大文字伝子が行く72

クライングフリーマン

大文字伝子が行く72

大文字邸。午前9時。山城が神妙に語っていた。

「祖母は今、病院の大部屋で点滴受けています。血中酸素濃度が低くならなくなったので、酸素マスクを外されました。でも、大部屋は面会禁止なんです。ようやく会えたら、緊急事態になって、叔父さんは急いで親族に会わせて、最終的に救急車を呼んだので、持ち直したんです。でも、今の安定状態が続くと、今度は転院しなくてはならない。その転院先も長く受け入れてくれないかも知れない。叔父さん、呆然としています。脳梗塞になったときに、振り出しに戻るかも知れない、って。」

「どうにかならんのか、大文字。前にも関わったことがあるんだろ?」副島は、伝子に言った。

「池上先生に相談してみます。」と伝子に代わって高遠が言った。高遠は席を外した。

「さて、今日来たのは他でもない。田坂のことだ。昨日、田坂の家に行った。このまま退役は、あまりにも惜しい。大文字もそう思うだろう?私なりに説諭・説得してきた。」

「そうなんですか。どうでしたか?」副島は、伝子の問いに「私は理事官から弓道場の師範を打診されている。しかし、書道教室もあるので、手が足りない。有能な自衛官もいるようだし、非常勤で手伝って欲しい。そう言ったんだ。初めは渋っていた母親だが、EITOには復帰しない、陸自の後輩指導の為の臨時要員ということでなら、と折れてくれた。母親の田坂アキも元海自の女性自衛隊員だったそうだ。」と応えた。

それを聞いた伝子は「ありがとうございます。」と平伏した。

EITOのPC画面が起動した。「大文字君。副島準隊員の話は聞いてくれたかね?」

「今、伺いました。」「実は、海自出身の有能な女性隊員がいてね。安藤詩(うた)という名だ。中学の時に、弓道の県大会に出たそうだ。残念ながら優勝は出来なかったそうだが、腕前はいい。天童さんが剣道の指導に来た時、たまたま練習している彼女を見付けてね、教えてくれたんだ。それで、副島準隊員に交渉に当たって貰った。つまり、田坂は現役復帰しないが、EITOの戦力になり得る、安藤三尉を指導することで、自分の代わりになる逸材を育てることで、田坂のうつ病も治るだろう。」

理事官の話に、「ありがとうございます。」と伝子は珍しく涙した。

「大町も肩の荷がおりますね、おねえさま。」と、伝子の側にいた、なぎさが言った。

「今夜は赤飯だな。」と言う依田に、「ひとの家の夕飯のメニュー、勝手に決めるなよ、ヨーダ。」と高遠が文句を言った。

午後2時。EITOベースワン。伝子達が行くと、剣道場エリアで天童が待っていた。

「聞いてくれましたかね?大文字さん。私は弓道には素人だが、なかなかの逸材だと思いますよ。」そこへ、田坂がやって来た。いきなり伝子に抱きついて泣き出した。

「ありがとうございます。アンバサダー。あ・・・大文字、さん。」と田坂は言い淀んだ。「おねえさま、でいい。」「命令ですか?」「命令だ、妹よ。」

田坂は、もう一度伝子に抱きついて「命令を守ります、おねえさま。」と言った。

「さあ、案内してくれ。ちえみ。」満面の笑みで、田坂は先頭に立ち、弓道場エリアに皆を案内した。

安藤三曹は、一人で的に向かって矢を射る練習をしていた。彼女は深呼吸をすると、矢を放った。見事に的の中央に当たった。他に2本の矢が突き刺さっていた。

拍手が沸き起こったので、振り返った。ニキビの残る、平凡な顔の彼女は、スーツを着ればOLにしか見えないだろう。

「紹介しよう、安藤三曹。こちらがアンバサダーこと大文字伝子君だ。田坂一曹に卒業を言い渡されたら、君の上司になる。」と、理事官が言った。

「よろしくお願いします。」伝子は、滅多にしない握手を安藤とした。「この、手のタコが成長する訳だな。」と、伝子は微笑み、安藤ははにかんだ。

「じゃあ、田坂一曹。いや、師範代。頼んだよ。私は留守が多いからね。」と副島は田坂の肩をポンポンと叩いた。田坂は、ゆっくりと頷いた。

午後3時半。大文字邸。「お帰り、伝子さん。池上先生に頼んで、池上病院に入院させて貰うことになったよ。山城さん、喜んでくれたよ。」

「そうか。良かったな、学。」弓道場での話をすると、高遠は「また『妹』が増えましたか。」と笑った。

2階から綾子が降りてきた。「あら、婿殿。『二人のベッド』、ちゃんと片付けておいたわよ。」

「まだ言ってんのか、クソばばあ。早く帰れ。」「あんたが、死んだことにして隠れたからよ。」「あんたが、口軽いから事件が起こったんだろ?だから、黙っていたんだよ。帰れ!!」

