第7話 校内見学
その後、教師が挨拶と軽く学校生活についての説明を行いホームルームを終えた。
また、教師は今日一日まるごと新入生の校内見学の時間であるとも言った。
この星見学園には多種多様な施設があり、また一つ一つの規模も多いため何も無しでは迷ってしまう人が続出してしまうからであった。
校内見学は決められた順番はなく、気になった所から好きに回って良いそうで各々親しくなった者と連れ立って教室を後にしていった。
そんな中、
そうして、どうしようかと悩んでいると自然に教室内に残る人数も少なくなり、見知った顔ばかりとなった。
「自由に回って良いだと……。これのどこが自由なんだ!」
「かわいそうな奴め。お
「お前だって同じだろ!というかお前、教室に入ってから何してたんだよ」
「お前と違ってコミュニケーションを取っていたんだ。お前と違ってな」
先ほどから姿を見受けられなかった
一瞬、ぐっと歯を噛み締めた表裏であったが、息を一つ吐いて緩めた。
「バカめ!騙されねえよ!お前だって俺と同じで––––」
「長井君またねー」
「ああ、またな」
表裏の言葉を遮るように声が聞こえた。男性の声よりも明らかに高く溌剌とした声。
表裏にはそれがわからなかった。一体誰が発した言葉なのか、誰に向けられた言葉なのか。どうしても脳が理解を拒んだのだ。
「男ではない、ならば一体誰だ……!?」
「女子に決まっているだろ」
「あ……あ、嘘だ!何かの間違いだ!」
「俺はお前と違って女心をわかっているんだ」
表裏は膝をついた。伏してしまった顔は床を一心に見つめる。ただ木目を数え、心を落ち着かせようとする。昨日天井を突き破り落下した時よりも重く身体が重力に負けそうになっていた。
そんな表裏の体に影がかかる。表裏に対し手が差し伸べられた。その相手を見つめるために顔上げると、それは表裏と同じように膝をついた
「どうして」なんて言葉が口からこぼれ落ちる。そして、ゆっくりと度々引っ込める素振りを見せながらも掬央の手を掴もうと表裏は動いた。
しかし、その手は空を切り虚空を掴むのみだった。思わず
それに対して
「はっ」
鼻で笑ったのだ。同じスタートラインに立ちながら一人だけ先に抜け駆けをしたのだ。それどころか、それを恥じることなく嘲ることさえしてみせたのだ。
「俺たちの友情はどこにいった!裏切り者!」
「頼りきった友情なんて醜いだけだ。それぞれがそれぞれで自立すべきだ。だから、俺は先に行く!」
「引っ張り合うのが友情だろ!」
「確かにお前は色々と引っ張ってくれたな……足だかな!」
「足を引っ張ってたのはお前のほうだろ!」
「ならば、どちらが足を引っ張っていたのか今ここで白黒はっきり決めてやる!」
「上等だ!」
そうして、表裏と掬央の二人はいがみあってから取っ組み合いを始めた。周りの生徒はほとんど先に見学へと向かっており、二人は完全に時間を無駄にしていた。
だが、わずかに残った生徒のうちそんなくだらない喧嘩を止めようとする者もいた。
「もう二人とも!そんなことしてたら時間がなくなっちゃうよ!早く行かないと!」
それは想太だった。どうやらまだ教室を出ていなかったようで、机を強く叩いて二人を宥めた。
その注意によって頭が冷えた二人は時計を見て、急いで準備をした。
そんな二人を想太はため息をついて待っていた。
少々時間を食ってしまったが表裏たちはサッと準備を終えて教室を出た。
間に想太を挟みながら並んで廊下を歩く。
「で、どこから行くんだ?」
表裏はあくびをしながら二人に聞く。腕を上げながら体を伸ばしているほど気の抜けた態度だった。
「んーどうしようか。長井君は何か見たいものはある?」
「俺は特にないな」
「面白みのないやつめ」
「黙っていろ出遅れ」
「何だと!」
「もう!喧嘩しない!二人がどこでもいいって言うなら僕が決めるから!」
