絆
繋がり
1-1
気がつけばもう季節は変わっていた。長袖のカッターシャツにグレーのパーカーを羽織り、その上にブレザーを着る。まだ流石に年末にもなっていないのでコートを着るまではしていないが、それでも朝晩の冷え込みは、結構首を竦めたくなるほどには、なっていた。
ホームルームが終わり、担任が「気をつけて帰れよ~」と気の抜けた声を出しながら教室を出ていくと、ざわついていた教室内は一気に開放されたように、皆が思い思いに席を立つ。帰宅の為、教室を足早に出ていく者、数人で固まり、話を再会する者。好きなように移動し始める。窓際の自席に座って校庭をぼんやり眺めていた俺も、灰色に濁った空を見上げると、同じ色の気分になったような気がして、そのまま鞄を肩に掛け、誰に何を言うでもなく教室を後にした。
「――もう、ウザくてウザくてさぁ」
「こっちも同じだ。いい加減にまじダリィ」
健二の退学と佐知の休学は、瞬く間に同学年の生徒たちに広まった。それから当たり前のように毎日、毎日質問の嵐……。確かに二人は俺達の幼馴染であり、男女でもある。それにも増して、「休学と自主退学」と来たら。他クラスの連中にとっては格好のネタで有ることに間違いない。そんな下衆の勘繰りに毎日苛立ちながらも否定し、「詳しいことは知らない」を言い続けていると、クラスの連中はそんな俺や有紀を見て変に勘ぐったのか、腫れ物に触るような態度を取り、変に意識した会話しかしてこなくなり。そうなってしまうと俺達はクラスで浮いてしまうわけで、いい加減に辟易していた。そうして下校は自然と二人で帰るようになり、その道のりでは毎日のように愚痴の言い合いになってしまう。
「進学組はさぁ、そろそろ真面目に勉強しなきゃいけないのにさ」
「……そうだな、有紀も頑張れよ」
「――っ! ゴメンナサイ。無神経だった」
「……それより、どっちにしたんだ? 専門? それとも大学?」
彼女に悪気が無いのは、わかっている。言ってから気付いたんだろう、気まずそうな顔で謝ってくる。……それでも、気にしてないとは言えなかった。俺だってもう少しはそう言う贅沢な悩み、したかったのだから。でも引っ張るつもりもなかったので、俺から話を振ってみる。
「――え、あ……うん、専門に決めたよ。……皆より少し、社会に出遅れちゃうかもだけど」
「何いってんだ? そんなの関係ないじゃん。有紀の夢じゃんか。それに、働くって事に関してなら、有紀の方が全然先輩じゃねぇか」
――そう有紀はずっと頑張ってる。
幼くして父親を亡くしてからずっと……。美咲おばさんに負担を掛けないように、小さな頃から家事を手伝い、中学に入るとすぐ佐知の家の新聞配達のバイトを始めて。高校になったら、知り合いの居酒屋のバイトも増やして――。全部、全部が自分の決めた夢の為に。そんな事を思いながら、彼女が話す言葉に耳を傾け、2人で帰るいつもの通学路。校門を出て、駅までの道のりを二人で歩く……。
ここの商店街で偶に買食いしたりしたなぁ。……あぁ、あそこは健二のお気に入りのパン屋だ。四人でよく買いに寄ったっけ。その向かいは、佐知がよく寄っていた雑貨屋だ。いつも何かの小物やキーホルダーを買ったりしてたな……。
そうして店の前を通り過ぎ、程なく駅につく。時間も夕方になり、標高の高いこの地域は寒暖差も激しい。冷え始めた駅の改札を足早に抜け、時間通りに到着した電車に乗り込む。ドア近くのつり革には俺が、座席横のバーに有紀が掴まり、また他愛のない話を繰り返す。話のネタが尽きる頃、着いた駅舎の改札を出ると二人、互いに自分の自転車に乗り、家路へ向かう。
――これからは二人で……卒業まで。
**++**++**++**++**++**++**++
玄関先で「また明日」と声を掛け合い、互いの家のドアを開ける。有紀がドアを閉めるのを確認してからドアを潜り「ただいま」と電気の付いたリビングに向け声をかける。洗面所で軽く洗顔して自室で部屋着に着替えると、スマホだけをポケットに入れてリビングへ。
「おかえり、有紀ちゃんは?」
「あぁ、一緒に帰ってきたよ。今日はバイトだから、また出掛けるんじゃないかな?」
「そっか。じゃあご飯も向こうだね」
「だと思う」
リビングに居た母とそんな会話を交わし、黙ってスマホでゲームをしていると、部屋から降りてきた恵が母に声をかける。
「お母さん、そろそろご飯の準備しないの?」
「ちょっと待って。もうすぐでこのドラマ終わるから」
……そんな母と妹の日常を聞き流しながら、時間は流れていく。どこかで焦る自分がいるが、何がと言われて答えは出ない。そんなもやもやした気持ちのまま、画面を覗いていると、いつの間にやらゲームオーバーと表示されていた。
◇◇◇
夕食や風呂など、階下での用事を済ませて自室に戻ると、ベッドにドサリと倒れ込む。別に疲れたわけではないが、何となく気分的にやってしまった。仰向けになり天井を見詰めていると、変に眠気が来そうになったので、時計を見ると9時を少し過ぎた頃だった。流石に小学生じゃあるまいし、こんな時間に寝たら絶対変な時間に起きてしまう。そう思って鞄を置いた机に向かい、何気なしにパソコンの電源を入れる。
――ふぅ、つべの巡回終わり……と。なんだか最近、動画も同じ様な事ばっかで飽きてきたなぁ。そんな事を考えながら、ぼんやりとブックマークを眺めてみる。……そう言えばと思い出し、マウスポインタをその場所でクリックした。
――ざぁ、ざざぁ……。ざぁ、ざざぁ――。
変わらずに流れるのは潮騒の音。綴られているのは、その日あった些細な事や気持ちを綴る、日記のような形式のページ。日付はたまに飛んでいるが見ればアーカイブはかなり増えていた。そうしてスクロールしていると、見知らぬ項目が一つ追加されていた。『写真館』クリックして飛んだ先には、彼女のお気に入りと思われる、服や小物などが説明コメントと一緒に並んでいる。……へぇ、マグカップか。……そう言えばあの時、出してもらった麦茶は綺麗な形をしたガラスコップだったなぁ……。ん? これはメモ帳? お、これは服なのかな? などと、増えた写真なんかを見ていると、前回コメントしていたことを思い出した。
「……あ! レスが付いてる」
003: 名無し
初めまして。
いつもホームページ見ています。潮騒……落ち着く音ですね、また覗きに来ます。
名無し様。
コメントありがとうございます。
初めまして、Youriと言います。
海、お好きなんですか?
