2-3
「……そうか、そうなっちゃったかぁ」
竜太の激白を聞いて思考停止した約数分後、周りの視線に耐えきれず、大きな体をさらに縮こまらせた竜太に気づいて、最初に出た言葉がそれだった。
……なんとも間抜けな返答だと思うかも知れない。実際俺もその言葉にはどうあがいても反論できる自信はない……ないが、逆に言えばそうなるよねとも言えるのだ。何しろコイツは小さい頃から俺達とずっと兄弟のように遊んでいた。それこそ男女の区別がつかない頃から……。だからこそ、ある意味で言えば身内のようなものだ。他の同年代の女子に免疫がなくても、恵に対しては普通に接することが出来る。それが例えどんな意味であっても……。
「……ちなみに聞くが、それって異性としての意味だよな」
「……え?」
「あぁ! いやすまん! 今のは失言だ、忘れてくれ」
やべぇ……あまりな出来事に頭で考えている事をそのまま喋っちまった。……ふぅ、一旦落ち着こう。そう思って持ち上げたマグカップは既に空だった。
◇ ◇ ◇
ドリンクバーでコーヒーのおかわりを淹れ、ふと窓の外を眺めてみると、夕闇となった街の中を、車のライトが軌跡のように光っている。……ここに来てもう数時間、お腹は既にチャポチャポだ。それでも視線をずらしてそちらを見ると、彼は相変わらず体を小さくさせたまま、アイスティーの入ったグラスを見つめていた。
座席に戻り、コーヒーマグを一口啜って「ふぅ」と息を吐く。竜太は一瞬こちらに視線を向け、俺が話し出さないと見るやまた、俯く。
……さてどうしたものか。
もしこの状況が、佐知の事がなければ違っただろう。いや、それ以前にコイツとの話で恵が倒れるなんてことも、起きてはいなかった……。だとしたら、こいつはまだこの気持ちを――。
あぁ! 駄目だ! 仮定の話をしてどうする? 佐知の事は思い出すだけでも苦しいが現実だ。……現実なんだ、だから恵も苦しんで……なのに。そんな二人の苦しみを仮定で無かったことになんて……。
置いたマグの取っ手部を指で弾き、
「なぁ竜太、今から話す事を誰にも言わないと誓ってくれるか。お前のおじさんやおばさん達にもだ」
いきなり、声音を変えて話した俺に驚いたのか、竜太はビクリと肩を跳ねさせ、オドオドした目でこちらを見やる。俺がその視線にまっすぐ見詰め返していると、やがて竜太も腹を決めたのか、言葉に出さずにコクリと頷いた。
「――恵は今、少し辛い思いをしているんだ。……細かい話は他の人が絡むので言えないんだが、それが原因で、一種のトラウマの様なものを負ってしまったんだ。一度は克服出来たかに見えていたけど、どうやらそうじゃなかったみたいなんだ。……それが、あの時倒れた理由の一つだ」
「……あの時って、教室での?」
「あぁ、そうだ」
そこまで話すと、竜太は一旦考え事をするように俯いた。
「それで――」
「それって、健二兄ぃの事……だよね」
「え?!」
「だって、恵ちゃんがあぁなった時って、俺が健二兄ぃの事を聞いたときなんだよ。……ねぇ康兄ぃ、何があったの? 健二兄ぃは退学してからほとんど連絡ないし、たまのラインもそっけないしさ。俺も……俺だって皆と一緒だったんだよ? なんで、俺だけ知らないの? ねぇ……どうして……うぅ」
俯いたまま、ボタボタとテーブルの上に雫を落とし、尻すぼんでいった声は最後に嗚咽となる。
「竜太……おまえ」
人目を気にしてグスグス言いながらも、それを誤魔化すようにナプキンで顔を拭き、俯いたままで……。分かるほどに握りしめた拳を見つめると、竜太の気持ちに気がついた。
……そうか、お前も俺達の幼馴染だもんな。恵の事を気に掛けてる内に、薄々何かあったと気がついて居たんだな。……でもお前は自分から聞けなかった……いや、お前の優しい性格から、聞かなかったのか――。
