第11話 いざ、護身術の授業

 校内見学から数日経ったころ、星見学園も学校の様相を見せており、授業が始まった。

 そして、今はそんな苦痛を乗り越えた後の少しの憩いの時間。表裏ひょうり掬央きくお想太そうたと次の授業場所へと向かっていた。

 げっそりと、背中を丸めて歩く表裏とは対照的に想太は拳を握り、やる気満々であった。


 「何で食べた後に動かなくちゃいけねえんだよ」


 「全くだ。なんだか、体調が悪くなったような……」


 「もう二人とも!まだ始まってもいないんだよ!」


 「そうは言っても、護身術の授業なんて痛そうだし」


 そう、表裏たちが次の時間に開ける授業は護身術であった。

 護身術。今までは何とも思わなかったが、いざ自分がするとなると何だか威圧感を持った響きに表裏には感じられた。

 彼は受けてみた自分の姿を想像してみた。頭の中の彼はあっという間にアザだらけになって白旗を振っていた。

 顔をしかめる。そして、ありもしないアザを探して袖をまくった。


 「保健室に行ってくる」


 「そんなに行きたくないんだ……」


 「そうじゃなくてな。湿布を貰いに行こうと思って」


 「本当に怪我してたの?大丈夫?」


 「ああ、心配はいらねえ。これから怪我するからあらかじめ貼っておくだけだ」


 「そこまで覚悟が必要かな!?」


 「用意が足りんな。見ろ!俺はすでに万全だ!」


 掬央はどうやら何かを準備してきたようであった。ゴソゴソと持ってきていた鞄を漁っている。すると、目当ての物を見つけたようで取り出してみせた。


 「ヘルメット?」


 「その通りだ。これがあれば頭への衝撃は防げると言っても過言ではない!」


 「お前、そんなもんを持ってきやがって。ずりいぞ」


 「お前の想定が甘いからだ。それに驚くのはまだ早い。これはおまけのようなものだ。極めつけはこれだ!」


 続いて掬央が取り出したのは折りたたまれ布であった。

 掬央がそれを広げるとどうやらそれは服であったようだった。腕を通す場所、頭を通す場所とそれぞれ違うサイズの穴がある。

 しかし、表裏にはそのような物で衝撃を防げるようには思えなかった。


 「その顔はこの服の性能を疑っているな。まあ、見てみろ」


 それは服の上から着られるタイプのようで掬央は制服の上からその場で着用した。

 全て着終わった後、脇腹のあたりに手をやって何かを掴んだ。掴んだそれは服から垂れていた紐であった。


 「車には安全のためにエコバッグが備え付けられているだろう?この服はそれと同様の効果を全身に得られる優れものなのだ!」


 掬央が勢いよく紐を引っ張った。すると、瞬く間にシューという空気の音が響き、何倍にも膨らんだ。

 その姿はまさしく完全防備といった様子であり、表裏が試しに軽く叩いてみても全く手応えがなかった。


 「これが準備の差……。俺とはレベルが全く違う……!」


 「保健室でも何でも行ってくればいい。俺にはその必要はないがな」


 「くそっ……!」


 表裏は圧倒的な差に打ちひしがれた。意識の高さの違いを見せつけられたのだ。今から逆転する方法は思いつかなかった。

 

(穴でも開けてやろうか)

 

 ついには穴を開けるか検討をしだした。勝てないと悟った瞬間に相手を蹴落すことを考える最低なやつであった。

 そうやって表裏が意気消沈している間、想太は興味が引かれたのか何度も感触を確かめていた。「へー」や「ほー」なんて声を出しながら叩く位置を変えていく。

 

「ほんとにすごいね。これなら、倒れたってへっちゃらだ」


 そうして、ひとしきり感心した後に、彼は首を傾げた。


 「でもこんなにすごいの、高くはなかったの?」


 「ああ、セールか何かで安くなっていたようでな。即決で買った。どうやら、運命までもが俺の味方をしているみたいだ」


 掬央は胸を張ってみせた。確実に有頂天になっている。

 だが、想太が言ったことも正しく、普通は学生が手に入れられる物ではない。

 このような物が易々と手に入るのか。セールだとしたら売れ残ってでもいたのだろうか。

 などといったことを表裏が考えていると、掬央は防具をつけたことで気を大きくしてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


 「そろそろ、時間だな。これにヘルメットを付けた俺に死角はなくなる。そういうことだ。じゃあな、俺は先に行く」


 表裏は歯噛みする。何かこの目の前の壁に匹敵するアイテムはないのか。

 視線を忙しなく動かす。

 廊下には通路を塞がないために物が少なかった。

 見つけられたのは消火器と非常通報ボタンだけだ。


 (いや、いけるか……?)


 ボタンは持ち運べないが、消火器は可能だ。それを駆使して何ができるか。想像する。少なくとも目眩しにはなるはずだ。

 だが、防ぐには心許ない。

 そもそも、非常時に使うものなのでそのような用途では迷惑にしかならないが。

 表裏は掬央を睨みつける。視線だけで穴が開きそうな眼力だ。


 (ん……?)


