03話

「友ちゃんだっ」

「久しぶり」


 彼女は船木さんの妹の莉子りこちゃんだ、たまにこうして遊ぶときがある。

 こういうときは大体、姉の方にやらなければならないことがあるときで、いまここにあの子はいなかった。


「なんでもっと来てくれないの?」

「誘われないからかな」

「さそわれていなくてももっと来てよ」


 無茶を言ってくれるな、知らないだろうから仕方がないことではあるがそうでなくても不安定な状態のときにできるわけがない。

 それなら何故今回はということになるものの、それはこうして彼女が多少でも僕に会いたがったからだと思う。


「まあいいや、おままごとをしようっ」

「いいよ、それなら僕はお爺ちゃん役ね」

「え、お父さん役だよ、私はその子どもっ」


 お嫁さんとかではなくてその子どもか、逆にやりやすい。


「よし――莉子、宿題はやったのかい?」


 ただ言葉を発するだけではなくきちんと仕事から帰ってきた父らしい行動をしながらを心がける、中々に厳しいからこれぐらいやっておかないとこの方は満足してくれないのだ。


「やったよお父さんっ、ほらっ」

「ほう、偉いな莉子は、よしよし」

「こらっ、子どもあつかいをしないでっ」

「はは、すまない」


 スーツを脱いだら……どうするべきだ? ソファに座ったり椅子に座ったりするべきなのだろうかと考えたタイミングで新聞が見えたから広げることにする。


「なるほど、今日は莉子の好きな番組があるみたいだな」

「うん、七時からやるんだ」


 十九時だろなどといちいち指摘する父はいないから忘れないようにしないとなと返しておいた。


「ねえお父さん、お母さんはいつ帰ってくるの?」

「もう少しで帰ってくる、そうしたら美味しいご飯を作ってくれるぞ」


 ご両親が帰ってくるまでは二人で船木さんがご飯を作っているみたいだから彼女にとって限定的な母みたいなものだ、二人もいるなんて彼女が羨ましい。

 僕の家には基本的に誰かがいるわけではなかったからそういうことになる、まあ、だからこそ一人でも問題なくやれるわけだから感謝もしているが。


「たまにはお父さんが作ってほしいな、ほら、いつもなら断られるけどいないいまならできるでしょ?」

「ん? ああ、そうだな、たまには作って母さんを驚かせてやろう」


 台所の方に移動をすると冷蔵庫を開けて「ここの食材は使ってだいじょうぶだよ」と、やはりお遊びでもかなり真面目にやるみたいだった。


「お父さんなにをしているの? 早く作ってよ」

「え? あー、もしかしたら作りたい料理があるかもしれないだろう?」

「言い訳はいいから早く作って、私、お腹減ったっ」

「わ、分かったよ」


 ……食材を無駄にしようとしているわけではないからいいか、早く作って終わらせてしまおう。

 これぐらいの子はなにかを食べていれば少し前までのことなんかどうでもよくなるのだからそうした方がいい。

 とはいえ、あまり消費をしたくなかったからオムライスにしておいた。


「できたぞ」

「ありがとっ、いただきますっ」


 疲れた、他者の家の台所というのは本当に疲れる。

 仮に家主的存在、つまり船木さんがいたとしてもこれは同じ結果になるからなるべくない方がいい。


「ただいま……」


 隠れて見られていた、聞かれていたなんてことにならなくて本当によかった、僕と同じくお疲れ気味の船木さんに挨拶をしてソファに座らせてもらう。


「あれ、作ってもらったの?」

「うん、お父さんに作ってもらったよ」

「お父さん……? ああ、おままごとからの流れでそうなったんだね」


 当たり前と言えば当たり前だが、彼女に対しては敬語ではなくなるから中々に新鮮だと言える――ただ、あまり誘ってもらえないのはこういうところからもきているのかもしれないという考えになっていた。


「ありがとうございます」

「勝手に使ってごめん」

「いいですよ、それより横に座らせてもらいますね」


 物理的にだけではなく精神的にも疲れているのかそのまま体重を預けてきたため聞いてみると「もう誘われても行きません」と嫌そうな顔で答えてくれたが、どうせ次も付き合ってしまうのだろうという答えが出てきた。

