2-2




「……ふぅ、やっと終わった」


 一段と寒くなり始めた暗い空を見上げて風にたなびく洗濯物を眺めていると、一仕事終えた達成感と同時に暇だなと思ってしまう。年の瀬も近づき、クリスマスなどという高校生にとって、夏の次に大きいと言っても過言ではない、ビッグイベント目前にして、俺は何故昼前まで自宅でフラフラ家事手伝いをしているんだと、自己嫌悪に堕ちかけていると、ポケットに突っ込んだスマホが震えた。





「……はぁ~、何だよ急に仕事が長引くって」


 言われた用事を済ませ、自己嫌悪でヘコんでいるとスマホにラインのメッセージが飛んできた。そこには『ごめん、仕事が長引いちゃうから、適当にご飯食べて』と来た。……別にそこは構わない、母の仕事だ、それによって食べさせてもらっているのだから、そこに文句を言うつもりはない。にも関わらず、直後に『季実の店に夕飯のおかず頼んだから受け取っておいて』ってなんだよ? 貴女はそこの駅を利用しているでしょうが! 通り道でしょうに! 等と小さな四角い画面にブツブツ文句を垂れてみたが、状況が変わってくれる訳もなく。着替えてこの寒空の下、商店街で買い物を済ませていざ自宅へ帰ろうと、少し混雑した雑踏の中、自転車を押していると向こうから、大きな体をくの字に曲げて、陰鬱そうな表情の見知った顔を久しぶりに見つけた。手を振って挨拶をしてみるが、全く返事をする気配がない。距離にして10メートルも空いてないというのに。そんな相手に少し不機嫌になってしまった俺は、目の前まで進んだ所で少し大きめの声で相手の名を呼んだ。


「おい竜太!」



************



 キッチン加藤で受け取った惣菜を持ち帰り、自分の分の昼飯を食べて少し、ラインに竜太から連絡を受け取り、自宅近くの公園へと足を向ける。どうせなら家に来いと声を掛けてみたが、固辞されたので仕方ない。……まぁ、こないだの件をまだ引き摺っているんだろうと、大体の当たりをつけて、公園までの道のりをどうやって元気づけるか悩みながら歩いていく。


(はぁ~、相変わらずのだよなぁ。健二だったら、立ち直りも……って、そう言えばあの二人、趣味が合って仲良かったな)


 ふと頭をよぎるのは今傍にいない親友のこと。俺達3人は小さい頃はよく一緒につるんで遊んでいた。中でも健二と竜太はデジモノ系やガジェット類が大好きで、疎外感を感じる程専門用語で話をしている時もあった。マンガやアニメならまだついて行けたが、小学生でパソコンのハードウェアの話をされると、もう意味が分からなかった。


「……康にぃ」


 公園の入口が見えた所で、その手前に立っている竜太が声を掛けてくる。小さく手を上げてそのまま公園に二人で入ると、まさかの光景に二人同時に固まってしまう。


「……え?! ナニコレ」

「一人じゃ入りづらくて……」


 いつ来てもこの公園には犬の散歩に来た人か、小さな子供を連れた家族くらいしか、見たことがなかった。何しろ区画整理で造られた、小さな小さな公園だ。遊具もなければ、走り回れるほどの大きさもない。休憩用の東屋が一つと、木々の傍にベンチが2箇所あるだけ。恐らくは住宅の間に決められた、緩衝地みたいなものだろう。或いは一時避難場所等と言った、地域の景観緑地の一種かも知れない。


 だが今現在、この小さな公園にはどこから湧いたんだと思えるほど、カップルや男女のグループでごった返している。待ち合わせ場所になっているのか、ここで時間を潰しているのか。はっきりとした事はわからないが、兎に角今の状況は、俺と竜太にはいたたまれない事この上ない。


「……学生ばっかりです」

「あぁ、中高生が全て休みになったから……って、俺達もだろうが」


 サラリーマンの愚痴みたいな言葉を漏らす、竜太に思わず乗っかりかけて、慌ててツッコミを入れる。だがそのノリツッコミさえ今の竜太には通じないのか、恨めしそうな表情で公園の連中を見詰める彼を見て、思わず声を掛ける。


