3-2




 結局、誰からも援護されることなく、一人いじけてしまった恵は一人ブツブツ言いながら部屋を出ていき、母も「早速使ってみるわね」と言ってパソコンを持って自室へ戻って行った。健二はそれを見届けた後、夕飯前まで一緒に部屋で駄弁っていたが、一緒に食事をした後、そのまま帰宅した。俺はそのまま自室に戻って机に向かい、設定の終わったMacを立ち上げると、早速とばかりにサファリを起動し、親方に貰ったメモを見ながらアドレスを打ち込んでいた。



 ──途端、画面に滲み出るようにして出てきたのは、寄せては返す波打ち際の砂浜の映像と、静かな潮騒の音。ざぁ、ざざぁ……。ざぁ、ざざぁ。引波になった時、それは映像ごと引いていき、ヘッダーとなってサイトの全容が現れた。



      ~~Octave~~



 ヘッダー画像に重なるように、そのサイト名は書かれていた。「オクターヴ」が何を意味するのかよく分からなくて、ウィキ先生で調べてみれば、そこで初めて音楽用語と知った程度。内容までは理解できなかったが、「音」に関する物とだけは理解した……。そんな事を思い出しながら、記事をゆっくり下へとスクロールしていく。




 ようこそ! Octaveへ。



 皆さんはじめまして。私はこのサイトの管理者、YOURIと申します。まず初めに、このブログサイトを立ち上げた経緯を簡単にお話します。唐突ですが、皆さんは障害者と聞いてどの様なイメージを持たれますか? 「あぁ、可愛そうな人達だな」「……あまり関わり合いにはならないほうが良いかな」「身の回りには居ないからよくわからない」etc……。


 逆に、「自分もそうだ」「別に何とも思わない」……千差万別ですよね。ですが圧倒的に前者のイメージが強いでしょう。事実、昔は様々な差別や区別も有りました。今その事はかなり改善されましたが、それでもゼロとは言えません。


 障害と一言で言ってもその症状は様々です。ここでそれを深く言及するつもりはないですが、大別すれば、ひと目見てそうだとわかる人、言動を見てわかる人、最後に一見だけではわからない人などでしょうか。


 はい! 私、YOURIもそんな障害者の一人です。耳に障害があります。上に当てはめれば一見だけではわからない人です。普通に自立し、生活もしています。私の病状は少し特殊でして、その病名は『進行型』の『変異型感音性難聴』と言うものです。まぁ簡単に言うと耳が聴こえないんです。……ただ、全く聴こえないと言う訳ではありません。


 ある一定の周波数帯、いわゆる音階は僅かですが聴き取れるのです。


 察しの良い方ならお気づきですね。そうです。このサイトに流れるBGM。そう、この潮騒……。今の私に届く唯一の音なんです。そして───。



◇◇◇



 それは、バイト最後の食事会での事。



「……なぁ康太」

「はい?」


 飲んでいたビールジョッキの水滴を見つめながら、親方はポツポツと言う感じに急に小さくなった声で話しかけてきた。その様子に何か有ったのかと思いながら、網に乗った肉を焦がさぬよう、端に避けたりしていると、小さく畳んだメモ用紙が俺の前へと差し出される。


「これは?」


 受け取り広げて見てみると、そこにはウェブサイトのアドレスが記載されている。何だと思って聞いてみると、残ったビールを一気にあおり、一息ついて話し始める。


「こないだの休みの日にな、ちょっとした事があって、お客様の所へ行ったんだよ」

「……はぁ」


 そう言いながら、まるで言い難いことを言わなきゃいけないというように、少し間をおいて俺をまっすぐ見つめてくる。なんだ? 一体何が有ったんだ? それにこのアドレスは何の関係が有るっていうんだ……はっ! まさか何か工事でミスでも有ったのか?! それを何処かの掲示板にでも書き込まれたとか!? それは信用問題につながる大きな事だ。一体いつだ? まさか俺がなにかのミスを──。


「ま、お客様のうっかり使用ミスだったんだけどな」


 ……おい! おいおいおい! ……なんと言う肩透かし! この酔っぱらい! マジでビビった、そして俺の怒りは何処にやればいいん──。


「橘さんだったんだよ」


 ──え?! 