それでも、日毎に思いと気持ちだけは膨らんで行って……。
――一杯一杯になって、恵に聴いてしまったんだな。
「……分かった。ただ、少し時間をくれないか? この話は俺の一存で言える話じゃないんだ」
結局、その後の話は進まなくなってしまい、ファミレスで俺達は別れた。
*************************
「……ただいま」
店を出てから自宅まで、芯まで冷えるような冷気と戦いながら、やっとの思いで玄関のドアを開けると、これまた冷たい母の刺々しい視線に晒される。
「……なんで、連絡つかなかったの?」
「……へ?」
一瞬何を言われたのか意味が分からず、ただぼうっと母の顔を眺めていると「ライン! 何回連絡したと思ってるの!」と言われ、慌ててポケットからスマホを取り出すと、真っ黒な液晶画面が目に入る。
「……あ! 電池切れてる」
……そう言えば、今日は朝からいろんな用事をしながらずっと午前中は音楽アプリを使っていた。昼に竜太に会って、そこからゴタゴタしてしまい、充電の事なんてすっぽり頭から抜けていた。
「もう! お陰でお母さんまだご飯食べてないんだよ!」
「なんで?!」
「なんでって……。アンタに頼んだお弁当、手つかずじゃない! 今日は恵も外食だから、チキンまで買って待ってたのに!」
――いやいやいや、母よ。お
「今日はクリスマスイブじゃない。だからわざわざ、行列に並んでまで〇〇タのチキンをサプライズで買ってきたのに!」
「……は?」
「もう良いわよ! 有紀ちゃん! 二人で食べ放題しましょ! 康太はお腹いっぱいなんだって!」
何故かプリプリ暴走モードのまま、母はそう宣言してダイニングの扉をバタンと閉める。呆気に取られて玄関で立ち尽くしていると、今閉まったばかりのドアが少し開き、有紀がジト目で顔を見せる。
「――充電器持ってなかったの?」
「……へあ? 有紀?」
「……なに?」
「なんで居るの?」
「は? あぁ、おばさんに呼ばれたのよ。〇〇タのチキン食べようって」
……あぁ、クリスマスには定番のアレ、そう言えば有紀大好きだったなぁと、全く現実に追いついていない頭の中で考えていると、有紀が呆れ声で質問を被せてくる。
「アンタ大丈夫? ってか、ご飯食べてきたの?」
「……いや、食ってはないけど、チャポチャポではあるな」
「は? チャカポコ?」
一瞬その返答に、
◇ ◇ ◇ ◇
スマホを充電ケーブルに繋いでポケットの中身を机に放り出すと、上着を脱いでベッドへ倒れ込む。布団の冷たさに一瞬ゾクリと体が震えたが、エアコンはまだ使用してはいけないとキツく言われているので、部屋の隅にある電気ストーブを点ける。
チンチンと小さな音を聞かせながら、ヒーターが徐々に赤熱化していくと、後ろにある反射板を利用した熱気がじんわりとした感じで、熱を伝えてくる。ベッドからヒザ下を降ろしてストーブの側へ足を向けると、ゆっくりではあるが、冷たくなった
天井へ視線を向けて「ふぅ」と息を吐くと、すぐに竜太の思い詰めた顔が眼の前にちらつく。……身長は中学2年生にして180を超え、太るのが嫌だと苦手な運動もしている。顔の作りそのものはまだ幼さを覚えるが、それでも凄めば結構イカツク見えなくもない。ただ性格はそれに反して超が付くほど温厚で優しく、ガジェットオタクでアニメ好き。
「……顔はおじさん似だもんなぁ」
などと、いつの間にか別な方向へ思考をずらしていると、不意にドアノックが聴こえたと同時にガチャリと音がする。
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