第10話 入学理由

 「そこの大バカは置いておいて、話の続きをしようぜ」


 「そうだね。無駄に逸れちゃったからね」


 黄昏ている掬央きくおを放置して話の続きに戻る表裏ひょうりと想太。

 とは言っても、最後の一つは表裏ひょうりも知っているものではあるが、とりあえず全て聞こうと想太の言葉を待った。


 「最後の一つは当然この学校、星見学園だよ。生徒数は先の二校と比べてもダントツで多く、規模も大きいんだ。星見学園の特徴は学園長が入学式の時に言っていたけど、自由な校風だね」


 「自由って言ったってそんなに変わるもんか?」


 「色々自由なところはあるだろうけど、何よりも選択科目によって様々な分野を学べるところかな。

 目指す職業に関係なく十全な指導を受けられる。そうすると、選択肢がすごく広くなるんだ。

 実際に、この学校の卒業生は多種多様な分野で活躍しているらしいからね」


 「なるほどな、そりゃこんなにでかいわけだ。想太もそれ目当てで入ったのか?」


 「それもなくはないけど、メインは違うかな」


 想太は表裏に見せていたスマホを鞄にしまう。そして、人のいない厨房を見て静かに目を伏せた。

 何があったのかとつられて表裏も見るが何もない。思わず尋ねようとすると、それより先に想太が口を開いた。


 「––––自分を変えたいと思ったんだ」


 「自分を?」


 「うん。僕はいつも臆病で人の意見に流されてしまうんだ。さっきだってそうだ。言われるがままにあんなに鍋が多くなってしまった。食べきれないとわかっているから、断るべきだったのに」


 先ほどよりも明らかに声のトーンを落として話す想太。ポタポタと机に雫を落としてもいる。しゃくり上げ途切れさせながら言葉を紡ぐ。

 表裏が思っているよりもずっと、今回のことを気にしているようだった。

 だからこそ、表裏はあっけらかんと言う。


 「そんなもん誰にでもあんだろ。俺だってラーメン屋でおすすめって聞いたらついついそれを選んじまうし。よくあることだと思うぞ」


 「でも、僕は昨日から君たちに迷惑をかけてばっかりで……。やっぱりこのままじゃダメなんだ」


 「迷惑ならこっちだってかけてる。俺は先生の話も聞いていないし。感謝もしているぜ。ほら、昨日あんだけ悪目立ちしたから、ちょっと不安だったんだ。避けられるんじゃないかって」


 「浦原君……」


 「だから、お互いさまだ!」


 昨日の夜、表裏は自宅で頭を抱えてゴロゴロと何度もベッドの上を転がっていた。

 初日から問題を起こした生徒。それは白い目で見られて当然であったからだ。そのため、表裏はマスクでもしていこうかと本気で考えもしたのだ。

 だが、蓋を開けてみればある程度は話が広がっていたようであったが、想太と話すせるようになって表裏にとって杞憂と言えるものとなった。

 だからこそ、表裏は言った通り想太に感謝していた。そして、励ましの言葉を送っているのだ。

 表裏の言葉が効いたのか顔を輝かせた想太であったが、瞬く間にまた曇ってしまった。


 「まだ気にしてんのか?」


 「気にしてはいるけど、君が言ってくれたから……。ただ、それでも変わらなくちゃって思って」


 「どうしてだ?」


 「僕の不自然アンナチュラルの話になるんだけど」


 「そういや、まだ聞いてなかったな。どんなやつなんだ?」


 昨日不良たちから逃げた時に使っている様子はなかった。だから、表裏は戦えるものではないと考えていた。

 そして、それが自分を変えたい話とどう関係するのか彼には見当がつかなかった。


 「僕の不自然アンナチュラルは感情と深く繋がっているんだ」


 「感情と?」


 「例えば、喜ぶと身体を軽くしたりできるんだ」


 「それに問題はねえように思うけど、違うのか?」


 「確かにこれには問題はないよ。だけど、これはプラスの感情だけじゃなく、マイナスの感情にも影響を受けるんだ。昨日だってそうだ。恐怖があって、身体が固まってしまったんだ。そして、君が来るまで逃げられなかった」


 「マイナスな感情……つまり、恐怖すると、過剰にそれの影響を受けて、他の感情にもってことか?それでお前はそれを何とかしたいと思ってここに来たのか」


 「うん、そうなんだ。僕は弱いから人の意見に流されるし、すぐに怯えて腰を抜かしてしまう。だから、僕は強くなりたいと思ったんだ。そんな恐怖にも負けないように」


 強くなりたいと語る想太の姿はどこか余裕がなかった。よほど切羽詰まっているのだろう。その焦りは表裏にも伝わってきた。

 想太が抱えてる悩みを表裏は知った。

 しかし、表裏には到底それに共感できなかった。

 とは言うものの関心がないわけではない。

 なぜなら、表裏から見た想太はすでに––––。


 「お前は、もう強いだろ」


 「……僕が?どこが……」


 「自分を見つめて変わりたいと思えたところだ。変わりたいと思い、実際に行動に移す。それは凄いことだと俺は思う。俺は自分の弱いところなんて見たくないし、目を逸らしちまう。でも、お前は違った」


 「そんなことないよ……」


 「あるさ。人の意見に流されるなんて言ってたけど、自分でこの学校を選んだんだろ?なら、もうその時点でお前は自分の意思を持った強いやつだと俺は思う」


 「でも、僕には自信がないよ」


 「俺もこのバカの言う通りだと思うがな」


 放心していたはずの掬央が口を開く。どうやら、しっかりと話は聞いていたみたいであった。

 彼は頬杖をつき、力を抜いた姿勢のまま鼻を鳴らす。


 「俺たちを見てみろ。片や滑り止め。片やペラッペラな理由だ。お前の方がよっぽど強固な意思を持っているだろ」


 「それは……そうかもしれないけど」


 掬央の言葉に苦笑していた想太であったが、先ほどよりも弱気が薄れていったようであった。

 どこか釈然としない表裏であったがそれは頭の片隅に置いておいた。


 「それで認めるのかよ……。まあ、それならそれで良いけどよ。まだ弱気になるってんならこれから強くなろうぜ。一緒にな!」


 「う、うん!」


 まだ、スタートラインに立ったばかりであるのだ。如何様にもなれるはずだ。そう思い、表裏は手を差し出した。

 目元を腫らした想太はおっかなびっくりと表裏の手と顔を見比べた後、照れくさそうに笑いながら手を伸ばした。

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