2-4



 未だぽかんと馬鹿な顔をした健二の頭を叩き、一睨みしてから貴重品を預けに行こうと歩いていると、後ろで女子二人が何やらコソコソ話している。


「ねぇ、康太の見た? ヤバくない?」

「なにが?」

「……よ、……」

「あぁ、そうね。………。──」


 何やら俺のことを話しているようなのだが、肝心な部分が小声で、何を言っているのか分からない。気にはなったが、どうせロッカーはすぐ目の前だったので、気にせずそのまま向かって行った。


 そこは飲食スペースなどが立ち並ぶエリアの前。貴重品などを預けておける、ロッカーが並んでいる。一昔前には、プールサイドに各々シートを敷くなどして、そこに貴重品なども置いて皆遊んでいたが、流石に今時そんな事をする人はほとんど居ない。中にはプールに入らないで、荷物番がいるグループなどは分からないが、俺達四人にそんな殊勝な人は居ないので、当然のように物を預ける必要があった。


「皆、大きい物は無いから一箇所に纏める? それとも男女で分ける?」


 健二がそう言って女子に聴くと、二人も纏めていたのか鞄は一つだったので、俺達と併せて一箇所に纏めた。鍵は代表として佐知に預け、スマホと財布だけを防水ポーチに入れて、ポケットに仕舞った。すると改めて女子が俺をじっと見ていることに気づき、遂には有紀が尋ねてきた。


「康太、そのお腹、どうしたの?」


 お腹? 有紀の質問に疑問符を浮かべながら、俺は自分の腹部を見る。そこには初めて肉体労働をした結果が、ありありと見て取れた。自身はそれこそ毎日見ていた為に気にした事はなかったが、見事に凹凸おうとつが出来ている。胸板も少し張り出しており、健二と似たような体型だった試験前とは、明らかに違っていた。


「あぁ。……言っただろ、休みに入ってすぐ始めたバイトだよ」

「へぇ、そんなになる程だったんだ」

「シックスパックって言うんだっけ、すっごいね」


 俺の返答に佐知がそんな事を言いながら、まじまじと割れた腹筋を見てきたが、俺の脳裏にはあの当時の、辛く苦しかった日々が蘇る。重い荷物を汗だくになりながら、何度も往復した日々……。偶にお客さんが出してくれた仕事終わりの冷たい飲み物……。何とも言えない気持ちになった瞬間、なぜか寂しい様な、哀しいような、彼女の笑顔が浮かんで来てしまった。思わずかぶりを振って思考を戻すと、皆がどうしたんだと言う表情でこちらを見ていることに気づき、「辛かったことを思い出しただけ」と誤魔化して、荷物も預けたことだし、さっさと行こうと言って歩き出す。


「あ、待ってよ~。有紀、行こう!」

「──う、うん」



 とかく、日本人は行列という物が好きである。何故か? そこに並んでいるからである。その先に何がとは聞かない。意味はない、これは恐らく習性の様な物なのだろう。どんな時にも列をなし、その順番が巡ってくるのを唯じっと待つ。そうして自分の番が来た時、それまでの苦労は報われる。行列とは、並ぶ為なのだから。


 等と、意味もなく独り悦に浸りながら、超馬鹿理論を展開中である。いやいや、別に本気でそんな事を考えている訳ではない。そうでもしないと、やっていられないだけなのだ。荷物を置いて歩き出してすぐ、何処に行くという話をして、当然最初に行くのはここの目玉である、ウォータースライダーでしょうと全会一致で決まった。この施設の中央部にそれは聳えており、プール内の何処からでも見えるその威容は、まさに圧巻。どんなに身体が大人に近づいていても、そんなモノを見れば、純真な部分で楽しい気分になるのは仕方のないことだった。駆け出したくなる様な気持ちをなんとか自制し、そのアトラクションの下まで来てみれば、当然ながら長蛇の列が俺達を出迎えた。そこから既に三十分、何とか進んで、未だ階段部分の最初の踊り場辺り。見上げればまだ数回はこれの繰り返し。いい加減周りの景色も見飽きてしまい、思考が変になっていた。


 何故、俺が一人でそんな事を考えているか。ここには俺一人で来た訳でもないのに。理由は俺以外の三人が、何やら揉めている為だ。


「え? なんで? いいじゃん。折角の二人用なんだからさぁ」

「そうだよ。だから女子、男子でペア出来てるじゃん」


 健二が言って、有紀が反論している。それを見ながら佐知は苦笑いで二人の間に挟まっている。なんだ? 何をさっきから同じようなこと言い合ってんだ?


