第2話 ラストフライト
南ルブト王国は、国王が他界してから国内の30の部族の
安全保障理事国が自国の利益を優先する国際連合は、紛争を調停する力に欠けていて、紛争を黙認する日々が続いた。しかし、戦争犯罪や人権侵害が多発すると、アメリカ合衆国が南ルブト王国のルバルト皇子の要請を受けて、治安回復という名の武力介入に乗り出した。そこに地下資源の採掘権という経済的動機があることを知らない者はいない。
日本政府は、アメリカ合衆国政府から集団的自衛権行使の要請を受け、アメリカ軍支援を名目に南ルブト王国守備の一翼を担うために700部隊の派遣を決めた。それから6年。700部隊の戦いは続き、すでに300名を超える戦死者を出している。
ハルコの率いるZEROの第2小隊が作戦戦闘空域に入るより早く、各機に搭載されたAIが警告を発した。
『レーダーに敵機影5。地上からの誘導ミサイルレーダー照射あり。回避行動に入る』
「全機、各自の判断で地上軍を補足、撃破せよ」
ハルコが命じると『了解』と年寄りたちの声が続いた。
3機のZEROは、ミサイルをギリギリまで惹きつけて編隊を保ったまま急旋回、地対空ミサイルを回避した。
肉体はシルバースーツで補強されていても脳は違う。急激なGを受けてハルコはめまいを覚えた。
『装甲車1、トラック2補足、歩兵28確認』
AIの報告がある。
ハルコは頭を小さく振って正常な意識を取り戻した。
「敵は歩兵部隊。車両は装甲車1、トラック2.歩兵は28名以上。
『了解』
老人とAIの声が重なる。
「愛ちゃん。私たちは歩兵部隊を叩くわよ」
『了解』
AIの返答と同時に3機のAIは作戦を共有して展開する。後続の第3小隊は地上部隊攻撃に加わり、第1小隊は敵航空部隊に向かっていた。
6機のZEROは目標を定めて空対地ミサイルを発射、直後、ジャングルの中に機銃掃射をかけてミサイルランチャーによる攻撃を牽制した。
ミサイルが車両に命中して火の手が上がる。地上からの反撃はなかった。
「寄り道は終わり。次は戦闘機よ。高度12000」
6機のZEROは何事もなかったかのように急上昇し、第1小隊を追った。
『第2、第3小隊よくやった』
中隊長の声がした。
「ミサイルはカブル族の物のようね。向かってくる戦闘機はマヌナム共和国だわ。彼らは共闘したのかしら?」
ハルコは小隊の回線に向かって不安を口にした。すると龍之介の声がある。
『さあな。政治的なことは考えるだけ無駄や。なんでもAIに任せておけば大丈夫やろ』
実際、戦闘どころか操縦においてさえ、シルバー自衛隊員が行えることはなかった。やるべきことは、AIに行動目標を与えることと、戦闘結果の責任を取ることだけだ。
短い話をしている間に、敵航空部隊は目前に迫っている。当初の攻撃目標も眼下にあった。
『空対空ミサイルの利用許可を』
AIが指示を仰ぎ、「許可する」とハルコが応じる。
――ズシュ――
鈍い音がして機体に振動が走る。空対空ミサイルが緑の地平線に向かって白い航跡を引いていく。
他の僚機も同様に1発ずつの空対空ミサイルを放っていた。
『各小隊は敵陣地への攻撃を開始せよ。敵機の警戒は自分が当たる』
中隊長の命令がある。
「了解。第2小隊、攻撃開始。……愛ちゃん、攻撃開始、よろしく」
ハルコは部下とAIへの命令を実行、眼下に目をやる。
『目標、敵陣地に降下、爆撃を開始する』
AIがコントロールするZEROは列を作り、目標地点に向かって急降下を開始した。
降下の途中で『敵航空機、全機撃墜』とAIの報告がある。
『ほうら。すごいやろぅ』
龍之介の声がハルコの耳小骨を震わせた。
目の前に白い花が咲いたように見えた。地上からの高射砲の弾幕だ。AIを搭載する敵の高射砲は、ZEROの進行方向を予測して進路をふさぐように砲弾を放つ。空中で破裂した砲弾は四方に小さな玉を飛ばすので、白い花火の花のように見える。
『高射砲……』
ハルコが信頼しているAIの声が途中で消えた。いや、ハルコが認識できなくなった。焼けるような痛みが彼女を襲った。
『高射砲直撃。被害甚大。救助要請……』
「やられたわ……」
小さな砲弾の数発がハルコの機体を撃ちぬいていた。
ハルコを襲った痛みは、ZEROの部品の一部が脇腹に突き刺さったものだった。
ハルコの後ろを飛んでいた2機は、高射砲の攻撃を回避することができていた。
『ハルコ、気張れ!』
龍之介は
『緊急脱出準備……』AIが言う。
「まちなさ。ここは敵地のど真ん中よ。出来る限り海岸線に飛んで」
ハルコは慌てて命じた。
『機体安全基準値を切りました。指示は受け付けられません。カウントダウン開始。5、4、3……』
「全く、融通の利かない愛ちゃんね」
『さよなら、ハルコ』
「分かったわ」
キャノピーが吹き飛び、座席が宙に舞う。ほどなくパラシュートが開いた。
直後、ZEROは軍事機密を守るために自爆、機体は空中で粉々に散った。
「かわいそうな愛ちゃん。天国に行くのよ」
ハルコは手を合わせてAIのために祈った。
ハルコは座席に座ったままジャングルの中に下りた。敵に備え、シートベルトを外して転がるように地面に伏せる。
邪魔なヘルメットを取り、太もものポケットから拳銃を取り出した。その手は自分の血で真っ赤に染まっていた。
