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 朝晩の冷え込みは既に酷くなり始め、ベッドからの脱出には困難を極めるようになっていた。特に朝の何とも言えないあの包み込まれ感は、一生を過ごしたいと思えるほどだ。既に師走に入って間もなく、冬休み前の実力考査も間近に迫り、いよいよ学校に行くのが辛くなって居る。


 ――季節は冬になっていた。


 そんな寒い季節になっても、日々は変わらず俺達に平等に訪れ、日常は刻々と進んで行く。昨日知らなかった事柄を今日知って考え込み、明日になって違う答えを得たりする。同じに見えた日々は常に変化しており、息をしているだけで、過去は形成されていくのだ……。いつか終わる、その時まで。



 030: 夏のバイト1号


 こんばんわ。

 今日の更新見ました、新作のニットの完成、楽しみです。俺は洋裁なんて全然分んないけど、いつも制作過程や、その写真見る度に凄いなぁと感心しながら見ています。……これからもどんどん寒くなって行きますね、風邪には気をつけて下さい。



 Re:

 こんばんわ~。

 いつも見てくれてありがとです(*^^*)


 そうですよね~。最近、朝が辛いです(T_T)


 お布団から出られません。


 バイト君も体には気を付けて、風邪など引かぬよう十分暖かくしてくださいね。





 優莉さん、寒いの苦手なんだ。……まぁ、あんまり好きな人って居ないかもな。

 

 最近の日課となった動画チェックの後のサイト訪問。写真を見て感想をつけたり、日記を読んで共感したり……。何時しか、コメント欄は俺と彼女の交換日記のようになって居た。……俺は彼女とどうしたいんだろう? あの時見た表情の真意は未だ、何処か引っ掛かりは感じている。ただ、現状そんな話が聞ける間柄でもないし、そんな場所もない。


 唯のネット上の知り合い。……でも辞めることも出来ないし、その気もない。ものすごく中途半端な気持ちだ。……はぁ、俺自身がわかんねぇ。いや、惹かれ始めているのは自覚してる。ただ、アプローチの仕方が判らんし、引かれそうで怖いんだ。俺はこの現状に至った原因を分かっているし、一方的では有るけれど彼女を見知っている。でも彼女はどうだ? 「夏のバイト1号」としか書いていない俺の素性なんて知りようがないはず。もし気づいているならレスの中にそれらしい言葉が有るはずだが、今のところそんな文言は一切見当たらない……。正直。なにか行き詰まってる感じがして、もやもやはドンドン膨れ上がっていくばかり。


 そんな、恋バナにもならない初歩の場所で懊悩していると、久しぶりに懐かしい人から連絡が来た。



「よう康太、元気してるか?」

「お久しぶりです。親方」

「親方って、何だよ……。まぁいっか。突然連絡して済まなかったな、ちょっといいか? 実は――」


 親方からの話では、一緒に作業をしていた職人さんが実家の訃報で3日程、抜けるらしい。直ぐに手配をかけて2日は手配が付いたが、1日だけどうしても埋まらなかったそうだ。その日は、作業的にと言うより人出が欲しい、日当は多めに出すので、手伝ってくれないか? との事だった。俺の学校の休みに合わせてくれたのと、気分転換も兼ねてOKした。


 正直ここ最近、頭と心が一杯一杯だった。どんどん周りが変わって行くのに、付いて行けない自分が腹立たしかったのも有ったろう。だから、何も考えずに目一杯体を動かして、少しリセットしたい気持ちになったのが本音かもしれない。




**++**++**++**++**++**++**++



 気がつけば既に日は落ちかけている。ふと見上げれば建築中の新築マンションには綺麗に室外機が壁に設置され、ベランダのないワンルームマンションの壁に、幾何学模様のように並んでいた。地上6階建てで1フロアーには5戸、計30台のルームエアコン取り付けの工事。今日はその全ての階への荷物の搬入作業だった。各戸の内装などはほぼ完成しているが、エレベーターなどは稼働しておらず、当然ながら荷物はすべて手搬入。朝一現場の入口に並んだエアコンの箱を見たときは、流石に変な汗をかいてしまった。足場の狭い階段を親方と二人、必死に室外機を持って上がり、壁面に取り付けられたブラケットへ設置する。当然最上階から行ったが、午前中で進んだのは3階までだった。足場が今日取り外しだったため、まるで追いかけっこのように運んで設置しては、降りてを繰り返し、2階部分まで運んだ時点で全ての足場が無くなっていた。