「まあまあ。お義母さんもいい加減、『悪いケアマネジャー』さんはもういないんだから、自重してください。僕の愛しているのは伝子さん、いや、伝子だけ。心身共に飢えていません!!」

高遠の割り込みに、綾子は口を紡いだ。

その時、EITOのアラームが鳴った。高遠と伝子はミーティングルームに急いだ。

「とどろき山の麓にある、日本轟大学が火事だ。消防もMAITOも出動したが、EITOも緊急出動する。アンバサダー。体がなまっているなら、引き締めてくれ。」と、理事官が言った。「了解しました。」伝子は通路を奥に走った。

「どこに行ったの?学さん。」「サンダーバードの通路ですよ。」「北陸に行くの?」「違います。」高遠は憮然とした。

午後4時。オスプレイは裏山から飛び立った。

午後5時。伝子は別のオスプレイでやって来た、金森達と、ジープでやって来た、なぎさと合流した。

「火はある程度消えたわね。流石MAITOだわ。とにかく、避難誘導。付近の住民達は動揺しているわ。みんな散って!!」

午後7時。火はあらかた鎮火した。なぎさ達、自衛隊組は帰った。

大学の準備室。事務長が、防犯ビデオの映像を見せている。

「明らかに放火ですね。学生達は部活の者だけですが、この大学は、構内に街があるような造りになっていて、住宅は密集しているので、防犯カメラも、他の町より遙かに多いです。既に、警視さんの指示で、警視庁に送ってあります。」

駐在が入って来た。「駐在の中町です。入ります。警視。公民館に一旦避難した住民は自宅に戻り始めています。」と、中町は制服姿のあつこに報告した。

「待って。警視。爆弾処理をして。」と伝子が言うと、はっと気が付いた制服姿の結城が中町を羽交い締めにした。

あつこは手早く時限装置を止め、「事務長。ペンチ持ってきてくださる?」と事務長に願い出た。「た、只今。」事務長は泡を食って出ていった。

「死の商人の使いか。まさか、死の商人か?」と伝子が尋ねると、「死の商人?何のことです?」「自爆テロが自分の意思のもとか、命令か?と聞いている。」

「あんた、何者だ。黒いボディスーツに変なアイマスクをして。」「これが、私の制服らしいんでね、失礼。」「何で、警察官に命令出来る?」「ノーコメント。そこに映っているのは、あんただな。腕に漆にかぶれた痕がある。しかも、古いものじゃない。映像には漆の木が映っている。」「どこに、そんな防犯カメラが・・・。」

「語るに落ちた、な。この大学はミッション系だ。教会の塔に防犯カメラがあってもおかしくはない。」

事務長がペンチを数種類持って来た。「助かります。」そう言って、あつこは中町の腹に巻いたダイナマイトを外し始めた。

「事務長。この駐在が、大学の裏山を山火事にしようとした犯人です。恐らく、大学に恨みがあってのことではないでしょう。」

「本当ですか、EITOの隊長さん。良かった。関係者に犯人捜ししなくていいんですね。」「その通りです。」

結城が連行しようとすると、「ははははは。日本全国に『那珂国派出所』がある。諜報活動の拠点だ。活動員は、私と同じく『日本のお巡りさん』だ。簡単には探し出せないぞ。」と、うそぶいた。

「なるほど。出自が日本でない、日本のお巡りさん、か。いいヒントをくれてありがとう。その特殊な派出所は、日本の『お地蔵さん』より多いのかな?」

絶句した中町を結城が連行した。

事務長は、別れ際、伝子達に何度も礼を言った。

午後8時半。大文字邸。「ああ、腹減った。学、メシメシ。」食堂に直行して、伝子が怒鳴ると、「下品な言い方ね。」と、綾子が出てきた。

「何だ、まだいたのか、くそばばあ。いい加減婿いびり止めろよ。」と伝子は綾子に食ってかかった。

「ご機嫌斜めね。あなたの好きな『あおさ』入れておいたわ。」と、綾子は伝子の前にお茶漬けを置いた。

伝子は猛烈な勢いで食べ終えた。「ああ。悔しいが、旨い。」

高遠がクスクスと笑っている。「伝子、お風呂沸いたよ。お風呂で子作りしようか。お義母さん、邪魔しないでね。」

綾子は無言で2階に行った。「明日、早いから泊まらせてくれって。」

高遠は伝子の手を引き、『本当に』風呂に入った。

裸になって、風呂に入ろうとした途端、EITOのアラームが鳴った。

バスタオル1枚なのを見て、「これは失礼。お楽しみタイムだったかな。」と理事官が冗談を言った。「はい。子作りしてました。」と、伝子は冗談で返した。

「んん。警視から報告を受けたよ。厄介だな。それで、明日なんだが、総理の記者会見がある。SPの応援に行って欲しい。会見は午後2時からだが、正午には、総理官邸に入って欲しい。総理直々のSP依頼だ。何か打ち合わせがるのだろう。」「了解しました。」

