来ていた。

 泳げるような場所ではないものの、彼女が欲しがっているような貝殻なんかは手に入れやすいからいい場所だった。

 やる気が出てきたり量が少なかったりすると「他県の海に行こう」なんて言い始めるから本当に感謝だ。


「ほじほじーっと、私の求める奇麗な物はどこかなー?」

「好きだね」

「作った小物入れなんかにつけたりするとおしゃれになるんだよ、ほらほら、池羽君も頑張って」


 それよりも髪をまとめているのが新鮮でそちらに意識がいってしまう、あと、いつもと同じでいい匂いでそれにも負けていた。

 しかし、夏ではなくても日焼け止めを塗っているのかなんて不安も出てきてそわそわとしてしまっている。


「池羽君?」

「おわっ、ち、近いよ」


 くそくそくそ、分かっていない状態でこんなことをしてくるから質が悪い。

 だが、彼女はふざけたわけではなく分かりやすく私不満がありますと言った顔で「もう、受け入れたならちゃんとやってよ」と言ってきただけだった。


「やるよ、やるから少し離れて」

「あー、もしかして私が相手なのにドキドキしちゃっているのかな?」


 いや、分かりやすくふざけてくれた形となる。


「そうだよ、いつも君相手にそうなっているんだ」

「って、嘘だよね?」


 だぁっ、なんでだぁっ、船木さんなんか問題にならないぐらいには鈍感だ。

 それともそれぐらいの影響しか与えられない男というだけということか? ……前々から分かっていることなのに改めて出していくと微妙な気分になるな……。


「船木さんと一緒ぐらい君といられているわけじゃないけどもうそれなりに一緒にいるんだからドキドキなんてしないでしょ? 私、池羽君が相手のときにそうなったことはないけど」

「そりゃまあ格好いい男の子が近くにはいるからね、なんなら亮介さんにも出会ったわけだし」

「格好良くても誰でもいいわけじゃないよ、だからまだ応援はできないよー」


 どうせあと一週間もすれば、遅くても一ヶ月ぐらいが経過すれば色々と変わっているはずなのだ。

 そのときだけで見ればはっきりとされてダメージを受けているが、変に期待ができてしまうよりはいい。

 後の自分のために僕も彼女も動けているということになる。


「見つけた……と思ったけど割れちゃっているなぁ」

「中々いいのはないよ、でも、夕方ぐらいまでは付き合うからゆっくり探そう」

「うん、ありがとう」


 ただ、地面をほじほじしているだけでも体勢なんかが影響してじりじりと体力を削っていく、それと気温が年々と上がっているのもあって分かりやすく影響が出た。

 水分補給は夏だろうがそうではなかろうが忘れてはならないからちゃんとしていたものの、やはり限界というのはくるもので……。


「疲れた~、しかも今日はまだ収穫なし……」

「地味に体力を持っていかれるね」

「お腹も空いてきたし、どうしよう」


 残念ながら近くに飲食店なんてものはない、二十分ぐらい歩けばあるが向こうになんて行ったらそのまま帰りたくなってしまうから駄目だ。

 僕のこのすぐに帰りたくなる人間性も選ばれないことに影響を与えているのかなんて彼女を見つつ内で呟く。


「あのー!」

「「ん? え、船木さん?」」

「ご飯を作ってきましたよー!」


 言われても困るだろうからと出かけることを言っていなかったため、彼女に言われて来たのだということはすぐに分かったが……。


「ふぅ、三人分は重くて大変でした」

「お、お疲れ様」

「どうぞ、先輩もどうぞ」

「「あ、ありがとう」」


 いちいち慌てたりせずに冷静に対応できるようにしろと遠回しに言われているような気がしたから一つ深呼吸をしてから食べさせてもらった。

 味の方は何回か食べさせたもらったことがあってそのどれもが美味しかったから心配もなかった、ちょっと偉そうではあるが安心して美味しいと味わいながら食べられた形となる。


