第2話 実験室

「たしか……、こっちだったよな?」


 2062年4月。俺は全く知らない土地を彷徨って歩いていた。


 ここは渡来和島ときわじま。かつては沖ノ鳥島と呼ばれていた小さな島だが、40年前の地震による大規模隆起で人が住めるだけの巨大な島となったらしい。


 それからは土地開発が進み、日本人にとって新たな安住の地になった。


 ――などということはない。


 渡来和島は、日本の、あるいは世界の未来を担う新技術開発の場として利用されることが決定したのだ。


 その新技術とは『魂言術こんげんじゅつ』のこと。つまり、渡来和島とは異能力者『魂言術師』を集めた巨大な実験室なのだ。


 そんなところで俺が何をしているのか。


「どこにあるんだよ、渡来和学園……」


 平たく言えば迷子である。


「ホテルから見える一番でかい建物って説明で分かるわけないだろ、あのクソジジイ!」


 ホテルの従業員から受けた大味な道案内に、一人文句を口にしながら裏路地を足早に進み続けるが、周囲の建物に阻まれて一向に目的地が見つからない。


 目的地は渡来和学園。そこでは今日、入学式と入寮案内が行われる予定で、新入生の一人である俺もそれに参加する。


 つもりなのだが、昨日この島に着いたばかりで土地勘のない俺にとっては、目的地に到着するというのが何より至難の業だった。


 とはいえ、15歳にもなって「道に迷って遅刻しました」というのも恥ずかしいので、予定の時間より少なくとも1時間は早く着くように、しっかりとゆとりを持って出発していた。


 現在時刻、8時5分。残り55分。


 まだ時間はあるが早いに越したことはない。俺はとっとと大通りに出ようと更に歩調を早めて路地を進んでいく。


「おっ!ちょっとそこのお兄さん!」


 背後から呼び止める男の声。俺はちらりと後ろを確認する。


「なんですか」


 急いでいるから後にしてくれ、という雰囲気と嫌そうな表情を作った。


「ここら辺じゃあ見ない顔だね。学生さん?」


 気さくに話す男は額から汗を流していた。


 ここは常夏の渡来和島。スーツにワイシャツ姿では汗をかくのも当然だ。彼の右腕には、脱いだと見られるジャケットが覆うように掛けられている。


「そうですけど」


 俺はぶっきらぼうに答えた。早くこの場を立ち去りたかったのだ。


 何故なら、男が出てきた横道に誰かが血塗れで倒れているのも、男がジャケットの下に真っ赤なナイフを隠しているのも知っていたから。



 




 

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