良かったらまた何時でもお越しくださいね、私はココに居ますから。
お待ちしています。
PS 良ければ今度はニックネームでも教えて下さいね。
その文字を読んだ瞬間、何故か落ち着いた気がした。いや、気持ちが楽になった? と言えば良いのだろうか。とにかく気分が穏やかになったのだ。……あの夏の日差しと白い部屋。真っ白いワンピースを着た彼女の表情が鮮明に思い出される……。不意にその事を思い出し、トップページに戻って写真館をまた漁る。
――有った。
其処には、顔部分は加工されていて判らないが、真っ白なワンピースを着た彼女が写っている。
あの夏の日に見た、白く、そして静謐な部屋の中で。
……そう、あの時。初めて彼女に出逢った時に、彼女が着ていた服だ……。途端、夏の暑かった思い出と、必死に運んだ荷物なんかの事が、頭の中でセミの大合唱と共に溢れてくる。音が溢れ、光が眩しかった夏の思い出……。たった数ヶ月前のことなのに――。目の前の画面が滲み始め、ぼやけて見えにくくなると同時に、声を殺して俯いた。
写真の説明文には「自慢の一品です。自作なんですよ!」と書かれていた。
012: 夏のバイト1号
お久しぶりです。003の名無しです、名前つけました。
写真館、追加されたんですね。
あの白のワンピースが凄いです。
レースの部分とか、凄く細かくて綺麗です、似合ってました。
――深く考えずに書きたかった事を書いた。……本当にそう思ったし、伝えたかった。あの時の彼女は、すごく綺麗で、繊細で。只々儚く見えて……哀しい表情を見てしまったから。
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その時のノリと勢いで最後の一文を入れてしまった事を激しく後悔しながらも、何故か編集することもなく2週間ほどが過ぎていた。あの日から学校を終えると日々の日課になってしまった彼女のブログ閲覧……。何故だか一度の更新もされていない。最初の1週間は気にしなかったが、流石に今日も更新がないのを見て、何か有ったのかなと考える。
「……もしかすると、このブログにも鍵、掛けちゃったのかな」
どう言う経緯でこのブログを始めたのかは知らない。最初の自己紹介欄が全てだなんて思う程、俺も子供じゃない。……誰にだって言えないことや言いたくない秘密は、持っているのだから。ふとそんな、寂しい気分になりながら、コメント欄をスクロールしながら流し見ていた。
「――あ!? レスついてんじゃんか」
そこを見つけた瞬間、思わず声に出してしまう。
Re: 夏のバイト1号様
コメント有難う御座います。
名前も付けてくれてありがとうです(*^^*)
いきなり、親近感が湧きましたよ(^o^)
あのワンピ、お気に入りなんです! レースの部分は苦労したんですよねぇ😫
…あと、お世辞がうま過ぎですよ。顔だして無いのに😁
PS お返事しか出来なくてゴメンナサイ、今チョット更新できなくて。これもスマホから入力しています。
また必ず更新しますので、良かったら来てくださいね(。>д<。)ゞ
――そうだったんだ。
良かった。ブログ、辞めたんじゃなくて……。
何故更新できないのかは分からないが、何か事情があるのだろうと思い、そこは気にしない事にして、お世辞云々の箇所を見て懊悩する。……そりゃそうだ。いきなり、あの夏のエアコン工事のバイトだなんて流石にここへ書けないし。
――でも、お世辞じゃないんだって言いたい気持ちも有るしなぁ……。ぐぬぬ。……って、いやいや大体、彼女にあの時の俺だなんて知らせてどうするってんだよ。あぁ、またこのもやもやだよ。分かってるんだよ、もう。彼女のことが気になっている事は! はい、好きになりかけてます!
……はぁ~。
ムキになって、心の中の自身と言い合いをして虚しくなる。結果、自分の想っている本音を吐き出して、溜息がこぼれる……。結局、そこはどうにも解決できないまま、当たり障りのないコメを残してやり過ごす。
「……ははは、ホント健二に先越されちまったな、俺」
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