「それで説明したら、スゲェ勢いで謝られてさ。その時は彼女のお母さんも居たから、出張費払うって言われて……。いやいや、此方の説明不足だったって言って、そこはやり過ごしたんだけどな──。たまたまパソコンが点いてて、しかもそこから音が聴こえて来たんだよ」


 音? そう言われて、一瞬何がと考える。パソコンから音が流れて何がおかしい? と、そこで彼女の身体的特徴を今更ながら、思い出す。……そうだった、彼女は耳が聴こえないんだった。それにあのパソコンは彼女のだったな……。


「気になってつい聞いちまったんだ。そうしたら、彼女のブログサイト? てやつだったんだよ」

「………」

「聞いちまった手前、そのサイトの事、話してたら、ぜひ足跡やコメントお願いしますって言われてさ──」


 律儀な親方はそれから二~三度、そのサイトを見に行ったらしい。ただ、日記だったり、細々した写真がいくつか有って、オジサンとしてはなんともコメントしにくかったそうだ。だが何もしないというのは気が引ける。で、結局彼女のことを知ってる、俺にもアドレスを教えるので行ってなんとかうまくコメして来いと……。


 どんなアフターサービスなんだよ!



◇◇◇




 ──そして、私がこのサイトを立ち上げた一番の理由! 私は今! アナタと同じ! そうです! 今アナタの耳に届くこの音は、私にも聴こえます。そして、画面に踊るこの文字を打っています。


 ふふふ……。どうですか? このサイトで私とアナタにハンデは無いですよ!


 まぁ、冗談はこのくらいで、大事な秘密を一つ。私は心に大きな鍵付き扉を持っています。なぜか?


 私は普段街を歩く時、買い物をするときなど、メモが手放せません、手書きのメモ帳です。私にとっての他者とのコミュニケーションは『筆談』が多いからです。ご存知かと思いますが聾唖の者にとって、手話が当たり前だと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。逆にその手段を取らなくても、今は色々な補助具を使うことによって、聞き取ることは可能になっている事の方が多いのです。故に明らかにそうだと分かってしまう手話を使わない人も、存在しています。私は現状その補助具を使っても不可能だし、もう十年以上昔から手話生活なので気にはなりませんが。


 そんな私でもやはり、普段の生活では気を使います。やはりこの世界はバリアフリーには、なりきれていませんから。あぁ、別に不満なんかが有るわけじゃないんです。なので今のマスク社会には結構感謝してたりもします。


 あぁ、話が脱線しちゃいましたね。メモ帳の事。今時、文字のコミュニケーションなら、スマホでいいじゃんと思いますよね。……でもね、あれって結構面倒なんですよ。鞄から出して起動させて、メモアプリ立ち上げて……。毎回お店でやり取りの度にそれをするのは、慣れれば、定型文などで早いかもしれないですが、私は結構ドンクサイので。結果、メモ帳のほうが早いんです。


 まぁ、そういう事もあって、普段の生活では色々考えて扉をつけてます。


 でも!


 此処にはそんなものはありません! ここは私の思ったことを、思った通りに発表する場所ですからね。


 長々と書きましたが、気に入って頂けたなら、これから仲良くしてくださいね! 良ければ、足跡、コメントくださいな。YOURIはそれだけでも嬉しいですから。




 「日記は此方」     「写真は此方」    「足跡コメントは此方」




 トップページに長々と書かれた自己紹介。そうして最後の部分に置かれたリンク。正直何も考えずに偶々訪れたなら、始めの二行辺りでブラウザバックしてただろう。身体障害を初めに謳い、自虐のような言葉を羅列し。インパクトはあってもイメージは悪くなる。まぁ、そこでふるいに掛けているのかもしれないが……。


 薄い水色の背景に、ずっと流れる潮騒の音を聞きながら、見ていた画面から一度目を離して、ぼんやり考える。


 随分、初見とイメージ変わるな。実際の彼女を初めてみた時は、芸能人かモデルかって思ったし。何よりすんげぇ大人しそうな感じだったんだけどなぁ。……あ! そりゃそうか、話さなかったんだもんな俺。てか、手話なんて全然知らないし。手話か……親方、普通に手話してたなぁ。親方のお母さんも聞こえない人だって言ってたっけ。



 ──さてと。どんなコメントを残しますかね。



 それから20分程、俺は色々リンクを見ながら、ブラウザとニラメッコしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る