「いや、折角のスライダーじゃん! 男女のほうが面白いに決まってるじゃんか」

「だから何でそうなるのよ。私は別に佐知と一緒で楽しいわよ」


 あぁ、スライダーのチューブに乗る人選で揉めてるのか。馬鹿だなぁ健二は。そんなあからさまな事を言ったら、有紀が余計に意固地になる事くらい、分かるだろうに。大体、どっちでもいいじゃんかと思って、小さく溜息を零していると、それまで苦笑いしていた佐知が、俺の方を見て急に宣言してきた。


「あたしは別に康太とでもいいよ」


 それまでぎゃいぎゃい言っていた二人は固まり、その視線だけをこちらに向けて、睨むように無言で聞いてくる。


「はぁ~。別にどっちでも、誰でもいいじゃんか。何でいちいちそんな事で揉めるんだよ」


 そう言った俺の案には誰も納得してくれず、未だ睨んだままなので、妥協案を提示した。


「んじゃ、グッパでいいじゃん!」



(あちゃぁ。康太くんはやっぱり気付けないかぁ)


 川田佐知は仕方ないと思いつつも、朴念仁な康太に少し、苛立ちも感じていた。


 川田佐知は康太達と同じ、幼馴染である。親同士が友達であり、皆が近くに住んでいた関係で皆は知り合った。なので、幼少期から親戚付き合いのような感じになっていたので、この男達に対して恋愛感情というものは、子供時代からあまり湧かなかった。


 佐知はそれこそ少し勝ち気な性格も有り、幼稚園時代から二人を知っていたので、男達に興味を示さなかったが、有紀は小学校四年生の時に、三人と合流したような形だったため、少し事情が異なった。また、引越し先も康太のお隣さんと言うポジションであった。転入当初、有紀はかなり大人しく、また人見知りもあった彼女にとって、康太は新しい環境で唯一、頼れる男だった。当時まだ深い事情までを知らなかった佐知は、同性である自分にまで距離を取る有紀に、キツく当たったりもしたのだが、事情を聞いた佐知はそこから有紀とどんどん仲良くなり、今では姉妹のようになっていた。


 お姉さん気分の佐知にとって、有紀の康太に対する気持ちは、手に取る様にわかって居る。大体、今回のプールの件を聞いた途端、有紀は佐知に相談してきたのだ。「水着をどうしよう?」「どんな格好をしよう?」「みんなで遊びに行くなんていつぶりだろう?」もう、完全に恋する乙女じゃん。何なのこの超可愛い生き物は! 話を聞いて早速ショップへ電車を乗り継ぎ向かった。初めは「無理無理無理! そんなの絶対無理!」と騒ぐ有紀をなんとか宥めすかし、今年の流行りのビキニを選ばせた。全ては康太に見せるため。そうして有紀は頑張った。水着を買ったその日から、ダイエットを始めたり。必要ないとは思ったが。だけど見れば見るほど彼女のそんな姿勢に私はどんどん彼女の事を、応援したくなったのだ。今は唯、自分以外の事に集中したかったから……。


(あぁ、もどかしぃ! てか、康太! 鈍感すぎない? 普段の有紀から考えて! あの子がビキニなんて人前で着れると思うの?)


「もういい、わかった! 健二! 私と乗ろう!」

「ファ? はい!」


 佐知が怒鳴るように健二の腕を掴み取り、俺をキッ! と睨んできた。ん? いきなり、何で怒ったんだ、そして何故健二と? 急に訳が分からなくなり、ぽかんとしていると、追い打ちをかけるようにして、佐知が畳み掛けてきた。


「康太! あんたは有紀と!」

「あ、あぁ。わかった」

「さ、佐知ぃ」


 別に怒って言わなくとも。と思いながら、有紀の側へ立つ。有紀はいきなりな展開についていけず、おたつきながら佐知を見ていた。


「まぁ、いいじゃん。二人乗りつっても、輪っか二つあるから密着するわけじゃねぇし」

「……う、分かってるわよ」


 俺の言葉に観念したのか、それ以降有紀は何も言わず、ただ黙って横に並んで、階段を見上げていた。


 そこから更に待つこと数十分、やっと最上階に上がってくると、一気に空が広がった。スライダーの入り口には男女のスタッフが揃いの派手なシャツを着て、チューブの乗り方や注意事項を説明している。俺達の前に居たのは若いカップル。大学生? くらいの金髪系の爽やかイケメンと、茶髪のギャルまで行かない綺麗めのお姉さんがベタベタキャッキャと言いながら、チューブに乗り込み説明を聞いて滑っていった。


「はぁい! さっさと爆発してくださぁい! レッツギョ──! フゥ!」


 な、何だあの超チャラいスタッフは! ヤベェ、超絶チャラい! そして言ってる言葉が不穏過ぎる!




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