兆し

3-1 



 二人と分かれた後、佐知は健二を連れて駅から少し歩いた先にある、いつものファミリーレストランで、遅めのランチをしていた。特別、理由があったわけではない。だが佐知はどうしても真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。明るい空が赤くなり、やがて暗くなっていくこの時間帯は特に、一人になるのが嫌だった。理由は幾つか在ったが、今は康太と有紀の事を考えて居た。話し相手が健二と言うのに不満は在ったが、他に連れて行く人間も居なかった。何故だか健二は少し躊躇していたが。



「……ねぇ健二」

「──ん、なに?」

「あの二人ちゃんと付き合えるかなぁ」

「……え? あぁ、ん~、康太はスゲェ鈍感だからなぁ」


 店に入ってから、健二は少し挙動不審になりながら、しどろもどろに佐知の話に付き合っていた。その事に少し首を傾げたが、暫くすると「……今日は居ないか」と呟いて、ホッとしている健二を見て、何がと一瞬考えたが、ドリンクを取りに行った後、態度が戻ったので忘れることにした。


「それも有るけど、康太って人の事ばっか考えて、自分の事は等閑なおざりって言うかさぁ」

「まぁ、俺達四人共、昔から一緒だった時間が多くて、近すぎるってのも有るからね」


 健二の言葉に思い当たる事が多すぎて、言い返す事が出来なくなる。ふと指先に当たったドリンクバーのマグカップを覗いてみると、先ほど入れたアップルティーの香りが鼻をくすぐり、言葉の代わりに溜息が一つ溢れた。


「──幼馴染みってさ、漫画みたいに簡単にはいかないよね。リアルだと近すぎて……ホント苦労するよ」


 健二はそう言って、窓の外をだらけた格好で見ながら、アイスティーとコーラのブレンドをストローで一気に飲み、「ぐえぇ! 失敗したぁ。不味い~」と馬鹿な顔を晒していた。


 ──近すぎて。確かに私達はいつも、何をするのも一緒だった。親同士が友達だったからというのも有る。ほぼ毎日誰かと関わって、それが当然の事だと意識すらしなかった。私や健二、康太の三人は、ほぼ生まれた時からそうだったのだ。そこに有紀が入って四人になった。


 ──それまで兄妹だった関係が、変わった切っ掛け。健二や康太は知らない……。私と有紀が恋を知った時期を。どうして私達が本当に仲良くなったのかを──。


 そんな感情をふと思い出して、健二の顔を見ると、相変わらずの馬鹿な顔をしている健二に何故かムカついた。


「……馬鹿なんじゃない? そんな変な飲み方して遊ぶのって、中学で卒業しなよ。はぁ~、何で私が健二とファミレスで、ご飯食べてないといけないんだろ」

「な! そんな言い方しなくてもいいじゃんか」




***+***+***+***+***+***



 

 そろそろ九月になろうかと言う頃、学生達にとっては地味に嫌になる季節、夏休み終盤。暦の上では処暑も過ぎたと言うのに、相変わらずの猛暑が続く。そんな暑さにも拘わらず、俺と健二は、朝早くから電車を乗り継ぎ、都市部にある某大型電気店へと足を踏み入れていた。


「……いいなぁ~。MacBook Airかぁ」


 健二は羨望の眼差しを寄越しながらも、自分は別のパソコンを弄っている。


「まぁな。バイトのもう一つの目的でもあったしね」


 そうなのだ! 念願のMac! 信者ってわけではないが、現在俺が所有しているスマホはiPhoneだったので、利便性や、同期なんかがしやすいと聞いて、購入を決めた。スマホは親が高校の合格時に買ってくれたのだが、流石にこっちは駄目だった。代わりに親父のお古が廻ってきたが、マトモに動いてはくれない化石ノートパソコン。Windowsも好きだったんだが、流石に7はもうヤバいっしょ。と健二に言われて10にしたら、駄目になってしまった。健二いわく、メモリやら、SSDがどうのと言っていたが、一般高校生にそんな言葉分かるわけもない。結果、化石化ノートパソコンは現在俺の部屋の押し入れで眠っている。



「……お金持ちは、やる事のスケールが違うね。高校生で、自分のお金で一括とか、はぁ。凄い凄い」


 先程から、こんな調子で何故かぶつくさ言い掛かりのような、文句を垂れてくるのだが一体何だと言うんだ? お前がデジモノオタクなのは知っているが、そんなに文句を言いたくなるほどの事なのか? ……大体バイトをバックレたのはお前だろう。


「一日でバックレなかったら、お前も買えたじゃん」

「……うぐ。ごめんなさい」


 謝るなら最初から言うなよ、とも思ったが、心の広い俺はその言葉に免じて許すことにする。


「でもさ、それ買ったらほぼバイト代消えるんじゃね?」

「あぁ。でももう夏休みも終わるしな。結局彼女を作るって目標は駄目だったけど、コレを机の上に置いて我が妹にこれでもかって、ドヤってやる!」


 んふふふ。そう、そうなのだ! これは我が妹へのリベンジ的なアレでも有るのだ。我が妹恵よ、お兄ちゃんは唯、汗臭かっただけではないのだよ、て所を見せつけたいのだ!