「あ、呼ばれてもいないのにすみません、ただ、莉子も遊びに行ってあまりにも暇すぎて来てしまったんです」

「いやいや、こうしてご飯も貰えているし、池羽君と二人きりじゃないと嫌だとかそういうことはないから大丈夫だよ」

「それならよかったです」


 まだ現地に残っているのかどうかも分からないのによくやるなという感想を抱く。

 とはいえ、ここは男の僕が真似をしたら悪いことになりそうだったから参考にはならないところだった。




「もう夕方ですね、早いです」

「私はこんなにたくさん集められたんだから大満足だよっ」

「少しは手伝ったのでそう言ってもらえると嬉しいです」

「ありがとうっ、ぎゅー!」


 疲れた、帰って自分でご飯を作りたくなんかないぐらいには疲れた、救いなのは明日も休日ということで帰ったらすぐに寝ようと決める。

 結局今回も役に立ててはいないし、僕の存在している意味が全くなかった。

 途中で帰らないのは中途半端なことをしないと決めているからだが、それすらもいまとなってはいいことなのかが分からなくなってくるぐらいだ。


「池羽君もありがとねっ」

「うん、お疲れ様」

「でも、疲れちゃったから今日はこれで終わりかな、また夏になったら行こうね」


 去年の夏は山下さんや横に立っている彼女と海に行けたからと期待していた自分もいたが、いざ実際に本人から誘われてしまうと悩んでしまうのも事実だった。


「あ、体力を回復させるために駄菓子屋さんに行くからここでっ」

「今日はありがとう」

「ううん、池羽君も船木さんもありがとっ、ばいばい!」


 一瞬揺れかけたものの、すぐに疲れの方が勝って帰ることにする。

 明日なんか買って食べればいい、今日はとにかく休むのだ。


「友ちゃんが帰ってきたよっ」

「そうみたいだな」


 って、なにをしているのかこの子は……。


「ありがとうございます」

「別に礼なんか言わなくていい、嬢ちゃんがいてくれたおかげで退屈じゃなかったからな」


 ……鍵を開けたら当たり前のように上がってのんびりとし始める三人、これなら彼女の家の方がまだマシだと言える。

 それでも最低限の常識として飲み物を出してから寝転んだ、とにかく足が疲れたから伸ばせてかなり楽になる。


「友ちゃん聞いてよ、お姉ちゃんが意地悪をしてきたんだよ? 付いて行こうとしたのに『待っていて』って言われて……」

「だ、だって長時間過ごすことは分かっていましたからね、そんなところに幼い莉子がいたら調子が悪くなってしまうじゃないですか」


 僕に勘違いをされたくないからではなく、彼に勘違いをされたくないからだろう。

 ちなみに莉子ちゃんは納得ができないのか「それでも行きたかったっ」と叫ぶ、残された側としては仕方がないことなのかもしれない。


「まあまあ、今度連れて行ってもらえばいいだろ? 友なんてどうせ暇人なんだからなんなら明日にでも行けばいい」

「ほんとにっ? 友ちゃん行ってくれるのっ?」


 そうきたか、彼もやってくれるものだ。

 ただまあ、すぐに疲れて今日みたいに長時間になる可能性は低いから受け入れるつもりだった、だが、莉子ちゃんが悪いというわけではないがこのままなのも少し気に入らないので、