画面が消えると、伝子は風呂に急いだ。

「お待たせ。」「理事官、何だって?」「明日、総理のSP手伝ってくれってさ。総理は何か話があるらしい。志田前総理に何か聞いたかな?」

翌日。正午。総理官邸。市橋総理は、レモンティーを飲んでいた。伝子にも勧めたが、「任務中ですので。」と伝子は固辞した。

「あなたのことは、実は姿元総理からも聞いていたの。民間人でありながら、自衛官と警察官の混成チームを指揮し、前線で闘って来た。素晴らしいわ。私は志田総理と違い、逃げないわ。だから、危険も多い。いつもあなたにSPを頼める訳ではないけれど、記者会見の時ぐらいは、SPの手伝いをして貰えると嬉しいわ。」

「重大発表をするのですね。EITOは勿論後方支援をします。」「ありがとう。」総理は伝子をハグした。泣いていた。

「総理。あなたには敵が多い。皆が知っています。それは正しいことを言い、正しいことをするからです。力の限り、お守りします。」「頼もしいわ。」「では、SPのミーティングがりますので。」伝子は部屋を出て行った。総理はレモンティーを一気に飲み干した。

午後2時。記者会見。「スパイとテロリストの関係は、もう皆さんご存じのことなので、省略させて頂きます。お手元の資料にあるのは、那珂国のスパイの議員です。我が党の議員は、官房長官ほか閣僚で、所謂『依願退職』をして頂くことにしました。与野党の代表を通じて、対処をお願いしております。この場をお借りして糾弾致します。リストの第1行の議員は、所謂『ハニートラップ』にかかり、トラップを仕掛けた那珂国の女性を妊娠させております。言語道断です。どうぞ、マスコミの皆さん、批判してあげてください。」

会場がどよめく中、市橋総理は控え室に戻って来た。

総理の首に拳銃が突きつけられ、控え室のドアが閉められた。2人組の男達だ。

「やり過ぎなんだよ。手紙が届かなかったかな?」「普通郵便?」「は?」「私は大事な郵便物は『書留』で送ることにしているわ。何故なら、普通郵便なら『遅配』の場合があるから。どんな手紙かしら?」

男が引き金を引く前に、どこからかブーメランが跳んできて、拳銃を撥ねて、下に落ちた。

拳銃の男と、ドアを閉めた男は、あっと言う間に逮捕連行された。

壁とおぼしき所から、伝子が現れた。「EITOの技術力は大したものね。防弾チョッキだけじゃ今の攻撃はかわせないわ。改造して貰って良かった。」

「本当は、総理が入室する前に賊を入れちゃいけないんですけどね。」と、SPの隊長が現れ、笑った。

午後7時。ある公会堂。福本の劇団と、福本の友人の井上の劇団の合同公演が行われていた。演目はシェイクスピアの『お気に召すまま』。翻案劇なので、かなりアレンジしている。

2時間半に及ぶ長時間の公演は、たった一回の公演ということもあってか、大盛況に終わった。

伝子と高遠は、DDのメンバーと共に、楽屋を訪れ、労った。

福本は伝子に抱きつき、珍しく泣いていた。「せんぱいーーーー!!」

「よしよし、よくやった。祥子も産休かな?」「まだ、大丈夫よ、先輩。みちるちゃんは、産休に入らないとね、お腹目立ってきたし。」

午後10時。なぎさのジープの中。

「福本は、祥子ちゃんが出産終わるまで、井上さんの劇団の方を手伝うらしいよ。交通安全教室とかも当分、休むし。書きかけの戯曲を完成したいらしいし。」

「戯曲って何ですか、高遠さん。音楽?」となぎさが尋ねると、「いや、上演を必ずしも前提としない・・・いや、違うか。読み物としての芝居のストーリー、かな。」と、高遠は応えた。

「交通安全教室の台本は高遠さんが書いているんでしょう?」「ああ。短い台本だからね。台詞の段取りくらいの程度。福本達が練習しながら手を加えて行くんだよ。一言一句僕が書いた通りにやってないよ。」

「とにかく、初めて劇を観た。やっぱりいいものだな。」と伝子が言うと、「あ。割り込んで来た。」となぎさが急ブレーキをかけた。

明らかにあおり運転だ。「死の商人の使いか?」いや、違う。高遠のカンは間違っていなかった。伝子となぎさはグーパンチで、相手の二人をノックアウトし、パンイチの格好にして、車を走らせた。

「風邪ひくなよ。」と、なぎさと伝子は言い残した。

―完―







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