胸のポケットから大判の絆創膏を取り出して傷口に張ろうとしたが、そこには樹木が生えたように金属の棒があって、絆創膏を張ることはできなかった。
「他に傷は……」
シルバースーツは頑丈で、脇腹の傷を除けば身体に達した傷は無かった。ただ、胸元にあるはずの無線機が無くなっている。
「まいったわね」
つぶやきと共に、ないものに期待することは諦めた。
それから、金属棒を引き抜くかどうか迷った。安易に抜けば大量出血をおこし、命を縮めることになるかもしれない。そう訓練で教わっていた。
周囲を警戒しながら考え、結局、抜かないことに決めた。抜くことのリスクは習ったが、抜かない事のリスクを聞いた記憶がなかった。
敵は人間だけではない。ジャングルには猛獣や毒をもった蛇、昆虫などもいる。
ハルコは痛みと戦いながら息を殺し、眼を光らせ耳をそばだてて周囲の状況を知ることに努めた。
10分ほどもじっとしていただろうか。……それはとても長い時間に思われた。
聞こえるのは鳥の声と虫の声ばかりだった。季節はまだ雨期で風はなく、ねっとりとした空気が胸をムカつかせた。
捜索に来る敵がないと判断し、ハルコは座席の下から非常食と水を取り出してポケットに詰めた。安全だと判断したためか、ほんの少し動くだけでも、ひどく傷が痛んだ。
次にすることは、安全な場所を探して仲間が助けに来ることを待つことだが……。見上げても僅かに見える空にZEROの機影はなく、ジェットエンジンの爆音もない。
撃ち落とされた時には青かった空も黒く変わっていて、スコールが降り出して顔を濡らした。その中で涙がこぼれたのか、ハルコ自身にもわからなかった。
ずぶ濡れになりながら20メートルほど移動してアフリカンチークと呼ばれるアフロルモシアの大木の根本に体を横たえた。それだけで、1年分も歩いたほど全身に疲労を感じた。
「動いたら、死ぬわね」
自分に言い聞かせたのは心細さを紛らわせるためだ。
ハルコは遠のく意識と戦った。眠ってしまったら、もう目覚めることはないかもしれないと恐れた。それでもハルコの意識は落ちる。そこには夢も暗闇もなく、無だけがあった。
意識が戻ってから時計を確認すると、まる1日も寝ていたので驚く。
姿勢を変えると腹が痛み、傷を負っていたことを思い出した。恐る恐る見ると、傷口の出血は止まっていた。
「救助隊は、まだかしら……」
自衛隊が支給した腕時計は脱出と同時に救難信号を発信していたが、そこは垂直離着陸機が降りられる場所ではなかった。救出部隊は地上を来るはずだが、ジャングル内での戦闘は敵に有利だ。所在地が特定できたからと言って、気軽に助けに来られる場所ではない。
「救助機の下りられる樹木の少ない場所まで移動してみようか……」
声に出しても立ちあがることはできなかった。
スコールと共に再び夜が来た……。
ハルコは昼と夜との境目を彷徨っていた。
瞼を上げてぼんやりと眺めると、時に明かりがあり、時には闇だった。
闇の中では人に会うことができた。
虎蔵や龍之介が現れた時は「早く助けに来なさい」と命じた。すると男たちは困った顔を見せた。
夢に現れた夫はにやにや笑っている。「私が困っているのを喜んでいるのね」ハルコが責めると、夫は背後を向いて誰かを読んだ。若い女がやって来て『ハルコさん、心配しないでね』と言って彼の腕を取った。「だれ?」『アイです』「アイ?」ハルコが口ごもると「ハルコの好きな愛ちゃんだよ。僕は彼女と生きていく」夫は微笑んでAIのアイを連れて闇に消えていく。
「待って!」声にならない自分の声で、ハルコは目を覚ました。
目覚めたのは何度目だったろう。かすむ目に、時計のモニターが誕生日を表示しているのが映った。
「もう自衛隊員じゃない。軍律には縛られない。自由だ……」
それは国家の片棒を担いで敵を攻撃してきた罪悪感と、命のやり取りをする緊張感から解放された喜びだ。
「自由なのに動けないのは皮肉なことだけど、まあまあのプレゼントだわ」
血の気の無くなった唇が僅かに笑う。
「除隊扱いになったら、救助にこないのか……」
あるはずのない仮定に不安を覚えたが、その不安を生んでいる今の状況も現実ではないような気がした。
「全部、夢なのよ」
拳を握ると傷に集まっていた虫が逃げたが、すぐに戻ってくる。そこに痛みはなく回復に向かっているのか、感覚がマヒしたからなのか、わからなかった。
グジュ……、泥を踏む音を聞いたのは幻聴だろうか?……耳を澄ます気力もない。
グジュ……、まだ夢を見ている?……夢の中でも音は確実近づいていた。
隠れなければと考えたが、肉体は動かなかった。傷だけのせいでもない。シルバースーツの動作補助機能が故障したのだ。
ガサガサと草むらが揺れて生物の影が現れる。それは曖昧に風景と溶け込んでいた。
視られている……、感じながら相手の動きを待つしかなかった。
やがて影は背景と別れて少年の形を作った。
「大貴、助けに来てくれたのね」
腹の底からエネルギーは湧き上がり、頭がさえて記憶と言葉が嵐のようにハルコの中を駆け巡った。
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