「亮介さんも行ってくれるって」


 無理やりそういうことにした。


「ほんと!? やったー!」

「別にいいぞ、もう嬢ちゃんのことを気に入っているからな」


 大人の対応というやつを見せてくれるじゃねえか、ま、まあいい。


「船木さん、そういうことだから明日も付き合ってもらっていいかな? 流石に僕達だけで莉子ちゃんを連れて行くのは違うからさ」

「分かりました、それとありがとうございます」

「お礼ならあの大きい男の子に言ってよ、じゃ、僕は休むからおやすみ」


 周りが賑やかでも問題なく休むことができる、はずだった。


「ぐはっ!?」

「友ちゃんねちゃだめー!」

「そうだぞ友」

「い、いや、亮介さんは無理――ぐぼべぁ!?」


 ……あれか、仲間ができるとついつい調子に乗ってしまうというあれだ。

 にこにこしていて楽しそうではあるがこちらとしては途端にここが危険な場所に見えてきてしまう。


「わ、私もいいですか?」

「えぇ!? と、止めてよっ」

「だ、だって一人だけ関わらないのもおかしいじゃないですか」


 うずうずしているんじゃないっ、甘えたいなら彼にしておけばいい。

 本当に危険だから寝るのをやめてとことん端まで逃げた、残念ながらこれでも彼女の家のリビングよりも小さいからほとんど距離はできていないが。


「大袈裟なんだよ友は」

「おおげさ……?」

「いちいち過剰な……いちいち大きな反応をするということだ」


 いやいや、物理攻撃をされればああいう反応にもなるだろう、結構勢いよくやられてノーダメージという人がいたら見てみたい。


「お兄ちゃんの言う通りだっ」

「うわぁ」

「俺が頼んだわけじゃないぞ」


 当たり前だ、もし頼んだとしたら怖いことになる。

 ちなみに未だにうずうずとしていたお姉ちゃんにはお菓子を渡すことでなんとかしておいた。




「亮介さんがいてくれて助かります、だって私と莉子と先輩だけだと絶対に放置されることになりますからね」

「僕も助かるよ、だからこうして日陰で休んでいられる」


 なんなら彼が相手のときの方が楽しそうだからこれからは毎回連れて行きたいぐらいだ、まあ、そこまで彼女の家に行くというわけではないからせめて行くときぐらいはという考えからきている。


「先輩、昨日は山下先輩の相手ばかりをしていて寂しかったです」

「まあ、誘ってきたのは山下さんだったからね、仮にも受け入れたんだから流石に船木さんを優先とはできないよ」

「じゃあ今日は相手をしてください」

「うん、亮介さんは莉子ちゃんに、莉子ちゃんは亮介さんに取られちゃっているからね。寂しがり屋のお姉ちゃんの相手をさせてもらうよ」


 いつの間にか不安定ではなくなり、少し前と変わらなくなった。

 そしてこうして遊んだりするところは前と変わらずにできている、その点は間違いなくいいことだと言えた。


「足、借りてもいいですか?」

「いいけど汚れちゃうよ?」

「それより甘えたいです、莉子ばかりでずるいです」

「はは、あ、そういうことか、亮介さんを取られちゃって甘えられないから仕方がなく僕にということだね?」


 このすぐに勘違いはしないところはいいところだと言える、一つだけでもあれば多少は精神的にも楽だから守り続けたい。

 まあ「莉子ばかりずるい」とあの子の名前が出てきた時点でこうならなければならないところだ、だから最低限のことができたということでしかないのだ。


「違います」

「じゃあこうしたくてしているということ?」

「当たり前じゃないですか、別にロボットで誰かに操られているとかそんなことはないんですから」


 唐突というわけでもないか。

 彼女が自惚れでもなんでもなくこちらを優先してくれているからこそ一緒にいられているわけだし、嘘だよねなんて言うつもりはない。

 でも、きっと魅力があるからとかではない。

 年上のくせに不安定なのもあって心配をしてくれているだけだ、うん、そうだ。


「邪魔をしてすみませんでした、でも、遊んでいるんだなと思ったら落ち着かなくて」

「や、寧ろありがたかったよ、お弁当も美味しかったよ」

「そもそも私のせいで山下先輩との時間が減っていますよね?」

「違うよ、そんな毎回毎回あの子の方から誘ってきているとかじゃないんだからさ、船木さんには感謝しかないよ。だって船木さんがいてくれなかったら基本的には一人だよ? そうしたら寂しい学生生活になっていたから」


 わがままを言ってきているわけでもないのに急に変なことを言い出すから困ってしまう、いまの僕みたいに言葉を吐いてくれることを期待してしているのだとしたらやり方を変えた方がいい。