 この子はそういう子だ、何故そう言えるのかは僕が相手のときにそうだったから、それで足りる。


「あれなら家でおままごとに参加していた方がよかったなぁ」

「船木さんがいたら僕はお爺ちゃん役でいられたからその方がよかったよ」


 実際に渡すことはしなかったものの、お爺ちゃん役ならお金をあげたりぼうっとするだけで済んだのだ。

 でも、父となると全く違ってきてしまうのは先程の僕を見てもらえれば分かることだと思う。


「で、先輩はお父さんで莉子はどうだったんですか?」

「子ども役を選んだよ」

「はは、普段は子ども扱いをしないでなんて言っているくせに面白いです」


 確かに、敢えて子ども役を選んだのに子ども扱いをするなとは難しい要求だった。

 船木さんがいるときはどういう選択をするのかが気になったため、今度は帰ってきてからやってもらおうと決めたのだった。




「いた、なんで今日は一人で教室を離れているんですか」

「たまたまだよ、それと理由は空が奇麗だったからだよ」


 青一色で見ていて気持ちがいい、体育のときはゆっくり見ていられなかったから着替えた後にこうしているというわけだ。

 いやまあ、本当はずっこけていまでも痛いからってところだが、そんなことを言う必要はない。

 制服に着替えているから傷を見られなくて済んだ、こけたことなんて言ったら「鈍くさいですね」なんて笑われてしまうだろうからこれでいいのだ。


「それよりこの前の男の子とは一緒にいなくていいの?」


 あと、亮介さんとどうなっているのかを教えてもらいたいところだった、連絡先はあのときは交換していなかったからあまり進展もしていないだろうが気になる。


「あれから誘われていませんからね」

「へえ、悪戯とかだったのかな」

「どうでしょうかね、私はその子ではないのでよく分かりません」


 そりゃまあそうか、それと悪戯で誘われたとも考えたくはないだろう。

 だってそういうことをされるということはよく一人からであってもよくは思われていないということだし、分からないことにして話を終わらせたくなる気持ちは分かってしまう。


「さて、そろそろ戻ろうかな」

「待ってくだ――そ、そんなにびくっとしてどうしたんですか?」


 ピンポイントに傷の場所を掴まれて痛かったというだけの話だ、ちなみにこの前のことを思い出して固まったことになる。

 本当に下手くそだとしか言いようがない、長く一緒にいるからこそばれやすいのにこれだと大変なことになってしまう。

 幸い、固まっていたことで戻るつもりはないと判断したのかすぐに掴むのをやめてくれたものの、じんじんとしていた。


「あ、いた、腕は大丈夫なの?」

「なんの話ですか?」

「さっき友達から転んじゃったって話を聞いてね」


 そのお喋りな子は誰だ……。

 何度も言うが男の子の友達は一人もいない、だが、別々にやっていたから教えたとしたら男の子ということになる。

 ただ、グループには三人の男の子がいるがなんとなく山下さんと一番仲がいいあの子なのではないかという考えがあった、いちいち言うのは謎だが。


「右肘のところ怪我しちゃったんでしょ?」

「ないない、見間違いだよ」

「「いいから見せなさい」」

「はい……」


 まだ痛むだけで大したことはない、だからいちいち他者に見せるレベルではない。

 保健室に行くようなことでもないから適当に洗って廊下でのんびりとしていたわけだが、これが間違いだったのかもしれなかった。

 少なくとも教室でのんびりとしていれば船木さんの方は、いや、どうあっても山下さんの友達が教えてしまう限りは変わらなかったということかと内で溜め息をつく。


「よかった、そんなに酷い感じじゃなかったんだね」

「当たり前だよ、酷かったらこうして呑気にここでゆっくりしていないよ」


 なんてね、これよりも酷い怪我をした際ににこにこしていたことがあるからいまのは嘘だ。

 何故か自分の血を見るとわくわくするという中二病的なところがあったため、昔は一緒にいてくれた子に引かれていたし、呆れられていた。


「あとあなたは本当にじっとしていられない子だね」

「教室で過ごす時間も好きだけどこうしてぼうっとするのも好きな時間なんだよ」

「まあいいや、船木さん、ちゃんと見張っておいてね」

「分かりました」


 好きな子から問題児を相手にするときみたいな対応をされてもショックとかそういうことはなかった、でも、言葉でちくちく刺されて喜ぶ人間でもないから少しずつ変えていきたいという考えはある。


