第6話 ようやく教室へ

 何とか教室までたどり着いた表裏ひょうりたちは教室のドアに手を掛けた。ガラガラと音を鳴らしながら開いたそれは如何にも学校というものを感じさせて、表裏の心を弾まさせた。

 チャイムが既に鳴っているため皆着席しているが、教師はまだ来ておらず近くにいる人同士で和やかに会話をしているようだった。

 そんな中、一人の生徒が表裏たちに気づき、近づいてきた。それは、昨日出会った真中想太まなかそうただった。


 「浦原うらはらくんと長井くん、同じクラスだったんだね!」


 「おお、想太。そうみたいだな」


 「それで、二人は寝坊しちゃったの?」


 「いや、まあな。自分のクラスがどこかわからなくてな。こうして、職員室まで聞きに行ったところだ」


 「今度は遅刻をしまいとしっかりと登校してきた俺たちの時間を返してほしいくらいだ」


 「……あっ、そうだね。あんなに派手なことしたらそうなるよね」


 「えっ……。もしかして昨日のこと広まってる?」


 表裏が愕然として想太に聞く。すると、想太は言葉を探すように少し目を泳がせると、困ったように笑った。


 「広がってるじゃねえか!ああ、悪評が立ってたらどうしよう!」


 「……僕はあれで大丈夫だと思ってたことに驚きだよ」


 「まあ、慌てるな表裏。俺たちはまだ新入生、名前と顔なんて一致していないはずだ」


 「そうだよ!それにこの学校の規模だったらきっと、一生徒なんて早々目立たないはずだよ!」


 「そうかあ……?そうか。そうだな!切り替えていくぞ!」


 何とか現実逃避もとい、終わってしまったことはどうしようもないと開き直りを行った表裏は教室の中を見渡す。

 どうすれば自然に会話の輪に入れるのだろうかと表裏は頭を回す。

 多くの生徒は昨日の時点である程度打ち解けたのか、多少のぎこちなさはままあれどにこやかに語り合っていた。そこで改めて、一日のディスアドバンテージの大きさを表裏は痛感した。

 しかし、無策で突っ込むのはあまりにも無謀が過ぎる。だから、表裏は第一に相手の情報を知ろうと想太に尋ねた。


 「想太、誰がどんな名前かわかるか?」


 「うーん、僕もあんまり……。自己紹介とかもなかったし。あ、でも、近くに座っていた人はわかるよ」


 「十分だ。頼む、教えてくれ」


 「そうだなあ、まずはあの子かな」


 そう言った想太の視線を表裏が追うと一人の女子が目に入った。その子は近くの席の人と話して、楽しそうに微笑えんでおり、その姿は同年代の女子の中でも比較的小柄な体躯も相まって無邪気さを存分に感じさせた。

 

