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 ──幼馴染み。幼少期に仲が良かったり、物心がついた頃に親しかった友人など。調べて出てくるのはこう言った文言。世間一般の認識で言うと、幼い頃からの友人や、近所や隣人の「異性」を指す。これらの定番にされるのはどちらか一方、もしくは互いがその相手を好いていると言う事だ。……では実際にそう言った人間がいる場合はどうか。



「お~~す! ごめんごめん。ちょっと遅れた」

「おはよ~。モテナイ二人組!」

「おいっす~! いや、別にそんな待ってないし。てか、佐知ぃモテナイ君とかないわ~」

「ん? 康太は何で固まってんの? てか、顔若干怖くね?」


 ──今村 有紀 十七歳 小学生以来の隣人であり、同級生。


 ──川田 佐知 十七歳 有紀の親友であり、所謂ご近所さんの同級生。


 そう、そうなのだ。今まさに俺の前に現れたのは、世間一般的に言う『幼馴染み』が、有ろう事か二人も並んで登場したのである。だが待って欲しい。最も肝心な部分が抜けている。……恋愛感情。そう、恋愛感情がこの二人からは微塵も感じないのだ。まぁ俺もそういった感情が二人に対しては未だ判然とせず、異性では有るが兄弟姉妹の様な感覚になってしまっている。それは、実妹が居るから余計にそうなのか、それともそんな昔から家で一緒に寝食を共にしたからなのかは分からないが、この二人とは一切そういった感覚になった事がない。


 ……だがしかし、そうか。そういう事だったのか。少し冷静に考えればわかる事だった。健二は性格として明るいし、モブでは有るがブサメンではない。人懐っこいし話をするのも上手い。ただ押しが弱く、女子に対してはすぐにヘタれる。賑やかしにはなるが、ツーショットには持っていけない。……あ、なんだろう、考えていると自身の心が痛くなってきた。いや、そうだ。コイツは俺と同じなんだ。肝心な所でその一歩が踏み出せない。そう思うとこの結果も受け入れないとダメなのか……。そんな思いでつい、小さく呟いてしまった。


「……ちっせぇな俺」

「ん? どしたの康太。声小さいよ」


 ──誰のせいだと思ってやがんだ! この……。はぁ~~、根性無しとは言えないな。コイツが女子を誘えてたら、いない歴イコール年齢じゃないもんな。そしてそれは間違いなく俺にも刺さる特大ブーメラン。そう考えて健二を追求することを諦め、項垂れて居ると追い打ちのように、佐知がネタバレをしてくる。


「うちの店に急に現れてさ、どうしても買いたい物があるからって、健二がうちのパパに頼みに来て、十日位? で、パパが良く頑張ったって言って、バイト代と別にチケットくれたんだよね」

「のをっ! 佐知ぃ!」


 そう言えば佐知の家って新聞販売店だったな。──コイツ、まじで全部手近なところで済ませやがって! 俺達の夏計画はどうするんだ? 今までの努力は? 瞬間色々なことがフラッシュバックのように浮かんでは消え、同時に何故か、全てのテンションと共に、怒りも失せてしまった。……一つ、思い当たるフシがあったからだ。


「お前を信じた俺が馬鹿だったって事か」

「……そう言えば、あんたもバイトしてたんじゃなかった?」


 それまで、健二と佐知のやり取りを、笑いながら見ていた有紀が、覗き込むように言ってきた。


「んぁ、あぁ。短期のな。オッサン夏物語してたよ」

「は? なにそれ? BL? ヤバくない!」

「ちげえよ! 朝イチからずっと筋トレみたいに、オッサン達と荷物運びのバイトだったの」

「ふ~ん」


 俺の言い方がまずかったのは認める。だからやめろ! その疑うような目線は!


「まぁまぁ。とりま、行こう! ここで喋ってても意味ないしさ!」

「有紀も! 今日は楽しみに来たんだからさ!」


 さっき迄、隣でぎゃいぎゃい言い合っていたはずの健二と佐知が、俺と有紀の間に急に現れると、そんな事を言いながらプールの入場口へと引き摺って行った。


 待ち合わせ場所を決めた後、更衣室前で男女に分かれ、ロッカールームで水着に着替えながら、俺は健二を睨んでいた。


「…………。」

「…やっぱ、怒ってるよね」

「…………。」

「でもさ、これでも俺頑張ったんだよ」

「──………。」

「ねぇ! 無言で睨むの止めて! マジ怖いよ康太」


「……は~~、もういいよ。それに、俺達がそんな風に女子を誘えてれば、もっと早くに彼女の一人くらい、作れてたかも知れないし」

「だよね! まぁ、確かに俺達って女子にちょっとはっきり言えないっていうか、そういう所は有るけどさ、顔がブサイってほどじゃないし、陰キャって程でもないよね。……あれ、じゃあ何で彼女が出来ないんだろう?」