 その時、掬央からひらひらと何かが落ちた。それを表裏はそっと拾う。

 そこには何文にもわたって目の前の服について書かれていた。説明書だ。

 表裏はそれに目を通していく。

 ほとんどの内容はいかに防御力が優れているかということについて強調して述べられたものだった。

 表裏は投げ捨てたくなった。頑強さについては十分にわかっている。

 所々読み飛ばしていく。そして、最後の一文まで読みきってポイと投げ捨てた。結局、性能自慢が続いただけだった。

 

 「それは、何だったんだ?」


 「説明書らしい」


 「ほう、この服の素晴らしさでも書いてあったか」


 「ちっ、読んで損した」


 「お前には関係ないことだからな!」


 手から離れた紙が裏向きの状態で落ちる。しかし、そこに余白は広がっていなかった。

 裏面にも文があったのだ。

 それに気づいた表裏はすでに読む気が失せていたが、どうせならとチラリと眺めてみた。


 『注意!防御力を追求し、通常よりも大幅に膨らませたため動けません』


 何を言っているのだろうか。冗談だろう。あそこまで自慢していたのにそんな欠陥があって良いはずがない。頭を振り、気を取り直して読み進めた。

 すると、その下にも小さく文字があった。目立たないようにでもしているのか、顔を寄せて目を凝らしてようやく読める大きさだ。


 『なお、これは我が社の社員による悪ふざけで産まれた製品です。なので、気をつけてね!』

 

 その文を読んだ表裏はその紙を地面に力の限り叩きつけた。


 「そこまで悔しいか!ふっ、俺は高みの見物でもさせてもらおうか!」


 そんな表裏の行動を悔しさによるものと考えた掬央が大きく口を開けて笑う。

 そんな彼に向かって表裏はがくりと肩を落として頷く。力なく項垂れた彼に向かって掬央は告げる。


 「ヘルメットぐらいなら貸してやってもいいかと思っていたが、お前にはもったいないな!しかし、どうしてもというならお願いしてみるんだな!掬央さんとな!」


 「……掬央さん」


 「どうした聞こえないぞ。もっとはっきりと言うんだな!」


 耳に手を当てる掬央。自分が優位に立った途端にこれでもかと調子に乗り、醜い心が全開である。

 ぽつりと呟いた表裏は今度こそ聞こえるように言う。


 「動いてみろよ、掬央さんよお!」


 その言葉と同時に掬央を押す。当然ダメージは入らないが狙いは違う。

 凄まじい防御力を誇る服を身にまとっているはずが倒れていく。

 表裏の行動を余裕の笑みで見ていた掬央の表情が困惑したものへと変わる。あまりにも踏ん張りが効かなかったのだ。

 そしてすぐに起き上がろうとするが上手く手をつけない。ひっくり返った亀のようにもがくことしかできない。


 「何が起こっている……!?この服は絶対防御なはずだ!」


 狼狽した掬央に表裏は先ほどの紙を見せつけた。始めはゆっくりと左から右と動いていた目が、上下左右と忙しなくなっていく。顔中に冷や汗をかき、唇を震えさせる。


 「な、何が書いてあったの?」


 想太にも見せると言葉を失い、乾いた笑みを浮かべた。

 表裏は倒れたままの掬央を見下ろす。完全に立場が逆転した。

 彼は先ほどの掬央に負けない醜悪な笑みを見せる。悪は打倒されたのだと、清々しい気分だった。

 今ならば、目の前の掬央も許せそうな気がした。

 膝をついて手を伸ばす。


 「た、助けてくれるのか!?」


 「何言ってんだ。俺たち友達だろ。ほら、これ。忘れ物だ」


 掬央の上に置かれたのはヘルメットであった。

 そして、用は済ませたと立ち上がる。喚く掬央を無視して笑顔で想太に声をかける。結局、気のせいであった。

 

 「早く行こうぜ。遊んでる暇なんかないしよ」


 「それは、そうだけど置いていっていいの?」


 「ん?ああ、良いだろ。何せ俺には勿体ないぐらいの素晴らしい防具があるらしいからな!」


 「ま、待て!いや、待ってください!一人じゃ脱ぐこともできない!だから、どうか助けてくれ!」


 「そんなこと言われてもなあ、時間がないしな」


 「なら、せめて連れて行ってくれ!」


 「はあ、仕方ねえな。こんな時こそ助け合いだもんな」


 優しい笑顔を浮かべる。授業に遅れて先生に迷惑をかけることはいけないことだ。表裏は過去の出来事を都合よく忘れることができる男であった。

 表裏は動けなくなった掬央を授業場所まで連れて行こうとする。

 しかし、運ぼうにも膨らんだ服が邪魔して上手く持ち上げられない。

 だから、足を掴んだ。他に方法がないからと引きずって歩く。ヘルメットもしっかりとつけてやり、対策も万全なため安心であった。

 廊下、曲がり角、そして階段と進んでいく。


 「ちょ、ちょっと待て。段差で揺れて……。さっき食べたものが……」


 「もう少しだ。急ぐぞ!」


 「こ、このやろおおおお!」


 授業場所についた時にはすでに掬央は顔面蒼白で満身創痍であった。

 そんな彼の恨みかましい視線を受けながら、表裏はいい汗かいたと持ってきていたタオルで顔を拭った。

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ウラガワハッピーエンド! KN @izumimasaki

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