「あの、すみません、掴んだとき痛かったですよね?」

「痛くないよ、怪我にはある程度の耐性があるんだ」


 転ぶぶつかる血が出るなんてことは日常茶飯事だからこれも嘘ではない、若い頃はそれだけ活発的だったということだ。


「痛いの痛いの飛んでいけー」

「莉子ちゃんは女の子だから怪我ばかりということはないでしょ?」

「そうでもないですよ、あの子、勢いだけで行動をすることも多いですから。というか、どうして急に莉子の名前が出てきたんですか?」

「姉妹で似ているね」

「はい? 私は勢いだけで行動をすることなんてないですよ」


 よく言うよ、寧ろ勢いで行動をするときばかりではないだろうか。

 前の話ではあるが急に泊まるとか言い出したり、可愛いという理由だけでUFOキャッチャーに五千円近く注ぎ込んだり、特に太ってもいないのにダイエットをしたりとこうしてすぐに出てくるというのにこの子ときたら……。


「あとさ、なんで船木さんは僕よりも大きいの?」

「三センチぐらいしか差はありませんけどね」

「致命的な差だよ、いまだって子ども扱いをされたのはそういうところからきているよね?」

「先輩が莉子とよく似ています」


 それは莉子ちゃんに悪いから止めるとして、身長の方はどうにもならないことだから諦めるしかなかった。

 自分で言っておきながらダメージを受けるなんて馬鹿なことをしたのだった。




「この服とこの服、どっちがいいですか?」

「船木さんにということなら左で山下さんにということなら右かな」

「なるほど」


 女の子のすごい点はお金があって買えるというわけでもないのに見ているだけで楽しめることだ、僕だったら欲しい物が現れるだけで買えないという事実に嫌になってすぐにやめてしまう、というかまずお金がない状態でお店に行ったりはしない。