想太が乱雑に学園のパンフレットを鞄の中から取り出し、地図を開いた。
そこには、事細かく施設の場所や特徴などが書かれていた。
そして、想太はその地図のある部分を指差した。
「まず、ここから行こうよ」
「そうすっか、パッパと行こうぜ」
「そうだな、誰かみたいに出遅れないようにな」
想太が指した場所は現在地から最も近い場所であった。そのため、表裏が掬央の言葉によってヒートアップするまでもなくあっという間についた。
渡り廊下を進み、すぐそこにあったのは大きな体育館だった。
正面の出入り口とは別の横の扉を開け、靴を脱いでから中へと入る。
体育館の床は光を反射し、壁もその明るさを強調するような白であった。
「すごいきれいだね」
想太が言うように隅々まで手入れが行き届いており、パッと見たところ汚れは見られなかった。
「おっ、見ろよ。あんなとこにバスケのゴールがあるぜ」
「本当だ。どうやって使うのかな?」
「そりゃ、ウィーンって感じで出てくるんだろ」
「観覧席まであるときた。やはり中学までのものやそこらの公園よりもよっぽどしっかりしているな」
そうして、表裏たちはここで行う授業はいつになるのかなんて考えながら体育館を後にした。
次に向かったのは今表裏たちがいる校舎の向かいにある別の校舎だった。そこには、音楽室や美術室など様々な科目ごとの教室があった。
まず、表裏たちは音楽室へと向かった。そして、駆け込むように中へと入った表裏だったが、明らかに高いであろう楽器を見た途端、壊さないようにそろりと慎重に距離を取り、遠くから眺めるだけで収めて、外に出るとほっと息をついた。
「ずいぶん、静かだったな」
「仕方ねえだろ!あんな高そうなもん、もし傷つけたらいくらなんだ」
「確かにすごい高そうだったね。あんなのも授業で扱ったりするのかな」
「俺はごめんだ!手が震えて練習もできねえ!」
「じゃあ
「選択科目?そんなもんがあんのか?」
「さっき、先生が言ってたじゃん。音楽とか美術とかそういう科目は選択制でどれか一つ好きなのを選んでくださいって」
「やべえ、聞いてなかった」
「俺もだ」
「本当に何やってるのさ……。もう一回説明するからちゃんと聞いてね」
そうやって想太から説明された話をまとめると、数学や国語などの主要科目以外は選択制であり、希望する進路や興味に合わせて決めていいということであった。
さらに、いつでもというわけではないが変更もまた可能で目標が変わっても問題がないようにされているそうであった。
「ふむふむ、なるほど」
「理解した」
「わかった?じゃあ続けるね。美術や音楽の授業は他の学校にもあるけど、この星見学園には戦い方、所謂護身術も選択科目として存在するそうなんだ」
「護身術だと?どうしてそんなもんがあんだ」
「
「へぇーそんなんもあんのか」
「あ、後上手く
「なるほど。確かに俺も上手く制御ができないといったケースを耳にしたことがある」
音楽室を出て美術室などの様々な教室を見学しながら想太から話を聞く表裏と掬央。
そうして、その校舎にある教室を全て見て回った表裏たちが次の目的地と定めたのはグラウンドであった。
「おっ、畑もあった」
「まさか、農業までも選択科目とでも言うのか……」
「あるみたいだね。釣りやキャンプの仕方を学ぶみたいなのもあるみたい」
「すげえな。そんだけ教えられるもんなのか?」
道中に目についたものについてそんな会話をしながら進む。歩くこと数分、表裏たちが目にしたのは野球場が何個入るかと考えてしまうほど大きなグラウンドだった。
「うおっ、広っ!」
「生徒の数が多いし、護身術の授業でも使うのかもしれないね」
「それにしても壮観だ。これほどまでの広さがあったら使い放題だな」
そうやって表裏たちが目を輝かせてグラウンドを見ていると、不意に風になって鼻をくすぐる匂いが届いた。
それは花のような柔らかで包み込むようなものではなく、香ばしく思わず涎が出てしまうような匂い。