「──モブだからじゃね? フツメンで普通キャラ。集合写真には居るけど、輪郭しか写っていないみたいな」

「ちょ、ちょっと康太!? なにネガキャンしてんの? ま、まさかSNSでそんなの呟いたりしてないよね」

「しねぇよ! ってか、アレだろ。お前、佐知の事を呼びたかったんだろ?」

「──っ!」



 ──図星か。中学の時に終わったんじゃ無かったのかよ……。この馬鹿やろう。


「もう良いよ。……ったく、その代わり今日の昼飯はお前の奢りだかんな、健二」

「え? あ、おお! 任せてよ!」


 そう言いながら、俺と健二はロッカールームを後にした。



 通路を出ると、そこはもう別世界だった。見上げると真っ青な空が広がり、そこら中に黄色い声が響いている。目の前には色とりどりの水着を着た人々が、思い思いの方向へと縦横に歩き、その間を縫うようにして子供達が駆けていく。日差しは変わらずキツイはずなのに、どことなく感じる水の気配のせいなのか、不快感が幾分下がる。目には普段見る事の少ない女性たちの開放的な面積の少なくなった胸元や、街中では決して見ることのない太腿など、純情で健全な高校生には刺激が強過ぎてクラクラしそうになっていると、待ち合わせ場所になっている、パラソルエリアが見えてきた。



「──いやぁ、流石に混んでるなぁ。康太は今年のプールは初?」

「あぁ、去年は親父の赴任先の海に行ったけど、プールは今年、初めてだな」

「海かぁ……良いなぁ。ばあちゃん家に行ったのが小六の時だったから、それ以来行ってないなぁ」

「まぁ、確かにおいそれと簡単に行ける距離には、海がないからな」

「……ホント、この季節は、そういった場所に住んでる人が羨ましいよ」



 そこは同意だなと思いながら、なんとなく周りを見廻していると、少し離れた場所から、こちらを指さして歩いてくる二人組が目に止まった。一人は長い髪をアップに纏め、白いパーカーを羽織っているが、開いたフロント部分からは青いビキニトップがチラチラ見え、腰に巻かれたパレオも同色系で纏められ、その薄いシースルーからスラリと伸びた太腿が眩しい。化粧などはしていないと思うのだが、唇にだけはグロスリップが薄く引いて有り、その容姿を更に際立たせている。一方は髪をポニーテールに括り、パステルピンクのボーダー柄のパーカーで、前をきっちり閉めてはいるが、その丈が短いせいで腰上辺りで留まっており、下に履いたビビットカラーのオレンジ色の水着が丸見えだ。



「お~い、お待たせぇ。いやぁ、ロッカールーム、すっごい混んでてさぁ。……てか、先に荷物置きに行かない?」


 ポニーテールにボーダーパーカーの佐知が、手荷物を見せるようにしながら近づいてくるが、男二人は声が出せなかった。──二人の事は小さな頃から知っている。当然ながらプールにだって何度も通ったことがある。最近は機会が減ったとは言え、中学生時代には公営プールで毎夏遊んだ記憶がある。故に頭の中には、その時代の彼女たちの水着姿が焼き付いている。……だが、眼前に並ぶ二人を見て、その記憶は一瞬にして上書きされた。──コイツらいつの間にそんなに育ったんだ?


 そんな視線が彼女たちには瞬時に分かったのだろう。特に前を開けていた有紀はそのパーカーをすぐに閉じ、顔を俯かせ気味になる。


「……あんた達、目線がモロにエロいんですけど」


 何故かそんな事を言いながらも、一切恥ずかしがる様子を見せずに、佐知はニヤつきながら、見せつけるように胸を張る。隣の有紀は少し恥ずかしそうにしながらも、黙ってこっちを見ていた。


「──ば! ちげぇよ。遅いから暑くてちょっとぼ~っとしただけだよ」

「ふ~ん。……健二は口開いて、呆けてるけど」


 全く信用していないジト目で佐知がそう言う。何がと思って横を見やると、健二はいわゆる、バカ面をしていた。


「ふぇ?」


 あぁ、違った。コイツは既にバカだった。

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