「先輩は私に短いスカートを穿かせて足を見ようとしている……と、参考になりました、はい」

「服だよね? なんでそこからそういう考えになるの?」

「だってこれに合う物を考えたらそうじゃないですか」

「無闇に出すのはやめよう、そんなことをしなくても十分だよ」


 服屋ではこれぐらいに終わりにして今日もご飯を食べて行くことにしたのだが、


「あれ、亮介さんですね」

「本当だ、こんなこともあるんだね」


 亮介さんを発見して一気に意識が持っていかれた。

 家に来てくれても家を知っているわけではないからあくまで想像でしかないが、ここら辺に住んでいるのかもしれない。


「まじかよ……」

「ん?」

「……いやほら、一緒にいる人が女の人だったからさ」

「異性と一緒に出かけることぐらい普通のことじゃないですか、私達だってそうですよね?」


 そういうことが言いたいわけではなくてね? 彼女は鈍感なのかもしれなかった。

 こんな感じでいられると困ってしまう、とはいえ、いいのなんて聞いたところで期待できるような答えは出てこないだろうし……。


「あ、こっちに来るみたいですね」

「ど、どうする?」

「逃げる必要はないです、堂々としていましょう」


 どうやら空気の方も読めないみたいだった……。


「やっぱり見間違いじゃなかったんだな」

「ちょ、ちょっと、あの方はどこのどなたなの?」


 小声で聞いてみると「会社の同僚だ」とあくまで慌てることなく答えてくれた。

 だが、仮に違った場合は間接的にでもこの人に迷惑をかけてしまうことになるから重ねていく。


「本当に?」

「そんなことで嘘をついてどうするんだよ。それより友、ちゃんと問題なく誘えているじゃねえか」

「誘ったというか誘われたという感じだけどね、あと」

「あと?」


 好きな子ではないと言いづらくて今日も固まる羽目になってしまった。

 というかこれ、結構最低なことをしている気がする。


「先輩が好きなのは私じゃなくて他の女の子なんです」

「そうなのか? おいおい」

「み、みなまで言ってくれなくても十分です。邪魔をしても悪いのでこれで失礼しますね、亮介さん」

「さん付けなんてやめろ、冬というわけでもないのにぶるっとなるから」


 少し離れたところで足を止め、彼女には謝罪をした。

 利用するみたいになってしまっていることや、差を作ってしまっていることなんかも全部ぶつけておいた。


「私は友達として先輩といるだけです、だから謝罪をされても困ります。それに好きな人と友達では違って当たり前だと思いますが?」

「だけど僕はされたくないからさ、そのされたくないことを僕は自然としてしまっているわけだから謝罪を……と思って」

「自己満足、自分のためですよね? それなら謝られる方が嫌です」

「ご、ごめ――うん……」


 彼女との時間だって欲しいとわがままな自分がいるからやはり離れるような選択はできない、とはいえ、彼女が離れたがっているのであれば止めないし、離れても追ったりはしないと誓おう。


「いいからご飯を食べに行きましょう、ステーキが食べたいです」

「ステーキか、それならあそこかな」


 同じ建物の中にあるからいちいち長い距離を移動することもなく楽しめる、僕も沢山食べてごちゃごちゃをなんとかしよう。


「これを二つお願いします」


 注文を済ませて少し流れが変わったところで「なんでこのタイミングでだったんですか?」と聞かれた。

 前々から引っかかることはあったというのと、あの二人を見たら強く出てきたからそのまま従ったのだということを教えておいた。


「あの人は彼女じゃないみたいですよ、ほら」

「あれ、いつの間に交換していたの?」

「こそこそーっとしてもらいました」


 そうだよな、普通はこうなる。


「それと亮介さんは先輩のことばかりを聞いてきて困っています」

「直接聞くように言っておくよ」


 なーにをしているのか、もっと細かく教えてあげられるから僕本人に聞けばいい。

 いらない情報だって教えてあげるさ、聞きたいということならいくらでもね。


「困るだけで別にいいんですけどね」

「その顔的にもっと私に興味を持ってほしい、というところかな?」

「いえ、いっぱい聞かれても怖いので実はありがたい面もあるんです」


 怖いということはよく分かる、例えば彼女や山下さんが知ろうとしてきた際に似たような感情になるからだ。

 近づいてきてくれて嬉しいはずなのにどこか警戒をしてしまう自分もいるのだ、直そうとしてもそう簡単には直ってくれなくて困っている。


「確かにそうだね、成人と未成年ということでもあれなのに女の子の情報をいっぱい聞き出そうとしていたら止めるよ」

「先輩と亮介さんは似ています」

「あそこまで格好良くないし、動けないよ、だから全く似ていないよ」


 料理が運ばれてきて今回も終了となった、あと、食事中は珍しく会話もなく目の前の料理に集中することになった。

 不機嫌になるスイッチがどこに隠れているのかが分からないから怖い、既に踏んでしまっているのだとしたら料理を頼んでいたとしてもよくいてくれているなという感想になる。


「ごちそうさまでした」

「もう少しかかるので待っていてください」

「焦らなくていいよ、先に帰るつもりなんてないんだから」


 残念ながら圧になったのか急いで食べてしまっていたが……。

 とにかくお会計を済ませて帰路につく、帰り道も残念ながら会話がなくて流石に気まずかった。

 でも、彼女の家がそう離れているわけではないというのが救いで、なんとか解散にできた形になる。


「待っていたよ」

「挨拶をしたんだから用があるならそのときに言ってくれたらよかったのに」

「邪魔をしたくなかったんだ、それに船木さんのことを考えて遅い時間までは付き合わせないと分かっていたからこうして待っていたんだ」


 僕と関わってくれる子達はこういうことが好きすぎる、ちなみに莉子ちゃんにもやられたことがあったからそのときのことを思い出して微妙な気持ちになった。


「上がるとか……言わないよね?」

「え、なんで? ゆっくりお喋りがしたいから上がらせてもらうけど」


 亮介さんかもんっ、会わせておく必要がやはりあったから感謝をしておけばいい。

 そういうのもあって感謝こそすれどというやつで、ちゃんとぶつけておいた。

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