第29話 不都合

「どうだった?」


 修練場に戻った俺の元に期待の眼差しで向かってくる少女がいる。俺は彼女に返す言葉を考えて考えて、ようやく返事をした。


「あんこ、聞いてくれ。凛音は女の子には興味がないらしい」


 現在ある問題を解決するために俺がつける嘘がこれしか思い浮かばなかった。凛音が女であることは言うべきではない。本人が隠している以上知ってしまった俺の口からは漏らさないことが俺の務めだ。それに、俺の秘密を黙ってもらうための条件でもある。


 とか何とか理由をつけたが、予想外に発生した三角関係を回避するためには凛音が恋愛事に興味を持っていないという設定にした方が話が早いと思ったのだ。悪く思わないでくれ、凛音。


「そっか。つまり今付き合ってる人とかはいないんだね」

「そういうことだな」

「じゃあお友達から始めるチャンスじゃん」

「なんてポジティブ」


 前向きなのは良いことだが俺にとっては不都合である。とはいえ俺が他人の考えをどうこうできるわけではないし、友達になるのを邪魔するほど野暮でもない。あとは成り行きに任せることにしよう。


「ねえ、財」


 密談を交わすあんこと俺の背後から、凛音が声をかけて来た。


「ん、どうした?」

「ナイフ、返してよ」

「ああ、ナイフな。忘れてたわ」


 摸擬戦の時に借りた3本のナイフの返却がまだだった。俺は制服の内側に手を入れて1本、それから両手の袖口から2本取り出して凛音に渡した。


「ちょっと財!どういう事だよこれ!」


 凛音が珍しく怒り出した。いや、珍しくもないか。


「僕のナイフが刃こぼれしてるじゃないか!」

「刃こぼれもするだろ。ナイフなんだから」

「財がバカバカ雑に投げるからだろ!」

「わかったよ。今度代わりのやつやるから」

「僕これ6本セットで買ったんだよ!大中小が2本ずつのやつ!」

「いいじゃんか、別に揃ってなくても」

「揃ってた方がカッコいいだろ!」

「カッコよさ大事か!?」


 俺と凛音のどうしようもない言い争いを見て、オロオロする向日葵とニコニコ眺めるあんこ。二人は少し相談した後、俺たちの会話に入り込んできた。


「ごめんね、凛音君。ナイフ刃こぼれさせちゃって」

「いや、五十嵐さんのせいじゃないよ。財のせい」

「俺のせいじゃない。そういう運命だったんだ」

「でも刀で受けたのあたしだしさ、申し訳ないなって」

「全然気にしないで大丈夫だよ、五十嵐さん」

「そうだぞ。俺も気にしてない」

「財は気にしろよ」

「だから迷惑じゃなかったら、今日の放課後にナイフ買いにいかない?」

「え、マジ?」

「いいね。一緒に行こうか」

「あ、行くの?」

「行くって、向日葵」

「わ、私も行っていい……?」

「うん!もちろんだよ環さん」


 向日葵と凛音を近づけようと画策するあんこの提案が通った。下手をすれば三角関係が加速してしまう……!

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