2-7
『あけましておめでとう!』
昨年は色々とお世話になりました(?)
今年は佐藤クンにとって大事な一年ですね。
勉強の方頑張ってね!
そして疲れた時には息抜きにゼヒ私のブログを!(……違うw)
私は今、実家に帰省してこたつでアイスを堪能しています(人▽〃)
やっぱり実家は良いものです(食っちゃ寝がサイコー!)
あ、お正月からこんな事書いてたら――
「……フッ」
立ち止まってメールの中身を読んでいると、その内容から思わず情景を想像してしまい、知らないうちに笑みが溢れていた。正直に自分の身元を告白して以来、彼女とのメール交換はたまにではあるが続いていた。
「どうかしたの?」
「んぁ?! いや、メールを読んでただけ」
「……そう。おじさんが早く来いって」
「わかった」
俺が付いて来ない事に気がついた有紀が、少し訝しげな顔を見せて聞いてきたが、スマホを見せてそう答え、返信は帰ってからだなとメールを閉じてポケットに突っ込んだ。
◆ ◇ ◆
親父達のいる場所に着くと、そこには白いテントが建てられ、甘い香りが漂っていた。簡易なカセットコンロには寸胴が火にかけられ、真っ白な湯気が立っている。巫女装束を纏った若いバイトの女性が、紙コップにその寸胴の中身を掬っては、立ち並んだ人達に「どうぞ」と営業スマイル全開で、渡しているものを見ていると、恵が隣で呟いた。
「……甘酒か」
「振る舞い酒だな。……あっちはお汁粉じゃないか?」
酒粕が苦手な恵がポソリと言った言葉に俺が反応し、並んだコンロを見てみると、甘酒の向こうに汁粉の寸胴も見つけた。途端、彼女は有紀に駆け寄ると、二人でそのままそちらへ向かっていく。その後ろ姿に「転ぶなよ」と声を掛け、親たちの側に行くと、既に酒をもらっていたのか、賑やかに話し合いながら、妹たちはと聞いてきた。
「二人は甘いものの方に並びに行ったよ」
「あ? あぁ、恵は酒粕がダメだったな」
「私も貰いに行ってくる!」
親たちが居たのは、振る舞い酒の隣に併設された、簡易の休憩所のような場所で、木製のベンチのようなものが幾つも並んでいる。皆、ここで振る舞われたものを飲食しているのだが、長居して良いようなものじゃない。何しろ後続は幾つも列をなして来ており、皆すぐに立ち退いてはすぐまた次が来る様になっている。そんな中、母親たちは連れ立ちお汁粉の列へと向かっていった。
「……良いのか」
「正月からなにを小さいこと言ってるんだお前は」
「……いや、そうじゃなくて。後ろ、かなり人が増えてきたから」
俺の言葉に一瞬、人垣の方をチラと見て「はぁ~」とため息を一つ溢し、やれやれと言った感じで頭を振る。
「あのな康太」
「……なに」
――よそはよそ! 家は家だ!
……あかん、この親父、ただの酔っ払いだ。
大仰に腰に手を当て、ふんぞり返ってそう言い放った後、ガハハハハハ! と爆笑を始めた自分の父親を見て、俺は絶対こんな大人にはなるまいと心に誓い、この場から離れようと健二を探していると、不意に背中をトントンと叩かれる。
「ん?」
「よ!」
振り返った先、そこには小さな女の子の手を引く、親方の姿が在った。
◇ ◇ ◇ ◇
「へぇ、じゃあ今は直接やり取りしているのか?」
「……えぇ、まぁ。あ、でもメールや、ラインでのやり取りだけで、逢ったりとかは――」
「あはは、別に逢ったって良いじゃねぇか。誰に遠慮してんだお前は」
……久しぶりの再会に喜び、新年の挨拶もそこそこに、俺は親方に近況報告と橘さんとの事を話していた。親方の方は仕事は相変わらず忙しい時もあるが、今はかなり落ち着いていて、この初詣の後、奥さんの実家に里帰りするんだと教えてくれる。
「……由美にお年玉一杯貰って、ゲーム買いに行くんだよなぁ」
「……うん!」
娘さんの頭を撫でながら、でれっとした顔でそう言う親方を見ていると、やっぱりこの人も親なんだなぁと思う。ふとその視線を下げて由美ちゃんを見ると、彼女はニコニコした表情を見せながら、俺の顔を見上げて「ポケモン、何が好き?」と聞いてくる。思わず「やっぱピカチュウかなぁ」と応えると「私はリザードン!」と元気よく答えてくれた。
「……じゃぁ、そろそろ行くよ。また何かあったらメールでも電話でも、何時でも連絡してこいよな」
「はい、ありがとうございます。親方も帰省、気をつけて下さい。……由美ちゃんもまたね」
「バイバイ!」
彼女の小さな手が大きく振られ、その笑みにこちらも同じ様に「バイバァイ!」とつい大きな声で返事をして見送っていると、先程から視線の端に入っていた健二が、不思議そうな顔をしながら近づいてくる。
「……誰? あのおじさん」
「……お前の記憶ではそんなものか。……はぁ~」
「んだよ?! って、俺も知ってる人?」
「夏のバイト」
「バイト……あぁ!?」