「──なにそれ? 恵ちゃんと何かあったの?」

「何でもない、良いんだよ。それに、あのパソコン、母さんに渡す事になってるし」

「そうなの? あ、それでクリーンインスコしてってか」


 クリーンインスコ? なんだそりゃ? コイツ、俺が解らないからと専門用語でマウントしやがって。……ま、まぁいい。とりま、中身を空にしてって健二に頼んだんだ。そうしたら、アレコレと部品がないと駄目だと言われ、態々このクソ暑い中電車を乗り継ぎ、二人でここまで買い物に来たのだ。


「う、うん。で? 後、あのパソコンを少しでも使いやすくするパーツは?」

「ん。これとこれ」


 そう言うと健二は何やら櫛? に基盤のくっついた物と、手のひらに乗るくらいの小箱を渡してきた。


「一応、追加用のメモリと、SSD。コレでだいぶマシになると思うよ」


 ──そうなのか? 言ってることは全くわからんが。


「でも、ほんとにちょっと軽い作業用になるよ。いいの?」

「うん。ほとんど、料理レシピ観たり、オヤジとの連絡用なんだってさ」

「え? スマホでいいじゃん」

「オヤジがLINEとかしないんだよ」

「いまどき?!」

「仕事以外でスマホポチポチしたくないんだってさ」

「……イミフなんですが」


 ……だよなぁ。俺もそう思うよ健二。今時スマホがあれば、パソコンなんて使わないって人もいるくらいだものな。だけどさ、親父は昭和生まれのパソコン全盛期の現役世代なんだよ。だからオヤジ曰く。


「一言呟くのに、わざわざ、ポチポチ出来るか! そんなのは電話してこい!」

「長文なんかを、あんな小せぇ画面で読めるか! パソコンにメールがあるだろ!」


 って、普通に言い切るお父様なんです。恵は爆笑しながら「唯の老眼じゃん」って言ってたけど……。


 そんな不毛な回想を一人でしながら、健二に言われた部品とMacの伝票を持ち、未だパソコンコーナーに入り浸っている彼に一言声を掛けてから、レジへ向かった。



***+***+***+***+***+***+***




「……良いなぁMac。ねぇお兄ちゃん、良いねぇ、それ私も欲しいなぁ」


 現在、俺の部屋には俺、健二、母、妹が一堂に会している。買い物に出かける際、母にパソコンの件を話して出たからだ。母も当然パソコンは扱えるが、中身の事なんて当然、俺と一緒でわからない。故に現在健二と一緒にノートパソコンを分解して何やら一緒に弄っている。そして案の定、と言うか当たり前のように、恵は俺の新パソコンを覗き込んで、事もあろうか、俺にコレをもう一台買えとねだってきた。──何と言う攻撃を仕掛けてくるんだお前は!


「頑張って、高校合格しなよ。そうしたら母さん達も買ってくれるよ」

「駄目だよ! その時は私も新型iPhoneにするんだもん!」


 俺達のすぐ後ろにいる母は、聴こえてはいるはずだろうに、全くの知らんぷり。それどころか、健二に「コレでお父さんとメールが出来るわぁ」とかなんか言ってる。


「じゃあ、大学? 頑張れ!」

「……ううぅ。お母さぁん! 康太がイヤミすぎるんですけど~~!」

「はいはい、当たり前なこと言わない。康太はちゃんと自分でお仕事して買ったんだから」


 ──なん……だと。母よ! 今日は俺の味方を!


「健二くん、コレでYoutubeとか、見られる?」

「え? あぁ、はい。メモリ追加したんでそれくらいは大丈夫っすよ。ストレージも換えたんで、それなりには動きますから」

「そう! 康太、ありがとうね~」


 ……現金で、現実主義な母だった。ってかYoutube見るのかよ!


 それから小一時間、俺は設定を進め、健二と母はアレヤコレヤとパソコンを弄り、恵は味方の居なくなった空間でぶ~垂れて俺のベッドで不貞腐れて居た。


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