第11話 緊急事態

「酷い目にあった……」


 俺は疲れた体を引きずるように寮の扉の前まで来た。寮と言っても学生アパートのようなもので、エントランスで軽い説明を受けたらあとは説明資料を読めと数枚の紙を渡されただけだった。


「ただいまー」


 などと言ったところで返事が返って来ることはない。何故ならここは俺だけの部屋。今日から俺は一国一城の主なのだ。


「ん?」


 やたらと多い段ボールに違和感を覚える。まさかと思い渡された資料に目を通すと、そのまさかだった。


「二人部屋じゃねーか」


 どおりで荷物が多いわけだ。仕方がない。気持ちを切り替えてまずは同居人に挨拶だ。一見するにこの部屋にはいないが奥の部屋で音がする。


 俺は光に吸い寄せられる虫のようにその部屋へと向かい、何も考えずに部屋の戸を開けた。


「ん゛っ――」


 そこにいたのは一人の少女。それも裸の少女だ。


 可愛らしい小柄な体、水に濡れた艷やかな長髪、そして主張の激しい胸。バスタオルで美しい長髪の水気を取る彼女の姿は女神の様な神々しさを放っていた。


 だが、驚くことに俺の口から溢れたのは意外な人物の名前だった。


「り、おん……?」


 そんなはずはない。頭ではわかっているが、言わずにはいられなかった。彼女の髪があまりにも綺麗だったから。


 それは凛音と同じ美しい銀髪。見間違える筈がない。だが彼女が凛音であるはずはない。


 何故なら凛音はもっと背が高く、もっと髪が短く、そして何より男だ。こんな大きな胸はない。


 つまり彼女は凛音の双子の妹とかであって、つまりこの柔らかそうなおっぱいは本物で、つまりこの形の良い乳房を見ている現状は大変まずいのでは……?


 いつの間にか下がっていた視線を上げて彼女の碧い瞳に向ける。彼女は叫ぶでも赤面するでもなく、無表情で俺を見つめていた。俺にはそれが感情を必死に押し殺そうとしているように見えた。


「心拍異常、心拍異常」


 二人の間に生まれた沈黙を打ち破ったのは、学園指定の携帯端末が発する警告音だった。俺の左手首のそれは心拍数の急上昇を感知して緊急事態と判断したのだ。


 たしかにこれは緊急事態だ。俺もまた平静を装っているというのに、これでは彼女の素晴らしいバストを見て興奮しているのがバレてしまう。


 俺がアラートを止めようと端末に視線を向けたタイミングで彼女はバスタオルを首にかけ、浴室へと帰っていった。


「俺が出ればいいんじゃん」


 ここが脱衣所だと今更認識した俺は隣接するダイニングキッチンへと移動する。程なくして彼女がこちらの部屋へとやって来た。


 否、彼女ではない。


「りおん……?」


 それは紛れもなく男の姿の凛音だった。





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