第25話 接近
「ありえねえ……」
一瞬のことだった。確実に虚をついた攻撃を防がれたのだ。しかもあんこは抜刀した素振りを見せていない。まさか抜刀・迎撃・納刀の一連の動作を目に見えない程の一瞬でやってのけたのか。それこそありえない。最も有力なのは彼女の魂言術だ。
俺は彼女を観察する。スレンダーなボディに長い足。サラサラの長髪は後ろでまとめられ、彼女が動くたびに元気よく揺れ動く。しかしそれ以上に目に付くのは腰の日本刀だ。
彼女は帯刀するその武器を抜き身にすることなく、柄を軽く握っているだけだ。居合と呼ぶにはあまりにもラフな構えに違和感、あるいは余裕のようなものを感じる。おそらくこれこそが彼女の魂言術に関するものなのだろう。
「あんこちゃん大丈夫……?」
「大丈夫だよ向日葵。ちゃちゃっと倒しちゃおう」
またもやイチャイチャしだした二人を見ていたい思いもあるが、今はそれどころではないので、ひとまず屋根上に撤退。とりあえず近づくところから再挑戦だ。
俺は再び走り出す。先ほど同様に左にぐるっと回り込みながら徐々に距離を詰める。当然同じ動きには向日葵の対応も早くなるため、それほど近づくことなく地面へと引きずり降ろされてしまった。残ったナイフはあと1本。
「これで終わりだよ!」
「それはどうかな」
傍から見れば絶体絶命に見えるだろう。だが、俺はここまで来たのだ。スタート位置から180°反対側のこの場所に来たのには理由がある。向日葵の前髪の隙間から赤い光が漏れる。しかしその瞳から閃光が放たれる前に俺は行動を起こした。
「これは!?」
突如、二人の足元から白煙が立ち込める。それはすぐに彼女たちを包み込み、内外から目視ができないほどにまで濃くなった。
「煙幕……!」
「その通り。これで俺は好きなだけ近づける」
「でもいつの間に……」
「俺の魂言術【交換】によって、お前の近くのナイフを煙幕を交換したんだ」
「そんな!?だって幸田の能力は触れている物を交換するだけじゃ――」
「触れてるんだよ。ナイフに括りつけたワイヤーにな」
俺は最初の一投からずっとナイフを手放してなどいなかったのだ。手元のワイヤーに触れ続ける事で、ワイヤーに接続されたナイフを所持していると判断し、交換の対象として煙幕とすり替えた。そしてまだ、ナイフは1つ落ちている。
「行くぜ!」
俺は三本目のナイフを投擲する。煙幕によって外からも中の様子は伺えない。だがそれでも俺には分かる。なぜなら狙うべき向日葵の眼が赤く光っているから。俺は唯一の目印であるその赤い灯火を容赦なく狙った。
「甘い!」
しかしそれは無情にも弾かれる。いくら煙幕が濃いとはいえ近くまでくれば目視は可能。あとは反応速度が足りるかだが、その点あんこの魂言術は優秀で、難なく打ち落として見せたのだ。
「まだだ」
俺はすかさずもう1本、煙幕との交換で回収していたナイフを投げる。そしてそれが打ち落とされる前に魂言術を発動させる。高速で移動するナイフと地面に落ちたナイフの交換。それはつまり、地面からいきなりナイフが投擲されるのと同義。
「きゃっ!」
「向日葵!?」
煙の中で向日葵の悲鳴が聞こえる。動揺するあんこ。だが手は緩めない。今回収したナイフを投げ、更に交換。そして手元に戻って来たナイフをまた投げる。何度も何度も繰り返し、煙幕が晴れるころ、俺はあんこの眼前にいた。
「もらった」
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