第17話 後輩ちゃんの突撃
「よーし、今日の練習終わり!」
「うあー! きつかったぁ!」
「明日オフだから、ゆっくり休んどけ」
俺の言葉に後輩どもが「よっしゃあ!」と声を上げている。
そんな後輩たちの様子を見て、鉄平が死んだ目を浮かべた。
「うう……俺らのゴールデンウィークは明日だけか……」
「仕方ねぇだろ。中間テストもちけぇし。中間終わったらインターハイの地区予選も始まる。俺らはもう時間ねぇんだから」
「お前は良いよなぁ! 中学生とはいえあんな可愛い彼女居るんだから!」
「彼女じゃねーって言ってんだろ!」
「あれだけ引っ付いてて彼女じゃねぇとか、お前はいつの間にその次元に行ったんだよ!」
「それは……」
チラリと聡実を見ると、ジェスチャーで謝られる。
あいつらをお前から遠ざけるための小芝居だったとは言えない。
「ハルさん、ロリコンってガチだったんすか?」
「ヌマ、こいつの変な噂に踊らされんな」
「でも、結構噂になってますよ。一年も知ってるくらいだし」
「マジかよ……。大体、鉄平のせいだろ」
「濡れ衣だ! 何でもかんでも俺のせいにするなぁ!」
「お前に悪気はなくとも、そうやって叫んでると勝手に広まるんだよ」
「ヌマ、聞いてくれ。ハルは確かにロリコンだ。でもあの可愛さなら、ロリコンになっても仕方がねぇ」
「そんなに可愛いんですか? ハルさんの彼女」
「正直めちゃくちゃ可愛い……。ほら、あの子に似てる。今人気の」
「良いからお前ら早く帰れ!」
俺が叫んでようやく解散の流れとなる。
何だかドッと疲れたな。
「施錠して帰るか……」
男女すべての部員が出たのを確認して、体育館の鍵を閉める。
すると背後から「ハル先輩」と女性の声がした。
「一緒に帰りませんか?」
柚だった。
「別にいいけど、一年の奴らと帰らねぇのか?」
「今日はハル先輩と帰りたかったんで。私抜きにしてもらいました」
「そっか。家近かったっけ? 送るよ」
「ありがとうございます」
職員室に鍵を戻し、柚と帰り道を歩く。
桜はすっかり散ってしまい、今は新緑の若葉が美しく風景を彩る。
優しく吹く春風は涼しく、練習終わりの火照った体を冷ませてくれる。
「その後どうだ? 女バスの皆とは」
「順調です。最近はパス回しもかなりいい感じで。フェイントもうまく機能するようになってきました」
「そっか。頑張ってるもんな。明日は休みだけど、何かすんのか?」
「はい。それなんですけど……」
尋ねると急に柚が口ごもる。
どうしたんだ。
「ハル先輩、明日って、お暇ですか?」
予期せぬ質問が飛んできて、虚を衝かれた。
「せっかくのゴールデンウィークですし、どこか行きません?」
「つってもなぁ。お前ら一年は良いけど、俺はもう三年だからな。テストも近ぇし、勉強もしねぇと。あと隙間時間に練習もしてぇ」
「オーバーワークになりますよ! たまには休んでください!」
「そうかぁ?」
「それに聡実さんに聞きましたよ。ハル先輩めちゃくちゃ成績良いらしいじゃないですか!」
「一応推薦狙ってるからな。予習は毎日やってるよ」
「じゃあわざわざテスト対策必要ないじゃないですか」
「確かに、慌ててやるほどでもねぇけど……」
すると柚は俺に紙切れを手渡してくる。
遊園地のチケットだった。
「明日、一緒に行ってくれませんか?」
「バスケ部で集まるのか?」
「いえ……二人で、です」
「二人?」
「ダメ、ですか?」
柚が上目遣いでこちらを見てくる。
雨に降られる子犬のような、弱々しいのにキラキラした瞳で。
そんな目を向けないでほしい。
「ご迷惑だったら、諦めます。」
「迷惑とかじゃねぇけど……」
これってデートだよな。
水樹のこともあるし、小島のこともある。
俺が水樹とどうなりたいのか、どう思ってるのかを考えるからって小島の告白への答えを保留してるのに。
そんな状況下で女子と二人で出かけるのはちょっと問題だろ。
――恋してる顔してたよ。
以前聡実に言われた言葉を思い出す。
もしあの言葉が事実なら、この誘いはやっぱり俺と仲を深めるための誘いなわけで。
自惚れっていわれるかもしれねぇけど、中途半端に期待を持たせるのも良くないのはさすがの俺でもわかる。
ここはきっぱり断ろう。
「柚、ほら、俺って今、噂立ってるだろ。俺がその……なんだ」
「ハル先輩がロリコンって言うことは存じ上げてます!」
「ロリコンじゃねぇよ!」
そうだ、俺はロリコンじゃない。
確かに水樹に引っ付かれてドキドキすることはあるがロリコンじゃないはずだ。
いや、もしかしたら俺が認めてないだけでそう言うのを世間ではロリコンと言うのか?
徐々に自信が無くなってくる。
いやいや、そういう話をしてるんじゃない。
「前会った俺の幼馴染みの水樹居るだろ。ちょっと今、そっちの方で色々あってな。なんつーか、他の女子と出かけたりとか、あんまり考えられないんだわ」
水樹の名前を出したのは我ながら卑怯だっただろうか。
とは言え、好意を持ってくれている相手に下手なごまかしはしたくない。
すると柚は「知ってますよ」と答えた。
「ハル先輩が今、水樹ちゃんと良い感じなのは知ってます。手繋いだりとか、デート行ったりとか……してるんですよね」
「何で知ってるんだよ」
「私も女の子ですから。……ハル先輩の噂話には敏感なんです」
柚はずいと、一歩こっちに詰め寄る。
俺は思わず身を引いた。
「ハル先輩、まだ水樹ちゃんと付き合ってないんですよね」
「あ? あぁ」
「ひょっとしたら、他の女の子のこと、好きになる可能性だってありますよね!?」
「ない、とは言い切れねぇけど」
「じゃあ、私と水樹ちゃん、比べてみてください。私ともデートして、どっちが良い女か見比べてください!」
「何でそこまで……男なら他にいくらでもいるだろ」
「いませんよ!」
半分怒鳴るように柚は叫んだあと、悲し気に目を伏せた。
「ハル先輩みたいな人……他に居ません」
ギュッと、柚は手を握りしめる。
「困ってる人を放っておけなくて、チームが負けてたら率先して声掛けて、大きな声で笑って、でもやりたいことにはまっすぐで……。悩んでたら話聞いてくれるし、解決したら自分のことのように喜んでくれて。そんな人……私、会ったことありません」
すると柚は、俺にずいと遊園地のチケットを手渡す。
あまりの気迫に、思わず受け取ってしまった。
「明日朝十時、駅前で待ってます。来るまで待ってます! 迷惑だったら捨ててください! そしたら……諦めますから」
「おい、柚……」
呼び止める間もなく、柚は走り去ってしまった。
夜の帰り道に、一人だけポツンと取り残された俺は、弱って頭を掻いた。
「どうすんだよ、これ……」
渡されたチケットは、くしゃくしゃだった。
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