「……お前、マジ大丈夫か?」

「……え?! な、何がですか?」

「何がって……。俺の言ったこと聴こえてないみたいだし、酷い顔つきだぞ」

「え……」

「ここじゃあれだ。やっぱ、俺ん家に来い」


 そう言って引き返そうと、彼の腕を掴むが、思ったより強い力でその手を外され「無理です!」と声を荒らげて後ずさる。近くに居た人がなんだと振り返って来るので、慌てて彼に近寄り「じゃあ何処か別の場所に」と言い、何とか彼を落ち着かせる。



 公園から少し歩いて表通りに出ると、交通量が増えて行き交う車の煽りで、吹く風が一段と寒さを押し付けてくる。ぶるりと身を震わせてから後ろを見ると、竜太はその大きな体を無理やり屈めて、俯いたまますぐ後ろをついて来ていた。その様子に嘆息しながら歩いていると、目的地であるファミレスに辿り着く。


 お昼を過ぎたとは言え、学生たちが休みに入っている為か、店の中は思った以上に混雑気味で、かなりの喧騒も聞こえる。ウェイトレスに小さな二人席へと案内されると、ドリンクバーを頼んで、早速席を立つ。コーヒーマグにカフェオレを注いでいると、隣のコールドコーナーで、メロンソーダを波々と注ぐ竜太。この真冬の中、暖房もガンガンに効いた店内ではあるが、まさかの一杯目にそれをチョイスかと内心驚いていると、俺の視線に気づいた竜太は「……コーヒーって苦手なんだ」と小さな声で言ってきた。


 二人で席に戻り、互いに持ってきた飲み物を一口啜って一度落ち着くと、改めて俺は彼の顔を見て話し始める。


「もしかして、お前まだ恵の事で落ち込んでいるのか?」

「……」

「はぁ~。言っておくがアイツはもう気にしていないぞ? 今日だって、友達とクリスマスパーティの事で――」

「分かってる! それは分かってるよ。……そう言うんじゃないんだ」

「ん? そう言うんじゃないって?」


 俺が聞き返すと、つい喋ってしまったと自分で気がついたのか、竜太は一瞬瞠目した後、黙り込む。あぁ、これは長期戦になりそうだと思うと同時、マグを持ち上げ、少し甘めのカフェオレを啜った。




 目の前の陰気な大柄を眺めながら、2杯目のカフェオレを飲みきろうとした頃、不意に小さな呟きが聞こえる。空耳かと周りを見回すが、騒ぐグループは大きなボックス席に座っている。前後に席は在ったが、そこには待ち合わせなのかスマホを触っている女性が一人しか居ない。もしやと思って前を見てみると、竜太が心持ち顔を上げてこちらを上目遣いで見上げていた。


「康にぃ……あのさ」

「なんだ?」


 声を掛けてきた竜太に返事をすると、彼はまた話しづらそうにモゴモゴして大柄な体を殊更窮屈そうに屈めていく。そんなに体を屈めたところで、消えてなくなるわけでもないのに、何をしているんだと考えていると、ボソリと一言呟いた。


「……だったみたいなんだ」

「は? もう少し大きな声で話せ。聞き取れなかった、何だったって?」

「――きになったみたいなんだ」

「ん? 気になった? なにが?」

「違う!」

「は? じゃあ何だって言うん――」



 ――俺、恵ちゃんの事が、好きになっちゃったみたいなんだよ!



 流石に今の言葉は、はっきりと聴こえた。と言うか、結構な声量だったのか、それまでスマホをずっと眺めていた女性にも聴こえたのか、わざわざ顔を上げてこちらを凝視している。近くを通るウェイトレスにも聴こえたのだろう、チラ見した彼女はまるで、微笑ましい告白を聞いたかのように、ニマニマと口元を緩めていた。


「――お、おう……。へ?」


 聞いた俺も思わず、おうと返事をし……って、は? 何々、何とおっしゃいました? そうして頭がフリーズする。



 ――竜太が恵を好きになった?




 

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