第18話 後輩ちゃんの本心

 俺は悩んでいた。


「どうすっかなぁ」


 頭を掻く。

 時計を見ると九時四十分。

 そろそろ出ないとまずい。

 いや、出ないのが正解なのか。


 ――明日朝十時、駅前で待ってます。来るまで待ってます! 迷惑だったら捨ててください! そしたら……諦めますから。


 柚から誘われた遊園地。

 もしかしなくてもこれってデートだよな。

 こんな宙ぶらりんな状況なのに、それでも良いからデートしてくれとあいつは言う。

 とは言え、頼まれたからとホイホイ馬鹿みたいに一緒に出かけるのは違うだろ。


 色々悩んでいると、不意にテレビから天気予報が流れた。


『今日は全国的に雨となります。傘の準備はお忘れなく!』


「今日は一日中雨か……。あいつ、大丈夫かよ」


 来るまで待ってると言っていたが、流石に帰るだろ。

 いや、でも柚はクソ真面目だからな。


「一応見に行くだけだ。一応な」


 誰に咎められている訳でもないのに、言い訳してしまう。

 俺は傘を二本持って家を出た。

 空模様がかなり怪しい。

 今にも降り出しそうだ。


 駅前につくといよいよ本降りになってきた。

 行き交う人があわただし気に走っていく。

 さすがにこの雨なら柚も帰ったか。


 すると雨の中、立っている人影が目に入った。

 雨が降っているのに、そいつは動くことなく打たれている。


「おい、何やってんだよ」


 思わず傘の中に入れてやる。

 するとこちらを見た柚は、パッと表情を明るくした。


「ハル先輩、来てくれたんですか!」


「来てくれたんですか! じゃねぇよ。雨降ってんだから、せめて駅の中で待てよ」


「えへへ、入れ違いになったら嫌だったんで」


 まだ降り始めだったおかげか、柚は軽く濡れた程度で済んでいた。

 急いで来て正解だったな。

 そう思って内心安堵していると、柚はこちらを上目づかいで見つめてきた。


「やっぱりハル先輩、優しいですね」


「このままお前が雨に打たれたんじゃ、寝覚めが悪いと思っただけだ」


 真面目なくせに、こう言う部分は案外ちゃっかりしてるんだな。

 呆れ笑いが思わず漏れる。


「で、どうすんだ。この雨じゃ、遊園地なんて行ってらんねぇだろ」


 解散の方向に話を運ぼうとしたが、柚は「じゃあお茶しましょう」と言ってくる。


「ね? ハル先輩、それくらいは良いでしょ?」

「まぁな」


 そう言えば、以前交渉術に関する記事で、大きい要求をした後小さい要求をすると通りやすいと言うような話を読んだことがある。

 確か『ドアインザフェイス』とか言うんだったか。

 まさに今、それを実践された気がする。


 ……まぁいいか。


 近くの喫茶店に入る。

 俺の対面に座ってメニューを眺める柚は何だか嬉しそうだ。

 普段は従順な犬みたいなのに、今日だけは猫みたいに見えた。


「美味しそうですね、ハル先輩。あ、このケーキも、パフェもいいなぁ。迷う」


「言っとくけど、お茶したらお前を家に送って帰るからな」


「えー? もう少し一緒にいてくださいよぉ」


 柚は頬を膨らませる。

 そんな彼女に俺は「バカ」と腕組みした。


「ただでさえ今宙ぶらりんな状態なんだ。俺も、中途半端なことしたくねぇんだよ」


「って言うことは、私が迷惑なわけじゃないんですね」


「んな訳ないだろ。お前は真面目だし、バスケにも一所懸命だし、後輩としては信頼してる。ただ……俺が嫌なだけだ。あっちにもこっちにも手を出してるみたいで」


「ハル先輩、やっぱりまじめですね。良いじゃないですか、あっちもこっちも手出して。デートくらい普通ですよ。女子はみんなやってます」


「えっ」


「だってそうしないと、誰がいいかなんて分からないじゃないですか」


 そうなのか。

 何かショックだ。

 確かに男子に比べれば女子の方が色んな奴から言い寄られる訳で、そもそも母数が違うのは良く分かるが。


 じゃあ水樹も、小島も、他の男と出かけたりするんだろうか。

 いや、別にしてても良いんだけどよ……。


 俺が一人で悶々としていると、柚はクスクスと笑った。


「冗談です」


「冗談かよ」


「まぁ、そうやって相手を選ぶ人もいるみたいですけど」


「お前はどうなんだよ」


「どうって?」


「他の男と見比べるために、俺に声掛けたのか?」


「そんなわけないじゃないですか」


 柚はそっと窓の外を眺める。

 ぽつりぽつりと打ち付ける雨粒を。

 その表情は妙に大人っぽく見えた。


「ハル先輩より素敵な人……見たことないです」


 そんなド直球なこと言われると思っておらず、照れが来る。

 言ってからハッとしたのか、柚も顔を真っ赤にして俯いた。


「……何か頼むか」

「はい……」


 注文を頼むと、すぐに飲み物がやってきた。

 俺はコーヒー、柚は紅茶。

 何かお互い、大人ぶってるなと感じる。


「もうすぐ地区予選ですね」


「あぁ。中間テスト終わったらすぐだな」


「目標は、やっぱりインターハイですか?」


 俺は頷く。


「今年こそは優勝したい。去年はベスト16だったからな。最低でもベスト8は突破する」


「ハル先輩の第一志望の大学の、スポーツ推薦の条件でしたっけ」


「よく知ってるな。聡実から聞いたのか?」


 尋ねると、柚は首肯した。


「まぁ、だからって訳じゃないけどな。俺はただ、雪辱を晴らしたいだけだ」


 確かに進学は大事だけれど。

 別にそれが目的でバスケをしている訳じゃない。

 俺は、俺の中の目標を掴みたいだけなんだ。

 これはチームの試合でもあるけれど、俺自身との闘いでもある。


「ハル先輩がそんなにバスケを好きになったのは、きっかけがあるんですか?」


 疑問に思ったのか柚が尋ねて来た。

 きっかけ、か。

 俺は少し遠くを見た。


 ――お前、バスケに興味あるのか。


 かつて俺にかけられたその言葉を、不意に思い出す。


「憧れの先輩がいるんだ。俺にバスケを教えてくれた人が」


「それって、中学の頃ですか?」


「ああ。右も左も分からない俺にバスケのイロハを叩きこんでくれた。マジで尊敬してる。その人に追いつきたいと思って、ずっとバスケを続けてるんだ」


「もしかして、その人も大学に?」


「来たらって、そう言ってくれた。かなり良いメンバーが揃ってるって」


 俺が言うと、柚は何だか優しい笑みを浮かべた。


「インターハイ、勝てると良いですね。私、全試合応援してます!」


 その笑顔が先ほどの計算高そうな女子の物とは思えなくてホッとする。


「お前はまず自分の試合があるだろ。上手くいったらレギュラー取れるんじゃねぇの」


「へへ……そうでした」


 照れ臭そうに頬を掻く柚を見て、安心した。


「お前はさ、そっちの方が良いよ」


「えっ?」


「恋愛経験豊富そうな感じとか、計算高そうなとことか、あんまりない方が良いと思う。素直でまっすぐな方がお前らしいって言うか、一緒に居て安心する」


「ハル先輩……」


 柚は顔を赤くして、視線をさ迷わせる。

 何だかいい雰囲気が流れている気がした。

 その時。


「あれ? ハルにぃ?」


 不意に聞きなれた声が、横から飛んできた。

 見ると、水樹がそこに立っていた。



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