 「彼女は勇足ゆうたりさん。みんなに声をかけてもう仲良くなっているみたい。朗らかで優しい人だったからね。僕にも話しかけてくれたし」


 「おおっ……可愛い。この学校に入ったのは正しかった!」


 「そんなに……。それは、流石に判断が早すぎるよ……」


 そうやって、勇足ゆうたりの方を見ながら二人が会話を続けていると、彼女も二人に気づいたように視線があった。

 彼女はそのままにこりと朗らかに笑うと、もう一度会話相手に向き直り、二、三言告げ二人の方へと歩いてきた。


 「真中君だよね、どうしたのかな。何か用事でもあった?」


 「い、いや僕じゃなくてこっちの彼に勇足さんのことを話していて……」


 納得したのか彼女は想太から目を離し、表裏の方を見た。

 そして、表裏の頭の上からつま先までじっくりと眺め不思議そうに首を傾げた。


 「あれ?はじめましてだよね?昨日はいなかったような……」


 「ああ、そうなんだ。昨日色々あって教室に来られなかったんだ。そう……色々」


 「大変だったんだね。もう大丈夫なの?」


 「ぐっ。あ、ああ大丈夫」


 疑問に溢れていたものが何があったのかと心配を含んだ眼差しへと変わる。

 そんな、慮るような純粋な優しさが表裏のなけなしの良心を刺激した。

 表裏の返事の後もほんの少し心配な色が残っていたが、大丈夫だと判断したのか神妙な面持ちから先ほどのような花を思わせるような微笑みを見せた。


 「なら良かった!じゃあ、改めまして私は勇足和海ゆうたりなごみっていいます!君の名前は?」


 「俺の名前は浦原表裏うらはらひょうり。よろしくな!」


 「うん、よろしくね浦原君!」


 そう言って満足したのか彼女は二人に一言告げると自身の席へと戻っていった。

 その姿を表裏は何をするでもなくぼうっと見ていたが、はっと気づき先の続きを想太に促した。


 「まだ、誰か知っているやつはいるか?」


 「うん、後一人だけ。彼もまた明るい人だったよ。とても目立つ人だったし、何よりかっこいい人だったからすぐにわかると思うんだけど……」


 想太がきょろきょろと教室の中を見渡す。目的の人物を探しているのだろう。

 想太の言葉の通り見つけやすい人物だったのだろうか、ほんの少しで想太は見つけたらしくその方を見て手を上げた。


 「あっ、いた。おーい。染井そめいくーん」


 そう呼んだ、想太の視線を辿り表裏も件の人物の姿を見る。

 表裏たちがいる場所とは別の方を向いていたため顔は見えなかったが、その特徴的な薄桃色の髪は表裏の目を引いた。

 想太の声が聞こえたようでゆっくりと二人の方へと顔の向きを変える。表裏は、仮に想太の言うようにかっこよかったら呪ってやろうなんて思いながらじっと見つめる。


 「くっ!」


 そして、こちらを見た彼の姿は表裏が悔しさで呻いてしまうような確かなものだった。

 彼がゆっくりとこちらへと歩みを進める。

 その姿はまるで一人だけ別世界、例えば木漏れ日の中優雅に散歩でもしているかのようで。

 しまいには、彼が一歩踏み出す度に桜の花弁が舞い、まるで世界そのものが彼を歓迎するために演出しているようにさえ表裏には見えた。

 徐々に、彼が近づいて来て小さな春の嵐も表裏たちへと向かってくる。

 そんな中、あまりの光景に止まってしまっていた表裏は距離がなくなり、よりはっきりと形を成した花弁を目で追った。

 ひらひらと彼が歩いて風を切るのに合わせて舞う桜。

 それがちょうど触れられる距離まで来たときに、表裏は思わず手を伸ばし手のひらで受け止めた。

 錯覚とは理解していたが表裏にはあまりにもリアルなものに感じられてつい動いたのだ。

 表裏は受け止めた幻の花弁を見る。見る。

 そして、違和感を感じてもう片方の手で手のひらに乗ったそれに触れてみた。


 「自前だこれ!」


 その花弁はいくら待っても一向に消える気配を見せず、触れてみるとひんやりとした瑞々しい質感を持っていた。


 「漫画とかアニメとかである演出だと思うじゃん!ずるだ!ずるだ!」


 すぐ側まで来ていた彼をびしっと指差し表裏は喚いた。

 表裏だって本当に自然に生まれた錯覚であったのならば、それほどかっこいいのだと悪態をつき呪いながら認めていた。

 だが、それがどうだ。彼は自分でそういう風に見せているのだ。それを表裏は許せなかった。

 そんな方法があるなら早く知りたかったと、これからは俺が使うからよこせなどと義憤に駆られていた。


 「ハッハッハッ!俺に何か用か!」


 想太の言葉通り、いやそれ以上に賑やかに彼は話しかけてきた。

 その表情は太陽を思わせるような眩しさでまさしく明るい人であった。


 「何が、イケメンだ、かっこいいだ。所詮雰囲気に頼ったやつだろうが!俺だってそんな小道具を使えばイケメンにだってなれらあ!」


 「ハッハッハッ……そう……そう……そうかもね」


 「おい、想太。こいつ明るくねえぞ!」


 「そ、そんなことないよ。ちょっと驚いただけじゃないかな」


 「じゃあ、お前はあれを使ったら俺もイケメンになれると思うか!」


 「そう……そう……そうかもね」


 「お前もか!」


 先ほどまでの太陽のやつな明るさが一瞬で陰ってしまった彼と目を逸らし口を引き攣らせている想太。そんな二人の反応見てしまった表裏は目の端に涙を浮かべて天を仰いだ。

 当然青い空なんてものはなく、そこにあったのは手入れの行き届いた眩いくらいの白だった。そんな、眩しさはどろどろとしたヘドロのような性根を持った表裏の心を癒してはくれなかった。

 首を強く左右に振り、表裏はヤケクソ気味に言った。

 

 「この話はやめだやめ!さっさと自己紹介をするぞ!俺は浦原表裏、お前は?」


 「よくぞ聞いた!」


 彼はそこで言葉を区切り、大きく息を吸った。


 「俺の!」


 一方の手を胸に当ててもう一方の手をゆっくりと振り上げた。

 そうすると、再び桜の花弁が現れた。


 「名前は!」


 今度は左右の手を逆にして同様に行った。

 そして、桜の花弁が現れた。


 「染井そめい!」


 両手を大きくゆっくりと振り上げた。

 そして、桜の花弁が現れた。


 「桜花おうかだ!」


 最後に、その場で軽やかに腕を広げて一回転した。

 そして、桜の花弁が現れた。


 「これからよろしく頼む!」


 「よろしく頼むじゃねえよ!俺埋まってんじゃん!全く見えねえよ!なんだ眩しすぎて見えないってか!やかましいわ!」


 「ハッハッハッ!綺麗だろう、俺の不自然アンナチュラルは!」


 「うっせぇ!真っピンクでわかんねぇよ!」


 「お似合いじゃないか!」


 「脳内お花畑ってか!かっこよくなれねえってか!」


 「おっと、そろそろ席に着かないとな!さらばだ!」


 まさしく、春の嵐のような勢いで過ぎ去っていった桜花おうか


 「明るい人だったでしょ?」


 「うるさいの間違いだろ。けっ、イケメンがなんだってんだ」


 「そんなにイケメンが嫌いなんだ……」


 そうやって表裏が想太とゆっくり話していると教室のドアがガラガラと開いた。

 他の生徒たちが慌てたように席に着く中、教師が現れた。

 そして、怪訝な視線を表裏に向けた後、心底困惑した様子で話した。


 「えっと、浦原君。その、どうして花弁はなびらに埋まっているのですか……?」


 「俺が聞きたいです」

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