もう少しで昼休憩の時間が来るとはいえ、腹が空き始める頃。だからこそ、それは表裏たちの食欲を刺激した。
「食いもんの匂い……!」
「本当だ。食堂かなあ?」
「いや、近い!表裏、想太、行くぞ!」
三人は匂いの元を目掛け走る。すると、グラウンドの隅に座っている人影が見えた。
その人物はグラウンドに降りるための段差に座り、
パチパチと炭が弾ける音が表裏たちの耳に届き、パタパタと小さな風に煽られて舞う煙が何が行われているのかを教えてくれた。
現在表裏たちの目の前にいる人物は学校で七輪を用いて魚を焼いていたのだ。
「あ、やば。バレちゃったかな……。まあ、君たち新入生みたいだし平気か」
「いや、何やってんだあんた……。こんな堂々と」
「ちょっと小腹が空いちゃってね」
「そうだとしてもグラウンドで焼くなんて、つまみ食いとかなんてレベルじゃないよ……」
「わざわざ七輪まで使っているこだわりまであるしな」
「そりゃあ、こうやって焼いた方が美味しいからね。冷えて固まったパサパサなものよりもホクホクで冷たい飲み物が欲しくなるくらいの方がいいじゃないか」
「それにしても、いいんですか?こんなことして怒られちゃいませんか?」
あまりにも目の前の人物が堂々と調理をしていたため表裏たちは忘れそうになっていたが今は一応授業時間である。そのため、このような明らかなサボりは良くないはずであったが、彼はそれに答えず微笑むだけだった。
彼は表裏たちを見つめた後、
「怒られちゃうよ、どうしよう!」
「やっぱダメじゃねえか!」
笑顔でそう言い放った後、彼は唇を尖らせながら呟いた。
「だって、仕方ないんだよ。他の在校生はさ、新入生が校内見学を行うから来週から登校なのに僕は校舎の見回りだったり、困った新入生を助けてやってくれって駆り出されているんだ。僕だって休みたい!寝転びたい!そして、今すぐご飯を食べたい!」
「ええ……」
「これがこの学園の先輩の姿か……」
「何というか、自由って感じだね」
表裏たちは切実な願いを聞いて、その勢いに圧倒されていた。そんな三人には目もくれず彼は再度七輪に魚を焼くことに集中し始めた。
何となく気になって表裏たちもつられて黙って魚に火が通るのを見守る。
そして、少し経って目の前の彼が扇ぐのをやめ、額の汗を拭った。
「新入生たちに僕はこの現場を見られてしまったって訳だ。けれども、僕は怒られたくない」
そう言って、彼は木串に刺さったそれを手に取り表裏たちに差し出した。
「と言うわけで賄賂だ。これで黙っていてほしいな。七輪焼きの美味しさを味わって、美味しかったことだけを覚えて帰ってね」
「これが先輩の力……。俺はお天道様に顔向けできるような清廉潔白な男なのに抗えない……!」
「どこが清廉潔白だ。品性下劣男。……うまいな」
「お前だって食ってんだろうが!貪欲男!」
「結局二人とも受け取るんだね……。じゃあ僕も。うん、おいしい!」
表裏も二人に続いてかぶりつく。炭火で焼かれたそれは皮にはパリッと余分な水分のない香ばしさがあり、身にはホクホクでプチプチと気持ちの良い食感があった。
ゆっくりと噛んで飲み込む。そして、もう一口。そうやっている間にすぐに残ったのは木串だけになった。
「食べ終わったかい?こうやって集まっていたら目立つからね、早く行っておくれ。じゃあ、またね」
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです!ごちそうさまでした」
「ありがとな!ししゃも先輩!」
降って湧いた出会いによってほんの少し腹を満たした表裏たちはグラウンドから離れ校内見学を再開した。
その身に纏う制服はほんのりと焦げ臭かった。
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