第16話 真剣な話

 俺のくすぐり地獄からは逃れることはできない。


 よく引き締まったその腹!毛細血管の詰まった脇!神経の集中している首!普段触ることのない足裏!刺激に敏感な背中!意外と耐え難い膝!


 全身くまなくくすぐっていき、凛音が精根尽き果てるのを待つ。そして、悶絶する凛音の笑い声が悲鳴に変わるころにその時は来て、俺は手を止めた。


「もう……む…りぃ…………」


 全身が汗でぐっしょりと濡れたまま床に寝そべる凛音は荒い息を隠せない。指一本動かすことができないほど疲弊したのだろう。だが、注目すべき点は他にあった。


「お前、身長が……!」


 徐々に身長が縮んでいく凛音。それに伴って汗にきらめく銀髪がドンドンと伸びでいる。しなやかな腕や足は少しだけ丸みを帯びて柔らかな印象になった。


「これは……!?」


 その変化は仮説の通りではあったが、実際に目の前で起きた現実に俺は高揚せざるを得ない。


「女だ……」


 凜音はやはり女性だった。痩身の美少年が長髪の美少女に変化したのだ。力尽きた凛音を見るにこれが本来の姿なのだろう。それにしても……。


「でかい」


 思わず口に出してしまったがそれも仕方がないだろう。さっきまで男のふりをするためにノーブラで着ていたシャツがはち切れんばかりに膨らんでいるのだから。


 そう、ここに桃源郷はあったのだ。


「凛音」


 未だに床に倒れ込んでいる凛音の顔を覗き込むため、覆いかぶさるように目の前に立った。その顔はやはり脱衣所で会った彼女。綺麗な顔をしていた。


「何だよ!」


 凛音は気力を振り絞り、潤んだ瞳で精一杯俺を睨みつける。本人は真剣なんだろうが、なんだか小動物の威嚇みたいで可愛らしいと思ってしまった。


 だが今はそれを心にしまっておこう。俺は凛音に言わないといけないことがある。こちらも真剣な話だ。ふざけていると思われてはいけない。


 俺は少しだけ間を置き、片膝をついて凛音の瞳に近付いた。


「俺と結婚してください」

「………………………は?」


 

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