2-7



『あけましておめでとう!』


 

 昨年は色々とお世話になりました(?)


 今年は佐藤クンにとって大事な一年ですね。


 勉強の方頑張ってね!


 そして疲れた時には息抜きにゼヒ私のブログを!(……違うw)


 私は今、実家に帰省してこたつでアイスを堪能しています(人▽〃)


 やっぱり実家は良いものです(食っちゃ寝がサイコー!)


 あ、お正月からこんな事書いてたら――




「……フッ」


 立ち止まってメールの中身を読んでいると、その内容から思わず情景を想像してしまい、知らないうちに笑みが溢れていた。正直に自分の身元を告白して以来、彼女とのメール交換はたまにではあるが続いていた。橘優莉たちばなゆうりさん、年齢は二十五。実家には母と猫が一匹居て、仕事は派遣会社の事務員さんをしているそうだ。元々は実家から通っていたが距離が有ったためにあのハイツに去年の春から暮らしていると聞いた。……そう、彼女は見た目は清楚で可憐、そして大人しそうな感じに反してかなり積極的な正確だった。まぁ、彼女からしたら俺はただの高校生のガキに見えるからかも知れないが……。


「どうかしたの?」

「んぁ?! いや、メールを読んでただけ」

「……そう。おじさんが早く来いって」

「わかった」


 俺が付いて来ない事に気がついた有紀が、少し訝しげな顔を見せて聞いてきたが、スマホを見せてそう答え、返信は帰ってからだなとメールを閉じてポケットに突っ込んだ。



◆  ◇  ◆



 親父達のいる場所に着くと、そこには白いテントが建てられ、甘い香りが漂っていた。簡易なカセットコンロには寸胴が火にかけられ、真っ白な湯気が立っている。巫女装束を纏った若いバイトの女性が、紙コップにその寸胴の中身を掬っては、立ち並んだ人達に「どうぞ」と営業スマイル全開で、渡しているものを見ていると、恵が隣で呟いた。


「……甘酒か」

「振る舞い酒だな。……あっちはお汁粉じゃないか?」


 酒粕が苦手な恵がポソリと言った言葉に俺が反応し、並んだコンロを見てみると、甘酒の向こうに汁粉の寸胴も見つけた。途端、彼女は有紀に駆け寄ると、二人でそのままそちらへ向かっていく。その後ろ姿に「転ぶなよ」と声を掛け、親たちの側に行くと、既に酒をもらっていたのか、賑やかに話し合いながら、妹たちはと聞いてきた。


「二人は甘いものの方に並びに行ったよ」

「あ? あぁ、恵は酒粕がダメだったな」

「私も貰いに行ってくる!」


 親たちが居たのは、振る舞い酒の隣に併設された、簡易の休憩所のような場所で、木製のベンチのようなものが幾つも並んでいる。皆、ここで振る舞われたものを飲食しているのだが、長居して良いようなものじゃない。何しろ後続は幾つも列をなして来ており、皆すぐに立ち退いてはすぐまた次が来る様になっている。そんな中、母親たちは連れ立ちお汁粉の列へと向かっていった。


「……良いのか」

「正月からなにを小さいこと言ってるんだお前は」

「……いや、そうじゃなくて。後ろ、かなり人が増えてきたから」


 俺の言葉に一瞬、人垣の方をチラと見て「はぁ~」とため息を一つ溢し、やれやれと言った感じで頭を振る。


「あのな康太」

「……なに」


 ――よそはよそ! 家は家だ!


 ……あかん、この親父、ただの酔っ払いだ。


 大仰に腰に手を当て、ふんぞり返ってそう言い放った後、ガハハハハハ! と爆笑を始めた自分の父親を見て、俺は絶対こんな大人にはなるまいと心に誓い、この場から離れようと健二を探していると、不意に背中をトントンと叩かれる。


「ん?」

「よ!」


 振り返った先、そこには小さな女の子の手を引く、親方の姿が在った。



◇ ◇ ◇ ◇




「へぇ、じゃあ今は直接やり取りしているのか?」

「……えぇ、まぁ。あ、でもメールや、ラインでのやり取りだけで、逢ったりとかは――」

「あはは、別に逢ったって良いじゃねぇか。誰に遠慮してんだお前は」


 ……久しぶりの再会に喜び、新年の挨拶もそこそこに、俺は親方に近況報告と橘さんとの事を話していた。親方の方は仕事は相変わらず忙しい時もあるが、今はかなり落ち着いていて、この初詣の後、奥さんの実家に里帰りするんだと教えてくれる。


「……由美にお年玉一杯貰って、ゲーム買いに行くんだよなぁ」

「……うん!」


 娘さんの頭を撫でながら、でれっとした顔でそう言う親方を見ていると、やっぱりこの人も親なんだなぁと思う。ふとその視線を下げて由美ちゃんを見ると、彼女はニコニコした表情を見せながら、俺の顔を見上げて「ポケモン、何が好き?」と聞いてくる。思わず「やっぱピカチュウかなぁ」と応えると「私はリザードン!」と元気よく答えてくれた。


「……じゃぁ、そろそろ行くよ。また何かあったらメールでも電話でも、何時でも連絡してこいよな」

「はい、ありがとうございます。親方も帰省、気をつけて下さい。……由美ちゃんもまたね」

「バイバイ!」


 彼女の小さな手が大きく振られ、その笑みにこちらも同じ様に「バイバァイ!」とつい大きな声で返事をして見送っていると、先程から視線の端に入っていた健二が、不思議そうな顔をしながら近づいてくる。