「お疲れでした~」

「おう、お疲れさん。今日はマジで助かった。うちの職人が訃報で急に田舎に帰ったから、今日出来なかったら、こっちで足場準備しなきゃいけないところだった。ありがとな」


 俺は全ての荷物をトラックに積み、現場監督と打ち合わせが終わった親方に話しかけると、そう言って労いの言葉をかけてきてくれる。


「……でも、室内は全然弄ってないですけど良かったんですか?」

「ん? あぁ、中はまだクロスなんかが張られてないからな。それに作業は窓のところから出来る」


 親方の話に「へぇ~」とだけ生返事をして、マンションの方をまた見上げる。あんな何もない所で窓から顔を出して作業とか、高所恐怖症の人間には絶対無理だろうなと思い、さっきまで冬にも関わらず流れていた汗が、瞬時に冷たく感じられた。


 ……久しぶりのバイトだった。頭を使わず、ただひたすら荷物を運ぶ単純作業。気を使うのは商品をぶつけないようにとか、初めてかぶった作業用ヘルメットがずれて鬱陶しいくらいだ。気がつけば冬なのに汗が流れ、初めて登った作業用足場に緊張していた。


「……よし、じゃぁ帰ろうか」

「はい」


 建築現場内の敷地から、防音扉をガードマンに開けてもらい、トラックは一路俺達の住む街へ向け進みだした。




「そういえばあのサイト、俺も見てるよ」


 渋滞のない道路をスムーズにトラックを走らせながら、思い出したように親方は話し始める。それを聞いた途端、何故かどきりと肩が跳ねる。


「……はぁ」

「コメント入れてくれたんだな。助かったよ、まぁ、最近はなんだか、付き合いたてのカップルみたいでもどかしい感じだがな」


 ……コメントを見られた。そう聞いただけで、顔が赤くなっていくのを自覚する。そう、考えてみれば当然だ。あのサイトを教えてくれたのは親方だし、コメント付けてくれと頼んできたのも親方だ。その頼みを聞くという前提で、あのサイトを見に行ったのだから……。初めてのコメントはそれも気にして多分、あんな素っ気ない文言になったんだと改めて思い出した。……ただ、それ以降はと言えば。あのレースの服を見た時から。自分の感情を優先してしまった……。


 自覚した途端、まるで自分の恥ずかしい所を見られた気がして、耳まで赤くなっているのが分かる。同時に彼には気があることを見抜かれていたことを思い出し、親方の方を向いて話し始めた。



「……その事なんすけど、チョッと考えなきゃいけない事が色々有って、悩み過ぎてて。最近病んでます」

「ん? なんだ? 何かあったのか?」

「実は最近――」


 流石に佐知のことは言えなかったが、健二が学校を辞めた事や、就職先が自分で決められなかった事など、止め処なく吐き出すように一気に話す。そんな俺の言葉を親方は、黙って聞き入ってくれる。何時しかつらつらと自分の心情を幾つも吐き出して気がつくと、トラックはいつの間にか、道路脇に停まっていた。


「――そんな感じで今、自分がどうしたいのか、彼女にどう接すればいいのか正直わかんなくて。でも、かといって込み入った話はサイトになんてコメ出来ないしって感じです」

「……そか。ちょっと会わない間に、色んな事があったんだな」


 そう言って親方は、何かを考える様に腕組みをしてシートに深く背を預けると、運転席の窓を少し開け、加熱式タバコを準備し始める。目線でチラとこちらに許可を求めたので、頷くとその先端を口に含み、窓側に大きく息を吐きだすと、薄い煙が共に吐き出され、車内にその匂いが漂ってきた。


「康太、俺が前に親父達の事話したの覚えてる?」

「はい、勿論」

「あの時言いたかったのはさ。伝えるって事の意味を考えて欲しかったんだよ」


 伝える事の意味……。言葉、気持ち。思い、想い。相手にどう伝えるのか、どう伝わるのか。その先は……あぁ、また解かんなくなってきた。意味って一体どう言うことだ? 伝えるのは相手に知ってもらうってことじゃないのか?