 もっと真っ直ぐに「私のおかげですよね」とかそういうのでいい、違う方法でも嘘をついたりはしないさ。


「……どうせ山下先輩が来てくれるじゃないですか」

「来ないよ、最近がちょっとおかしいだけなんだ」


 部屋に上がることになった際も二人でここに来た昨日もあまりドキドキしなかったのはそういうところからもきている。


「おい友、友が弱気な発言ばかりをするから嬢ちゃんも弱気になっちまっているじゃねえか」

「あ、これは単純に私が弱いだけで先輩は関係ないというか……」

「つか莉子から聞いたが小学生の頃から一緒にいたんだろ? 名前で呼べよ」


 特にそういう話になったことがなかったから名字呼びを続けていたわけだが、相手である彼女が求めてくれればすぐに変える。

 うんことかそういうのだったら呼ぶのも恥ずかしいものの、そうではないのだから全く気にする必要はない。

 彼が言っているように一緒に過ごした時間が長いのもそうだ、ただ、それでも多少の差しかなかった。


「それより亮介さんはなに名前で呼んでいるんですかね?」

「友だってそうだろ、関わっている時間が少ない妹には名前呼びで長い姉には名字呼びはおかしいだろ。ほら、呼んでみろ」

「莉音」

「は、はい」

「ごめんね、このお兄さんがうるさいからあっちでちょっと話してくるよ」


 莉子ちゃんも付いてきたが気にする必要はない、いやそれどころかいてくれるからこそ効くこともあるのだ。


「最近、ちょっと不安になるんだよね、あ、亮介さんのことなんだけどさ? 女子高校生に必死だったり、小学生に必死だったり、大人の女性に必死だったりさ」

「友が必死にならないとな、いつまでも側にはいてくれないぞ」


 いつまでも側にいてくれるわけではないと片付けて半分ぐらいは諦めていたはずなのにいまでも一緒にいられてしまっている。

 困惑しているのもある、ただ、それ以上に嬉しさがあって、だが言うのは恥ずかしくて言えないでいる。


「え、いてくれないの?」


 あー、確かにいなくなるとか言われたら不安になってしまうか。

 船木さんに見ておいてもらうべきだった、そもそも注意とか僕がしなくても彼なら分かっているだろうしね。


「んー、まあ全員が残ってくれるわけじゃないな」

「いなくなったらやだよっ」

「だから疲れない程度に頑張るんだよ、そうすれば莉子の周りにだってちゃんと残ってくれる。その証拠に友はいるだろ?」

「確かにっ」


 回数はそこまでではないが確かにここまで問題もなくやれているわけだから彼の言う通りになる。

 気に入っているということが影響しているのだとしても上手いなと、不安そうな顔から一気に明るい方向へ変わったから強くそう感じた。


「年上の友が相手でもできるんだから同級生が相手なら余裕だ」

「がんばるっ」

「ああ、じゃあ姉ちゃんのところに戻るか」

「うんっ」


 ぐぐぐ、最初は警戒されていたとかそういうことではないとしてもこの一気に親しくなれてしまうところに嫉妬した。

 このまま船木さんや山下さんと仲良くされたらなにかが口から出てしまいそうだ。

 でも、会わせたのは僕だから被害者面はできないし、醜く嫉妬なんてしたらそれこそ嫌われてしまう理由になってしまう。

 詰みみたいなものだ、僕は最後まで見ていることしかできない。


「さてと、俺と莉子は休んでいるから友達は遊びに行ってこい、若いのが休憩してばかりじゃ駄目だぞ。ほら、嬢ちゃんの手を掴め」

「うん――お、押さないでよ」

「嬢ちゃんは押せないんだから仕方がないだろ、行ってこい」


 行ってこいって何度も言うがここは泳げる場所ではないし、季節的にそもそも無理だということになる。

 砂はさらさらしているものの、砂でなにかを作るというのも現実的ではない。


「先輩、莉音のままでいいですからね」

「分かった」

「というわけでほら、向こうに行きましょう」

「え? 向こうに行ってもいい場所なんてないよ?」


 なんならすぐに限界がきて戻る羽目になるうえに二人きりで来ているわけではないから離れるわけにはいかない。

 そのため、ここで満足してもらうことにしたのだった。

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