第9話 見解

「やっぱり嘘つきだね、君」


 俺を見下ろす凛音りおんの碧い目が、咄嗟に出した左手ではなく、俺の右手を捉えていた。その手に握られているのは凛音が突き出してきたはずのナイフ。


「何の話だ……!」

「君の魂言術こんげんじゅつは右手から左手に移動するはずだろ」


 それを確かめるためだけに俺を刺そうとしたというのなら狂ってるとしか言いようがない。


「逆もできるんだよ……!」

「じゃあ学校では嘘ついてたんだ」

「それは言葉の綾ってやつだろ!」


 言いながら、自分の首筋から汗が流れるのを感じて、凛音の言葉に大きく動揺していることに気がついた。対する凛音は冷静に、そして冷徹に見解を述べ続けた。


「そもそもおかしいよね。君の魂言が【交換】なら君の左手には代わりに何かがあるはずだ。当然誰もが違和感を抱くだろう」

「それは――」

「そこで君は教室でデモンストレーションをやって見せた。1:0交換ができるって印象づけるために。わざわざ能力をばらす馬鹿のフリまでしてね」

「……」


「それに、僕のナイフは君にギリギリ触れてないんだ。つまり、君は触れずに僕から武器を奪い取ったってことになる。君の説明とは矛盾するね」

「ギリギリ触れてたんじゃないのか」


 俺が言い返すことを予想していたのだろう。凛音は馬鹿にしたような小さな笑みを溢して、嘲るように言い放った。


「朝に教室で言ったことを覚えてるかい?んだよ、僕は」

「見ていた……?」

「僕は君がここで襲われるのを見ていた。君が魂言術でナイフを奪うのも、奪ったナイフで犯人を刺したのも、自分で自分の制服を引き裂いて、か弱い被害者を演じたのもね」

「……何が言いたい」


 薄暗いはずの路地で向き合う俺たちの真上から太陽が照りつける。建物のシミも転がるゴミも、その時初めて視界に映った。


「君、スパイだろ」


 俺はひどく汗をかいていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る