#2 その人は、無敵の蝶

「紋白蝶、母さんは、最高のパイロットだった。」写真を前に結衣は説明する。「でもね、死んじゃった。信じられないけれども、戦って負けて……。」

「大切な方だったんですね。」

うん、と結衣は肯定する。

「母は世界で一番美しい蝶。どんな蝶より綺麗に舞って、そして、どんな時も負けなかった……。」

「亡くなったのは、いつの事です?」

 あいが聞くと、結衣は「最終決戦だったよ。」と力なく言った。

「女王様があの、王子様と一緒に閉鎖を解除したやつ。」

 戦争の終わり、先程のTVで流れていたあの、開門派が王女様のために血路を開くために行った。世界史上最大の航空戦。未来への扉は守られた。そう歴史の本には刻まれている戦い。その中に、結衣の母がいたのだ。

「敵をやっつけたと思ったら、機械がまだ生きていて、最後の力を振り絞って、バン。」

 結衣は、指鉄砲を組んで反動を受けた振りをして振り返る。あいは黙ってその写真を見ていた。

「あい?もしかして。母さんを……」

「知らないですよ。」呆れる程早く即答した。ただ、空の世界は、どんなとこだったんだろう、って。と付け加える。答えようにも、結衣にも、空戦について語る術は少ない。結衣は、そうだ……と手を叩いてある提案をした。

「母さんの最後の戦いの記録があるんだ。幻灯機で再生できるの。」

 幻灯機……幻影魔法の再生装置だ……を引き寄せて結衣は招くようなしぐさをする。

「……見てみる?」

 聞きながら、人の死の追体験を勧めるなんてどうにかしている、と結衣は思ったが、あいはあっさりと首を縦に振った。

「じゃあ個人結界、下ろして。」とあいにお願いする。どうして?と聞くと、映像だけじゃあ、味気ないでしょ。と言って窓際を指さす。F-15MJ2の模型がギアを地面に設置させて佇んでいた。ぐっとあいは近づいてみる。それはあまりにも精巧な模型だった。外見どころか操縦席も本物かと見紛う程精密で、計器画面は、今にも動き出しそうだった。

「まさか、これに、乗って?」

 そうだよ。と答える。様はパイロットの実際見た光景を追体験しようというのだ。一瞬躊躇う様な表情をして、あいは個人結界を下した。

「じゃあ、縮めるよ。」と結衣は注意を促して魔術をかける。

 急に足元が抜けたような感覚になったあいは一瞬よろめいたが、結衣の差し出された手を掴んでなんとか乗り気って立ち上がった。

「あ……」

 顔を上げる過程であいは違和感を感じた。自分と同じぐらいの結衣の顔は、いつも小さすぎて認識できない細かい表情までしっかり見える。巨大化した周りの違和感をどうにか消化し、再び結衣に視線を戻す。

「1/72の世界へようこそ、なんてね。」

 笑う結衣、しかし、どこか影のある顔だった。元気と縮尺差のベールで隠してきた、魂の抜け落ちた人形の様な雰囲気。あいには原因が推測できる。

(この人も、紋白蝶に魅せられてしまった人なんですね……。)

「どうしたの?」結衣に聞かれてハッとして、それかを悟られないようにと見つけた感想で取り繕う。

「変な感じがします。空気が思いというか……」

「スケール効果は初めて?慣れれば楽しいよ。」っと言った結衣は、粘り気のある空気の中を手招きする。戦闘機のキャノピーは開いていた。

 このサイズで見ても、模型としての粗は少ない。機体も本物を小さくしたように細かい所まで精巧に出来ていた。聞くと結衣はこれを一人で作ったらしい。

「凄いでしょ。素材を切って、小さくなって、って何往復もしたんだ。」

 凄い。と言葉を前席に投げれば。幻灯機をスタンバイさせながら「だって、母さんの見た光景を見たいから」と返ってくる。

(どうしよう。)座り心地が元の大きさの椅子と違和感がない事に驚きながら、あいは「ある事」について思いを巡らせていた。今、それを話すべき時なのだろうと思うが、もしそれを伝えたら、自分と結衣の仲はどう変化するか分からないのに加え、もうそれ以前には戻らないのだ。

 結衣はそんな後ろ席の葛藤も知らず、幻灯機を作動させる。幻影が始まる。記録を辿って計器類は動き出し、周りは突き抜けるような青さに満たされた。

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