「……人ってさ、いつもどんな時でも。嫌でも、誰かと接点持って生活してるよな。例えば朝起きて、家族に会ってご飯を食べる。家を出て、学校に行く途中、言葉を交わさなくても誰かを目にしたり、すれ違ったり。……もし、引き篭もって居たとしても、ネットをしたり、サイトを見たりしてコメントしたりするよな。……まぁ、ネットも繋がず、誰とも接することなくってのは数日なら可能かもだが、そもそもそれじゃ、生活が成り立たないだろ? 人と人との繋がりってのは、それをその人が受け入れて、許容するかどうかはその人次第じゃん。……俺はさ、人っていつも自分の周りに見えない壁を持ってると思ってるんだよ。……ほら、アニメのあれだよ、ナントカフィールド。あれ見た時すげぇ納得したんだよな。自分以外を拒絶する見えない壁。初対面の人には勿論、知ってる人でも、友人にさえできる壁。……それがある限り、自身は傷つかないし、相手も傷つけない。……替わりに相手の気持ちもわからない。そして、ジレンマに陥っていく。ありゃぁ、人間不信の典型的思考だよな。……っと、いかんいかん、脱線しちまった。つまり、何が言いたいかと云うとさ。人との繋がりは嫌でもある。だけど、その気持ちを伝える事が出来たら? 相手が君の思いを受け取ることによって、態度が変わるかもしれない。……まぁ、変わらない嫌な奴もいるけど。……君が何を考え、何をしたくて、何が好きか。まだまだ、俺には君の知らない事が沢山ある。彼女はあのサイトから、ずっと『声』を上げていた。……皆にずっと話しかけてた。それに康太は応えた。ただ、うまく伝えられなくて、モヤモヤしていた時に、周りの変化が重なって起こってしまって気持ちが立ち止まってしまったんじゃないかな」


 親方はそこまで一気に話した後、一拍空けてこちらを向いて聞いてくる。


「……なぁ康太『絆』って漢字分かる?」


 それまで話していた親方の急な質問に? が飛ぶ。

「え? は、はい解ります」

「意味は?」

「え? えぇと確か「心の繋がり」や「強い信頼関係」のことを指しますが、本来は「犬や馬などを繋いでおくための綱」のことを指す言葉だったと思います」

「おをっ! さすがは現役高校生! 勉強してるねぇ」

「じゃぁ漢字の意味は?」


 漢字の意味? と言われ、はたと考えを巡らせるが、当然調べたことなど無い。

「そこまでは知らないです」

「解ってないんだってさ」


 え? どう言う事? そう思って親方の顔を見るが、前を向き、煙草を燻らすその表情に変化はなく、彼は滔々と言葉を紡いでいく。


「絆・紲とも書くらしいんだけどさ。なんで、糸と半や世なのか。漢字の由来は解ってないらしいんだ。……糸はまだ、理解できる。綱や繋ぐから、来ているんだろうなって。でも残りの半や世は解らない。だから、俺はこう考えたんだ、半分の糸」

「半分の糸?」

「そう、半分の、繋ぐための糸。絆、それは半分の糸。繋ぐための糸。人と人を繋ぐ糸。繋ぐのは心……て。ちょっとカッコつけすぎたかな」


 そこまで言った時、先程の無表情とは違い、ははと照れ笑いをしながら親方は頭を掻いていた。


「さて。ここからは康太次第だ。俺は仕事上、彼女の連絡先を知っている」

「――っ!」

「まぁ、もちろんそれを康太に教える事は出来ないけど」

「……」

「逆は康太次第」


 逆? あ! 俺が教えるのはいいって事か!


「……まぁ、その先は彼女次第だけどな――」




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