「……誰? あのおじさん」

「……お前の記憶ではそんなものか。……はぁ~」

「んだよ?! って、俺も知ってる人?」

「夏のバイト」

「バイト……あぁ!?」


 ……まぁ確かに此処半年、健二にとっては怒涛の日々だった。俺達の経験した事から先に進んだこいつは社会人となり、今も必死に頑張っている最中なんだろうと思う。……が、そんな『オトナ』に一足先に進んだ割には、未だに母親の買ってくれた服にいちゃもんを付け、変わらず俺達と同じ目線で話をしている。要するに健二にとって、今の怒涛の変化はまだまだ序の口で『まだ半年』なのだろう。


「お~い、お母さんたちがそろそろ行くって呼んでるよ」


 感慨に耽る間もなく佐知の声が聞こえ、健二が速攻で振り向いて「了解っす」と小走りに向かうのを見て、少しだけ笑みが溢れた。



~*~*~*~*~*~*~*~



 自宅に戻ると、リビングに皆で集まって、途中で買ったお菓子やつまみを肴に親たちはまた飲み始め、女子たちは晴れ着を着替えて恵の部屋で話すと言い、健二は菓子袋を幾つか持って、俺と一緒に部屋へと向かう。



「……なぁ健二」

「なに?」

「……仕事って辛い?」


 ふと思ったことを健二に聞くと、一瞬菓子を頬張るのを止め「ん~」とひとしきり唸った後、少し神妙な顔をして話し始めた。


「確かに身体的には死ぬほどキツイし、辛いよ。……でも、なんて言えば良いのかな……。『充実感』? って言えば良いのか、こう……いやちょっと違う」


 そう言った彼の顔は、今まで見たことがない表情で。未だウンウンと唸っては居たけれど。……お前、俺の知らない顔してるぞ。


「……そか。わかんねぇけど、何となく分かった」

「ファ? い、良いの?」

「……『わかんない』って事が分かったから」

「……ん?」


 俺の答えに納得がいかないのか、はてなマークを頭に並べたまま、少し思案顔を続けていたが、代わりにもう一つの問題を俺は話すことに決める。


「……まぁそっちの事より、今から話す方が本題なんだけどさ」


 そう言って、一旦話を仕切り直すと、健二も諦めたのか、俺の真剣な顔に気圧されたのか、次の言葉を待ってくれる。


 ――実は、竜太の事なんだけどさ。


 その話を切り出すと、彼はやはりと言うか、話しだした瞬間は眉根を少し顰めていたが、恵への恋慕について話が進んでいくと、違った意味でその眉はへの字へと曲がっていった。


「――でさ、現時点で竜太がその想いを伝えたって、駄目だと思うんだよ。……アイツ、恵自身、まだ心の整理が出来ていないし、何しろ――」

「そうかな?」

「……は?」


 俺の言葉を遮るように、健二は急に異を唱える。何だと思い、疑念を向けて彼の顔を見つめると、彼もまっすぐこちらを見て話してきた。


「あのさ康太、竜太が恵ちゃんの事を意識しだしたのって、幾つの頃か知ってる?」

「……昔からとしか」

「だと思った。……はぁ~、康太って、そう言うのにはほんと、と言うかと言うか。そこのところ、マジ大丈夫かって心配だよ」

「いや、今俺の事を話してるんじゃなくてりゅ――」

「分かってるよ。でもさ、考えても見てよ。竜太が恵ちゃんを気にし始めたのって、二人がまだ小学生になってすぐの頃だよ」


 ――始まりは小学校の運動場での出来事だった。まだ幼かった竜太は、自分が周りよりふくよかな事など、気にもしない。当然だ。今までその事で誰かに何かを言われることはなく、まして笑われるなど考えた事もなかったのだから。周りには康太や健二と言った兄の様な存在が居たし、姉のような有紀と佐知も居た。同い年の異性である恵ですら、その事を揶揄したことなんて一度もなかったのだ。


 ……でも。


 その日、体育の授業中、かけっこを皆で行った。当然優劣をつけるわけではない、唯のカリキュラムの一環だ。竜太は自分の足が遅いというのは自覚していたが、別にそれがどうなのだと気にも留めていなかった。そんな中で始まったかけっこで、当然のごとく彼は一番足が遅かった。……クラスで、女子も入れて。


 ――太ってるからじゃね。


 誰が言ったのかはわからない、声は男子から聞こえたのは確か。……だがその一言は幼い子供達にとって、酷く面白い言葉に聞こえたのだろう。クスっと聴こえた声はいつの間にか伝播し、皆が大きな声で笑うのを止める間はなかった。慌てて教師が「速い遅いは関係ない」と言い募ったが、幼い子供の残虐な攻撃性はかえって拍車が掛かってしまう。


「デブは遅い!」「太ってるから足が遅い」「ブタじゃん」「女子にも負けるってなんだよ」


 ――アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 それは始めての侮辱。


 初めての羞恥。


 ……初めての大きな、大きな心の『傷』


 未だ、走り終えた状態で、息があがり、ぜいぜいと声を荒げて這いつくばった状態。気がつくと、地面には幾つもの雫がポタポタと落ちている。……悔しくて、苦しくて。でもそれ以上に何も言えない自分が情けなくて。その場から逃げようと顔を腕でぐしぐしと擦っていた時、その声が聴こえた。


 ――竜太の何がおかしいの?! 頑張って一生懸命走ったじゃん!


 いつの間にそこに居たのか、恵が彼の前に立ちはだかり、笑う他の生徒に向かって怒鳴りつけていた。




 

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