第30話 建前

「最近学生を狙った事件が発生してるって上から連絡来てるから気を付けろよ」

「それって俺が昨日襲われた通り魔のこと?」

「ああ、そうかもな。なんであれ各自注意は怠るなよ。はい解散」


 という担任からの言葉があったが、俺たちは大して気にも留めずショッピングモールを訪れた。凛音のナイフを新調するなどというのは建前だ。ただ俺たちは高校生らしい時間を過ごしているだけなのだ。


「五十嵐さんって剣士になって長いの?」

「そうだね。物心ついた時にはもう剣を握ってたかな」

「すごいな。英才教育じゃんか」

「うちの父さんが道場やっててね。一応あたしも師範代なわけ」

「あんこちゃん、すごい……」

「ありがと、向日葵。それと凛音君……」

「なに?五十嵐さん」

「その五十嵐さんってやめない?呼び捨てでいいからさ」

「えっ!?そんないきなりは……」

「じゃあコイツはなんて呼んでる?」

「財」

「私は?」

「五十嵐さん」

「向日葵は?」

「環さん」

「距離感じるよー。ね、向日葵?」

「えっ、う、うん……。少し」

「じゃあ……、あんこさんと向日葵さんでどうかな?」

「あと一歩!もう一声!」

「あんこ、ちゃん?」

「うんうん」

「向日葵ちゃん」

「は、はい……!」

「何照れてんの向日葵~」

「て、照れてないもん!」

「僕もなんだか恥ずかしいや」

「えへへ……」


 なんだろう。疎外感を感じる。場違いというか手持無沙汰というか。PTA集会に行って奥様方に囲まれた父親とか、理工学部の電気系の学科にに入学した女子大生みたいな気分だ。


 凛音の正体も含めると男子1人に女子3人。両手に華どころではない。男装ロリ巨乳と快活ポニーテール剣士に、目隠れ小動物女子。彼女たちの会話に割り込むなど俺には到底できないので、自分にターンが回るまで大人しく眺めておくとしよう。


「そうだ、向日葵は将来なりたいものとかあるの?」

「いきなりだね、あんこさん」

「ちゃん!」

「あんこちゃん」

「よろしい」

「それで、どうして将来のことを?」

「あたしは将来、道場を継ぎたいんだ。そのために学園で最強の剣士を目指すの。みんなはどんな目標があってどうなりたいのかなって気になったから」

「わ、私は魂言術を活かして溶接とかできればいいかなって……。ご、ごめん。地味だよね。大した目標じゃなくてごめんね……」

「いいじゃん溶接。他にも金属加工とかに活かせそうだし」

「僕も素敵だと思うよ。自分の力を活かしたいって考えるのは大事なことさ」

「そうかな……」

「それにやりたい事とできる事。2つが繋がるってだけでも凄いことだよ」

「ありがとう、凛音君……」

「どういたしまして」

「ところで、凛音君の目標って聞いていい……?」

「僕は……」


 仲睦まじい3人の会話。ここまで淀みなく続いていたそれが、急に滞ったのは凛音が言葉を紡ぐのに悩んでいるからだ。凛音が隠しているなにかが口から零れるかもしれない。あるいはそれを隠すための建前か。


「直近の目標しかないんだけど、僕は学園長に会ってみたいんだ」


 予想外の答えだった。しかし、凛音の眼は真剣そのもので、嘘や冗談で言っているようには感じられない。


「そのためには学園で開かれる『闘魂祭』の代表に選ばれるくらいの実力がいる。だから僕は強くなりたい。それが今の目標さ」


 強くなりたい。凛音はシンプルな答えに辿り着いていた。


 

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