……まぁ確かに此処半年、健二にとっては怒涛の日々だった。俺達の経験した事から先に進んだこいつは社会人となり、今も必死に頑張っている最中なんだろうと思う。……が、そんな『オトナ』に一足先に進んだ割には、未だに母親の買ってくれた服にいちゃもんを付け、変わらず俺達と同じ目線で話をしている。要するに健二にとって、今の怒涛の変化はまだまだ序の口で『まだ半年』なのだろう。
「お~い、お母さんたちがそろそろ行くって呼んでるよ」
感慨に耽る間もなく佐知の声が聞こえ、健二が速攻で振り向いて「了解っす」と小走りに向かうのを見て、少しだけ笑みが溢れた。
~*~*~*~*~*~*~*~
自宅に戻ると、リビングに皆で集まって、途中で買ったお菓子やつまみを肴に親たちはまた飲み始め、女子たちは晴れ着を着替えて恵の部屋で話すと言い、健二は菓子袋を幾つか持って、俺と一緒に部屋へと向かう。
「……なぁ健二」
「なに?」
「……仕事って辛い?」
ふと思ったことを健二に聞くと、一瞬菓子を頬張るのを止め「ん~」とひとしきり唸った後、少し神妙な顔をして話し始めた。
「確かに身体的には死ぬほどキツイし、辛いよ。……でも、なんて言えば良いのかな……。『充実感』? って言えば良いのか、こう……いやちょっと違う」
そう言った彼の顔は、今まで見たことがない表情で。未だウンウンと唸っては居たけれど。……お前、俺の知らない顔してるぞ。
「……そか。わかんねぇけど、何となく分かった」
「ファ? い、良いの?」
「……『わかんない』って事が分かったから」
「……ん?」
俺の答えに納得がいかないのか、はてなマークを頭に並べたまま、少し思案顔を続けていたが、代わりにもう一つの問題を俺は話すことに決める。
「……まぁそっちの事より、今から話す方が本題なんだけどさ」
そう言って、一旦話を仕切り直すと、健二も諦めたのか、俺の真剣な顔に気圧されたのか、次の言葉を待ってくれる。
――実は、竜太の事なんだけどさ。
その話を切り出すと、彼はやはりと言うか、話しだした瞬間は眉根を少し顰めていたが、恵への恋慕について話が進んでいくと、違った意味でその眉はへの字へと曲がっていった。
「――でさ、現時点で竜太がその想いを伝えたって、駄目だと思うんだよ。……アイツ、恵自身、まだ心の整理が出来ていないし、何しろ――」
「そうかな?」
「……は?」
俺の言葉を遮るように、健二は急に異を唱える。何だと思い、疑念を向けて彼の顔を見つめると、彼もまっすぐこちらを見て話してきた。
「あのさ康太、竜太が恵ちゃんの事を意識しだしたのって、幾つの頃か知ってる?」
「……昔からとしか」
「だと思った。……はぁ~、康太って、そう言うのにはほんと、疎いと言うか鈍感と言うか。そこのところ、マジ大丈夫かって心配だよ」
「いや、今俺の事を話してるんじゃなくてりゅ――」
「分かってるよ。でもさ、考えても見てよ。竜太が恵ちゃんを気にし始めたのって、二人がまだ小学生になってすぐの頃だよ」
――始まりは小学校の運動場での出来事だった。まだ幼かった竜太は、自分が周りよりふくよかな事など、気にもしない。当然だ。今までその事で誰かに何かを言われることはなく、まして笑われるなど考えた事もなかったのだから。周りには康太や健二と言った兄の様な存在が居たし、姉のような有紀と佐知も居た。同い年の異性である恵ですら、その事を揶揄したことなんて一度もなかったのだ。
……でも。
その日、体育の授業中、かけっこを皆で行った。当然優劣をつけるわけではない、唯のカリキュラムの一環だ。竜太は自分の足が遅いというのは自覚していたが、別にそれがどうなのだと気にも留めていなかった。そんな中で始まったかけっこで、当然のごとく彼は一番足が遅かった。……クラスで、女子も入れて。
――太ってるからじゃね。
誰が言ったのかはわからない、声は男子から聞こえたのは確か。……だがその一言は幼い子供達にとって、酷く面白い言葉に聞こえたのだろう。クスっと聴こえた声はいつの間にか伝播し、皆が大きな声で笑うのを止める間はなかった。慌てて教師が「速い遅いは関係ない」と言い募ったが、幼い子供の残虐な攻撃性はかえって拍車が掛かってしまう。
「デブは遅い!」「太ってるから足が遅い」「ブタじゃん」「女子にも負けるってなんだよ」
――アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
それは始めての侮辱。
初めての羞恥。
……初めての大きな、大きな心の『傷』
未だ、走り終えた状態で、息があがり、ぜいぜいと声を荒げて這いつくばった状態。気がつくと、地面には幾つもの雫がポタポタと落ちている。……悔しくて、苦しくて。でもそれ以上に何も言えない自分が情けなくて。その場から逃げようと顔を腕でぐしぐしと擦っていた時、その声が聴こえた。
――竜太の何がおかしいの?! 頑張って一生懸命走ったじゃん!
いつの間にそこに居たのか、恵が彼の前に立ちはだかり、笑う他の生徒に向かって怒鳴りつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます