#3 その日その時、青空にて……

Pieris Squadronピエリス隊, check in VictorVHF無線及び and UniformUHF無線確認

 いきなり幻影の加速度を伴い青空に飛び出す羽目になったあいは、悲鳴を上げた。それから、結衣のほら、みて。という声に従って周りを見る。

「ソレイユ?」

「そうだね。」

 ひまわり形の太古の異世界ゲートだ。この日、この場所をめぐって戦争があった。

『カレルレン、ピエリス隊、全機予定通り到達。作戦番号3473』

『了解、作戦行動に変更なし。』

定型の交信の終わりにAWACSは『必ず塔に辿り着かせるんだ。開かれた未来のために。』と付け加えて背中を押す。彼らの任務は突入する王女様の護衛の列を適宜援護して敵の攻撃を破綻させる遊撃部隊。ピエリス1は『高度な柔軟性を維持して臨機応変に、という訳だ。』と説明した。

『じゃあ、いつも通り出たとこ勝負って訳か。』

『そういうことさ。』

 ジョークを飛ばしながらピエリス隊はV字からボックス体形……四角の片に機体がいる形……に変更し、獲物を探す作業に入った。

『ピエリス、ダイヤ6、早速だが援護を頼む。』

『ダイヤ隊は高高度に敵の目を引き付けておけ!ピエリス隊、ディセンド(降下)、海面高度へ!』

 電子妨害に紛れて味方の下を潜り抜ける。敵の位置はAWACSで見えている。照準は接近してからだ。敵は目の前ばかりに気を取られ、戦線を突き崩そうと躍起になる。

『2、4、クライムアップ(上昇)!』

 重い増槽を外した2機が先行して上昇する。敵小隊の後方に向けてAIM-120を発射。命中は期待しない。ただ、編隊の前後を分断すればいい。前方部隊が突然の後方の崩壊に狂う。

『3、ぶちかますぞ!』

 3は了解と返答、新型機との協調運用のために増やされた対空ミサイルをぶら下げてなお最強戦闘機の上昇に衰えはない。自動ロック、鉄の使い魔が旋回する敵機に向けて放たれる。

『タリー!タリー!タリー!紋白蝶だ!』

 後から合成された敵の無線が当時の恐怖をそのまま伝えていた。

『……紋白蝶だと!』

『俺は戦前あいつと模擬戦闘をしたことがある。一度も勝ったことがない。』

『冗談だろ!』

『逃げるな!たかが一機の……』

 無線の主が電子戦の隙に接近した紋白蝶に平らげられる。撃墜2、それに加えてレーダーロックで回避を強いてミサイルを消費せずに撃退1、ビーム機動に追い込み、回避の隙にトドメを刺された敵1。

 それは圧倒的な光景だった。高度をダイナミックに変え、変幻自在に距離を詰め、統制された編隊を次々と崩壊させていく。

(成程、確かに、美しい……。)

 あいはその鮮やかな機動を内側から眺めている自分もまた、その妖しい魅力に惹きつけられて居る事を知覚して、ぞっとした。理由の一つは、こうして大切な人達を歪ませていったという事、そしてもう一つは、その事実を伝えるか否かの決断の瞬間が刻々と近づいていること。そしてそれに身震いした。まるで、ガラス細工を持って転ぶような恐怖。だが、幻灯機を作動させながら、自分もまた、紋白蝶の質の悪い呪いに囚われてしまったのかもしれない。そんな感情でその運命を飲み込む。


(今しかない、今だ……)

 再生に一瞬躊躇したのち、あいは覚悟を決めて自分の幻灯機を起動する。幻影が混濁し。コックピットの風景が別の機体にすり替わる。


『……タランテラ1、AWACSツラトゥストラ、チェックイン完了。我々が排除する遊撃部隊はどこだ?』

『ツラトゥストラ、タランテラ1、お前らの相手は紋白蝶だ。』

(何?これ……)

 今まで現れたことのない幻影に結衣は驚いた。違う機体の中、スロットルも分割のない単発機のものだ。

『タランテラ8、よかったな、お望みのお相手だ。』

その言葉への謝意。その人物こそ、この「視点」の主らしい。

 隊長機の全機交戦せよ!という宣告を以て部隊は散開する。

「あい……?」

 事態の根源を求めて振り返る。あいは目を逸らす。いつも視界一杯に見ている顔が読めない。

 結衣はひとまず現状を受け入れることとした。意図があっての事だろう。ならば、何がしたいか、それは見ていけば分かることだ。だから、これから起こる事を見逃すまいと結衣は視線を戻す。相変わらず紋白蝶は空戦を続ける。

 再び視点は紋白蝶に移る。

『カレルレン、ピエリス隊全機、残弾報告。』

 報告が返ってくる。紋白蝶も含め、全員がスコッシュ(長距離ミサイル無し)かショットガン(弾薬僅少)のどちらかが返ってくる。

 帰投するか、それとも戦闘継続か、紋白蝶は戦場に残ることにした。

『あと少しハッタリで耐えろ。デコイになって立ちふさがれ!』

『すまない、ピエリス隊、王女様がラスボスを倒すのを邪魔させるな。』

 紋白蝶は、任せてと言い残し、再び敵の只中に突入していく。最後の突入、軽くなった機体で敵に急接近してはミサイルを撃たせ、まだミサイルが豊富な部隊に撃てる隙を提供する。紋白蝶は舞う。まるで本物の蝶のよう……。

 だが、遊撃潰しの敵部隊はその間にレーダーを切って一気に忍び寄ってきた。紋白蝶と同じ手。タランテラ8はその機動と一瞬見えた機首のマークを識別して襲い掛かった。

 ここからのシーンは結衣が何度も見たシーンだ。だが、今回は紋白蝶を落とした相手もよく見える。

『ピエリス1、敵機6時!』

『しまった!ピエリス2、後ろを落として!やれるか?』

『ネガティブ!近すぎる!』

 絡め取った。フレンドリーファイアの間合いで追っ手を無効化してからのガン・レンジでのドッグファイトだ。

『紋白蝶を捉えた!』

 追う側、タランテラ8の張り上げたその声は悪意のない征服感と感謝に満ち溢れていた。結衣が初めて母の機動を目にした日と同じ類の感動が溢れ、それから、抽象的なヴィジョンで結衣の顔。すまない。紋白蝶の子。だが、紋白蝶は、落とす。……という美しさに対する誠意。

『分かった。躱す!』

 紋白蝶は敵を巧み加速に追い込む。それから自分と敵機と太陽を一直線に並べて相手の目を眩まし、機体を高く跳ね上げて高度に速度を預け、旋回半径を縮め、敵の後ろに喰らいついた。

『躱した。FOX2!』

 レーダ正面に躍り出た敵機をロックオン、AIM-9Xが翼のランチャーを離れ、飛翔する。猛烈なフレアで回避。だが、囮だ。宣言する暇もなく機関砲に切り替え。薙ぐ様にアイスキャンディーみたいな閃光が空を切り裂く。撃墜!ガン、ヒット!やった。

 撃たれた側のタランテラ8は翼が切り裂かれた瞬間、心はどこまでも透き通っていた。勝てなかった。やはり強いな。だから美しい、と。

『いや、まて……』その時、追うピエリス2が気づく。『あの動き……奴のシステムは生きている!』

 タランテラ8の意識が脳と霊魂の奥底から表層に上がって来るより先に、ヘルメット照準と連動したAAM-5の視界に紋白蝶が入ったという認識が入ってきた。システムは死んでいない。攻撃可能だ。考えるより先にニューロンが発火し、エーテルが沸き立つ。戦闘機乗りとしての本能と使命が引き金を引いた。

『回避しろ!オフボアで撃ってくる!』

(回避しろ、紋白蝶、死ぬな!)

 だが、敵味方の願い空しく、紋白蝶にミサイルが命中する。結衣はいつも通り左肩の向こう側に接近するAAM-5を見た。

『ごめん、結衣……』

 着弾、爆炎、その瞬間を見ていた紋白蝶の心の声。

『ごめん……ね……』

 その瞬間、紋白蝶は落ちた。

 タランテラ8は一瞬の永遠の中で、芸術観と謝罪の感情に塗りつぶされたまま落ちていく爆炎を拳を握りしめて見ていた。パラシュートは確認出来ない。

(私は、最低だ。)

脱出シート射出。それで回想は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る